真岡 入雲

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男女間の友情は成立するのか?

色んな意見があるとは思うが、俺の回答は『成立する』かな。
まぁ、俺の場合はだが。

で、いきなり何でそんな事を言い出したのかと言うと、その相手が今現在俺の横で寝ているから。
こんだけ安心しきった顔で寝られると、こちらとしてもチョットばかり複雑な心境になる訳だが、まぁいいか。
この、俺のベッドでスヤスヤと寝息を立てている人物とは、かれこれ10年以上の付き合いになる。
彼女の2つ上の兄と俺は中学からの同級生で、中学、高校、大学と俺の幼馴染と3人でよくツルんでいた。
当然、家に遊びに行くことも多く、というか、ほぼ毎日のように遊びに行っていたので、顔見知りなんて程度の仲ではない。
もしかすると彼女にとって俺は、兄のような存在なのかもしれないが。

「友達ねぇ」

昨夜、仕事から帰るとマンションの入口に佇む影があった。
背中の半分まであるストレートの黒髪を首元でひとつに結んで、上下グレーのパンツスーツ。
左手にはシンプルなデザインの、と言えば聞こえはいいが、飾りのひとつもない普通の鞄を持っている。
ここまで言えば、その足元が黒の飾り気のないパンプスであることは想像に固くないだろう。
お洒落のおの字もない女性は、俺の姿を確認すると右手に持ったスーパーのレジ袋を掲げて見せた。
軽々と掲げているが、あの中にはこれでもかとビールが詰め込まれているのを俺は知っていた。
毎週末、予告も約束も無しに彼女は俺の部屋に来る。
一週間分の仕事の愚痴を吐き出すために。
まぁ、予定がある場合当日の昼までにその旨連絡しておけば家に来ることはないので、彼女にとって俺の家に来ることはルーティーンのひとつなのだろう。
嫌なら断ればいい?
まぁ、嫌なら俺だってきちんと断る。
嫌じゃないから、この状態が続いているし、そもそも初めに誘ったのは俺からだし。

「んー、また隈が酷くなったか?」

むにゃむにゃと何か寝言を呟いている彼女の目元をそっと撫でる。
人たらしでちゃっかり屋の兄は適度に手を抜ける世渡り上手、それに比べ根が真面目で手を抜くということを知らず、人との付き合いも苦手な妹は昔から息抜きが下手だった。
中学に上がり子供のままではいられないストレスに晒された者達は、その捌け口を探す。
人付き合いが苦手で、独りでいる事が多かった彼女はすぐにターゲットにされた。
それでも、金銭を要求されたりすることは無いから平気だと、彼女は俺に言った。
ちょっとした生傷は絶えなかったし、時には髪を切られたりしたこともあったが、彼女は両親や兄、そして教師に言うことを拒んだ。
何故かと聞いた俺に対し、「意味が無いことはしなくていい」と言い放った。
教師に言えば、イジメは酷くなるだけで無くなることは無い、両親や兄には心配させたくないし、心配させるだけでイジメは続くから、と。
それに⋯。

「優しすぎるのも考えものだぞ」

うりうりと眉間を少し強く押してやれば、不満気な声を上げて寝返りを打つ。

『私が虐められているうちは、他の人は虐められないから』

そう言った彼女の顔を覚えている。
憂いているでも強がっているでもなく、毅然として、それが最善の方法なのだと心から信じている目をしていた。
今なら、そんな対応は間違っていると、自分を犠牲にしてまですべきことでは無いと言って諭すのかもしれないが、当時の俺には何も言うことが出来なかった。
結局、中学、高校と程度の差はあれイジメが止むことはなかったが、彼女は一度として俺達や誰かに助けを求めることはなく、また友達を作ることもなく卒業した。
大学は比較的穏やかに過ごしていたようだった。
だが、就職活動が始まると落ち込むことが増えていたらしい。
らしいというのは、その頃俺も忙しく、殆ど顔を合わせることがなかったからだ。
時折、LINEで連絡をとったりはしていたけど、簡単な近況報告だけで、通話することも会うこともなかった。
状況は数ヶ月から半年に1回程度で飲む彼女の兄から教えられたが、その兄も実家を出て一人暮らししていたのだから、詳しい状況はわかっていなかった。

再会したのは彼女が就職して半年が過ぎたあたり。
昨夜と同じように、マンションの入口に立っていた。
初めは誰か分からなかった。
4年の歳月もあったが、それほど彼女は疲れ切っていた。
とりあえず部屋にあげると、彼女は一通の封筒を差し出した。
普通の手紙とは違う、少し厚手のほんのりピンクの色がついたそれは、彼女の兄の結婚式の招待状だった。
本来ならば本人の手で渡す予定だったらしいが、急な海外出張でひと月ほど戻れないという事で代理で渡しに来たと。
俺のマンションは彼女の会社から駅2つと近い事もあり、つい連絡無しで来てしまったと。
そして、役目を終え帰ろうとした彼女を俺は引き止めた。
久しぶりに会ったのだから、少しくらい話そう、と言って。
彼女は黙って頷いた。
冷蔵庫にあったビールと簡単なツマミをテーブルに並べて乾杯する。
会わなかった4年間のこと、そして仕事の事など彼女のペースで話させた。

「あんまり無理するな」

相変わらずというか、やっぱりと言うか、大学でも友達はできなかったようだ。
彼女の性格なら、会社でも友達を作ることはないのかもしれない。
それでも、仕事をしやすくするため最低限の人脈作りを頑張っているようだが、あなり上手くいっていないらしい。
俺ができることといえば、ほんの少しのアドバイスと、愚痴をきいてやることぐらいだ。
だから、いつでも来ていいぞ、と言ったら次の週末から酒やツマミを持ってくるようになった。

「うーん⋯⋯、もう、朝?」
「まだ5時前だ」

3時頃まで飲んでいたのだから、そんなに寝ていない。
現に俺は、まだ一睡もしていない。

「⋯⋯うぅん」
「ほら、まだ寝てろ」

寝返りではだけた布団を掛けてやる。
シングル用の布団は2人で寝るにはやっぱり少し小さい。
華奢な肩を引き寄せて、布団で包むようにしてやる。

「あった⋯かい⋯」
「⋯⋯⋯そうか」

これが普通の男女なら、色々な関係の名前がつくのかもしれない。
けれど俺たちの関係は男女のそれでは無い。
強いて言うなら、友達になるのだろう。

「寝れる時に寝とけ」
「うん⋯、ごめん」
「⋯⋯何が?」

何か謝られるようなことがあっただろうか。

「兄さん、結婚しちゃう」

結婚しちゃう、ね。
薄々そんな気はしていたけれど、このタイミングで来るか。
というのが、正直な感想。

「⋯⋯⋯何時から知ってた?」
「中2の夏休み。寝てる兄さんにキスしてたから」
「そっか。あいつには⋯」
「言ってないし、言わない、よ」

彼女が謝る必要なんて、これっぽっちもないのにな。
この結果は、俺があいつとの友情を、友達でいることを選んだからであって、誰のせいでもない。
例え俺の気持ちをあいつに伝えたとしても、あいつは変わらず友達でいてくれたとは思う。
けれど、俺が変わらずにいられる自信がなかっただけだ。

「ありがとう」

彼女はフルフルと首を振り、何も出来なくてゴメンなさい、と小さく呟いた。
来週はあいつの結婚式で、俺はあいつを祝う。
友人として、一人の男として、あいつの人生の門出を見守る。
あいつがあいつの愛する人と家庭を作り、幸せになる様を友人として見届けるために、自分の気持ちに区切りをつけるために。

「あ⋯と、兄さん、春、パパ、⋯に、な⋯⋯る」
「え?」

満足した顔で眠る彼女とは逆に、落とされた爆弾の大きさにやられた俺はひとり天井を見る。
結婚は覚悟していたから、それほどショックではなかったが。

「パパ⋯」

子供が生まれると聞いて、何故こんなにもショックなのだろうか。
そして、彼女がこんなにも無防備に自分の隣で眠れる理由が、俺の想い人を知っていたからだと思うと、何だか切なくなってしまうのは何故なのか。

「はぁぁ。寝るか」

思考を放棄し、ぽそりと呟いて目を閉じる。
アルコールの心地よい酩酊の感覚と、隣にある人肌の温もりが俺を深い眠りへと誘う。
取り敢えず、彼と彼女の兄妹と出会えたことに感謝し、この穏やかな関係がこの先もずっと続くことを願いながら、俺は意識を手放した。


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(´-ι_-`) 友情⋯(。-`ω´-)ンー。

7/25/2024, 2:35:30 AM