『いつから、とか、そんなの覚えていない
いつの間にか好きになっていた
ただそれだけ
ダメだってわかってる
どんなに好きでも、どうにもならない事ぐらいわかってる
でも、諦められなくて、辞められなくて
結局今の今まで、ずっと好き
このままじゃダメだと思って、色々頑張ってみた
他に目を向けてみたり、あなたを見ないようにしてみたり
あなた以外に夢中になれるものを探してみたりもした
なのに忘れられるかな、と思うと、突然あなたの記憶が蘇ってくる
どうしてだろう
なんでだろう
こんなに好きなのは
特別なわけじゃない
本当に普通、なのに皆から好かれているあなた
だから決して、私だけのものにはならない
どうしよう
どうすればいいの?
あなたは、こんなにも私の心を捉えて離さない
もうこれ以上は、私病気になってしまう
止めないといけないのに
もう、終わりにしようって思うのに
やめることができない』
「あぁ、誰か私を止めてー」
「了解〜!」
Enterキーを押した直後に伸ばした手の先から、赤を基調とした袋が拐われた。
拐った犯人は袋の口をあけると、中から1本のスティック状のお菓子を取り出した。
袋に閉じ込められていた食欲をそそる香りが辺りに拡がり、独特のエビの風味が、食べてもいないのに口の中に拡がった気がする。
そして犯人は彼女が口にするはずだった5cmの菓子を口に放り込み、サクサクと小気味よい音をさせながら咀嚼した。
「あ、ちょっと、返しなさいよ」
椅子から腰を浮かし、自分の手元から拐われた袋に手を伸ばすが、もう少しのところで袋に、いや弟に逃げられた。
「止めて欲しかったんだろ?ご要望通り、止めてあげただけだよ」
「ち、違っ⋯わないけどっ、ソレ私のかっぱえびせん!」
「いーじゃん、いっぱいあるんだからさ。それにもう1袋食べたんだろ?」
そう言うと、犯人は部屋の隅に重なって置かれている段ボールに近寄った。
3段に積まれた段ボールが6箱、1箱12袋入りのはずなので72袋。
姉はコレをひと月かからずに食べきってしまう。
流石に弟としては姉の健康が心配になるところだ。
「いっぱいあるのは私が買ったからよ!」
「はいはい、んじゃ後で金払うわ」
「そういう問題じゃ⋯⋯、そう言えばアンタ何しに来たのよ」
「あ、忘れてた。工藤さん来てるよ、今母さんが相手してる。姉ちゃん、今日デートじゃないの?」
しばしの間があって、声にならない叫び声が姉の口から吐き出された。
椅子から立ち上がり頭のヘアバンドを勢いよく外し、上着に手をかけた所で姉は弟を振り返った。
「ソレあげるから、30分時間稼いで!」
「へーい」
弟がまだ部屋にいるのも構わずに、姉は上着を脱ぎ捨てた。
その様子を視界の端に捉えつつ、弟はスナックを口に放り込む。
「ん〜、やめられないとまらない〜♪」
さて、どうやって30分時間を稼ごうか。
取り敢えずは、このかっぱえびせんを一緒に食べて、先月買ったゲームでもしようかな。
俺の人差し指を握る小さな五本の指は、意外なほど力強く、そして温かかった。
それが原始反射で、赤ちゃんが生き残るため、成長するために必要なものだと言うのは後から知った。
母さんは高校卒業と同時に結婚して、その半年後に俺を産んだ。
計算が合わないのは、結婚前にお腹に俺がいたからなんだが、そこは母さんからしてみれば計算通りだったらしい。
母さんと俺の父さんは、歳の差が25歳もあった。
それもそのはずで、父さんはじいちゃんの幼馴染で、母さんのことは生まれた時から知っていた。
でも、母さんは小さい頃からずっと父さんのことが好きだったらしい。
小学校高学年の頃にはそれが家族や友達に対する好きではなく、恋愛のそれである事を自覚していたと言うのだから、随分と心の成長が早かったのだと思う。
じいちゃんやばあちゃんは随分懐いてるな、位にしか思っていなかったし、父さん本人も懐かれてるなぁとしか思っていなかったそうで、母さんが婚姻可能年齢になったその日、じいちゃん、ばあちゃん、そして父さんの前で、父さんに結婚を前提としたお付き合いを申込んだ時は、なかなかの修羅場だったと聞いた。
父さんも父さんでその年齢まで独身で、何人かとお付き合いはしたらしいけど結局結婚するまでには至らずじまいで、このまま独身でもいいかなとか考えていたらしい。
そんなこんなで色々とあったらしいけど、そこは母さんの粘り勝ち。
じいちゃんとばあちゃんから父さんがOKしたならと付き合う許可をもぎ取って、両親公認で父さんを口説き落としにかかった。
じいちゃんとばあちゃんも、父さんが堕ちる事はそうそうないだろうっていうのが本音で許可を出した。
でも、じいちゃんもばあちゃんも、そして父さんも甘かった。
相手は赤ん坊の頃から知っている子で、親子ほどの歳の差。
こんなオジサンよりも、学校の先輩や同級生とか、歳の近い気の合う相手と出逢えば目が覚めるだろう。
なんて、大人の曖昧な可能性に掛けた脆い防壁では、母さんの攻撃を防ぐ事はできなかった。
学生のうちに会社を立ち上げ、それなりの収益を出すほどに成長させた仕事のデキる男だった父さんは、母さんとの闘いにおいては初手から誤ったと言っていた。
本気の母さんは凄かったらしいが、俺にはまだ早いと、詳しいことは教えてくれなかった。
『気がついたら、愛してたんだよ』
最後に父さんと釣りに行った岸壁で父さんはそう呟いた。
静かに海を見つめるその横顔が、酷く幸せそうだったのを覚えている。
「お兄ちゃん?」
首を傾けて俺の顔を覗き込んでくる小さな女の子。
4年前、俺が15歳の時に母さんが産んだ、父親の違う妹。
父さんは、俺が6歳の時に交通事故に巻き込まれ、俺と母さんを残してあの世へ旅立った。
俺と釣りに行った3日後のことだった。
その日から母さんは忙しくするようになった。
まるで忙しくすることで父さんが居ないことを誤魔化すように。
そしてそんな母さんを支えてくれていたのが、妹の父親。
彼は父さんの会社の社員で、自分にもしもの事があったら、と生前父さんに頼まれていたらしい。
張り詰めていた母さんの顔が徐々に柔らかくなって、元に戻るまでに5年という時間がかかった。
それから更に2年経った頃、母さんから彼との再婚について相談された。
正直、複雑な気持ちだった。
けれど、母さんの人生は母さんのものだと思うし、それで母さんが幸せになれるなら父さんも喜ぶはず。
だから俺は母さんの背中を押した。
彼と俺の関係はやっぱり微妙で、2人で話し合って親子としてではなく、年の離れた友人として関係を築いていこうという事に落ち着いた。
その関係も徐々に板について、妹が生まれて、知らない人が見れば普通の家族にみえたかもしれない。
じいちゃんばあちゃんとも仲良くて、よく皆で買い物や旅行に行っていた。
でも本当に仲が良すぎて、…⋯皆で一緒に父さんに会いに行ってしまった。
「おじいちゃん、おばあちゃん、パパとママ、みんなにバイバイしようか」
「バイバイ?」
「うん、バイバイ」
「⋯⋯」
こくりと頷いた妹は、一人一人に挨拶をする。
おじいちゃん、またあそんでね、バイバイ
おばあちゃん、いっしょにねようね、バイバイ
パパ、ごほんよんでね、バイバイ
ママ、ホットケーキやろうね、バイバイ
「バイバイしたよ」
「うん、偉いね」
「うん。⋯お兄ちゃん、て」
「つなぐ?」
「⋯⋯うん」
妹は棺の一つ一つが閉じられていくのをじっと見つめていた。
普通じゃないことは、周囲の様子や雰囲気からわかっているんだと思う。
繋いだ手の温もりは、あの頃と変わらない。
ギュッと握られる力強さはあの頃よりも強くなっていた。
それでも、この手はまだまだ小さい。
「お兄ちゃんもバイバイ?」
小さい目にいっぱい涙を溜めて、妹は問う。
「バイバイしないよ。ずっと一緒にいるよ」
「ほんと?」
「本当、約束する」
しゃがんだ俺の首に、ぎゅっと抱きついた妹の背中を軽く2回、ぽんぽんと叩いてそのまま抱き上げる。
昔よく父さんにこうしてもらった事を不意に思い出した。
妹と二人、手を取り合って生きていきます。
だからどうか、皆で見守っていて下さい。
それと、父さんに伝えてください。
もっと一緒に釣りがしたかったって。
誰かと自分を比べ
劣等感に苛まれ
誰かに勝って
優越感に浸る
比べても意味が無いのに
勝っても何も変わらないのに
どうしてそんなに他人が気になるのか
比べるべきは
過去の自分
勝つべき相手は
理想の自分
人と比べずに
自分と比べ
人と競わずに
自分の理想と競え
今なら、そう言える
劣等感からくる被害妄想に取り憑かれ
優しい人達の手を弾き飛ばし
誤った優越感に浸っていた
幼すぎる精神を持つ
遠い過去の自分に
君が近くにいると、普通に呼吸ができない。
息を吸って吐く、ただそれだけなのに、それが今の俺には何よりも難しい。
おかしいな、つい昨日までは平気だったんだ。
いつものように軽口を叩いて、君にどつかれて2人で笑って。
なのになんで今俺はこんなにも、苦しいんだろう。
「どうしたの?」
出会った頃はショートだった君の髪は、今は肩よりも長くて。
さらりと溢れ顔にかかった横髪を耳に掛ける自然な動作。
少し首を傾けて、上目遣いで俺の顔を覗き込んでいる。
「な、なんでもない」
背の高い俺は、君の顔よりつむじを見ていることが多かった。
仕方がないよね、だって身長差30cmだし。
だからかな、気がつけなかった。
君がこんなに綺麗だったなんて。
「そう?具合悪いとかじゃない?」
「平気」
「ふぅん」
疑り深い君は、その後も暫く俺を観察していたけれど、納得したのかまた広場へ視線を移した。
俺は心の中で繰り返す、吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜。
あぁ、ヤバい、二酸化炭素以外の物を吐き出しそうだ。
クラスの仲の良いグループで、地元の祭りに行く計画を立てた。
集合場所は駅前広場。
人が多いだろうからと広場の西側にある花壇付近で、背の高い俺を目印にしようという事になった。
ついでだから、服装もみんなで揃えて浴衣にしようと。
それを母親に伝えたら、タンスの奥からじいちゃんの浴衣を出してきた。
サイズを確認して問題がなかったから、クリーニングに出して出来上がったのが今日の午前中。
時間的にはギリギリだった。
母曰く、もっと前から言ってくれれば縫ってあげたのに、だそうで。
てんやわんやで着付けをしてもらい、ここに着いたのが30分前だった。
「みんな、遅刻だね」
集合時間から既に5分経過。
LINEには、道が混んでて車が進まないとか、家出るのが遅くなったとか、途中別の友達に捕まったとか、財布忘れたから戻ってるとか色々メッセージが流れてる。
君が来たのは集合時間の15分前で、ロータリーに止まった車から降りてきた君を見つけた途端、俺の呼吸がおかしくなった。
そこには、学校で見ている君とは違う君がいた。
これってさ、そういうこと?
マジで?
自慢では無いが、俺はそこそこモテる。
告白された回数も両手では足りないくらいだ。
けれど、誰かと付き合った事は無かった。
みんなでワイワイしている方が楽しいし、誰か1人を好き、という感情がわからなかった。
だからこれまでずっと、誰とも付き合わなかった。
「...ねぇ」
「うん?」
「どうしたら、背高くなれる?」
「......どうって、俺はたぶん遺伝だし。うちはじいちゃんが背高くて、んで母さんも高くて、俺も高いけど、父さんと姉ちゃんは普通だよ」
「牛乳たくさん飲んだとかは?」
「俺、牛乳苦手。姉ちゃんは好きで毎日ガブガブ飲んでるけど」
「ご飯いっぱい食べるとか、よく寝るとか?」
「飯は普通だと思う、夜は結構夜更かししてるな」
「むぅぅ」
あ、可愛い、じゃなくて。
「背、高くなりたい?」
「う...まぁ、もう少し。でも半分諦めてる」
「女の子なら、ヒールの高い靴を履くとかできるし、気にする必要ないんじゃない?」
「そう?背、低くても気にしない?」
「ん、...まぁ、俺は気にしないけど」
低くても高くても、君は君だから。
というか、今日の髪型は、ちょっと刺さる。
ハーフアップして簪?でくるっと纏めて、髪の隙間から覗く項が白くて...。
あ、また呼吸が、吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜。
「じゃ...じゃぁ、あのっ、私と付き合ってください!」
「へ?」
「あ、うぅ、えと、そ、その、あのね、い、今まで全部、告白断ってたの知ってる」
「あ、うん」
今俺から見えるのは、俯いた君のつむじだけ。
それでも、君の顔が真っ赤になっていることが手に取るようにわかる。
声も、少し震えてる。
「だから、その、誰とも付き合う気がないのかもしれないけど、えっと、本当は言わないつもりだったんだけど、つい、と言うか、あー、何で言っちゃったんだろう、私......浮かれ過ぎたぁ」
だんだん声が小さくなって、心做しか、君の身長も縮んでしまったように思えて。
そんな君がすごく可愛くて、ギュってしたいとか思っている自分の理性を総動員して呼吸を整える。
吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜。
「それは、俺のことが好きってこと?」
「………」
君の頭が上下に揺れる。
それと同時に、君は両手で顔を覆った。
「ずっと、ずっと好きだったの。1年の頃から。でも、誰とも付き合う気がないみたいだったし、その、今の関係も壊したくなくて、告白しないでこのままでいいかなって思ってたんだけど」
「うん」
「でも、これまでずっと告白断ってたとしても、この先誰かと付き合うかもしれないって考えると、何か、嫌で。それに今日すごい、カッコ良くて、何か、なんて言うか......、うぅ、ゴメン、やっぱり聞かなかったことにして、忘れて...」
「んーでも、聞いちゃったし」
「その...」
「それに俺、今めちゃくちゃ嬉しいんだけど、忘れないとダメ?」
「え?」
ガバッとあげた君の顔は、とても真っ赤で、それでいて可愛くて。
目の端に溜まった涙を、そっと指先で拭って。
あー、ごめん、今気付いた。
俺って好きな子はチョット虐めたくなる性格らしい。
周りに聞こえないように、30cmの身長差を腰を曲げることで縮めて、君の耳元でそっと呟く。
「俺と付き合ってくれないの?」
「へっ?」
目をパチパチさせて、俺の発した言葉を君がしっかりと理解するまでの8秒間。
俺は意識して呼吸をする。
めちゃくちゃ心臓が高鳴って、早くなる呼吸を制御して、余裕があるフリをする。
「どうすれば付き合ってくれる?それともやっぱり、忘れないとダメ?」
「ふぇっ?」
そっと、君の頬に手を伸ばすと、君は更に赤くなる。
あーヤバい、今すぐキスしちゃいたい。
「どうする?忘れた方がいい?」
「わっ...」
「わ?」
「忘れない、で...いい、デス...」
「了解」
このまま2人で消えてしまいたいけど、そうもいかない。
視界の端にきょろきょろと周りを見ている4人を見つけて、姿勢を正した。
頭の上に『!』を光らせる勢いで、4人が俺を発見しこちらへ走ってくる。
吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜、さあ、君も一緒に呼吸を整えて、これまで仲のいいクラスメイトだった君と俺との関係が、新しくなったことを一緒に彼らに報告しようか。
「あちらは雨か」
新着のメッセージを開いて彼女は呟いた。
窓の外は快晴、今日も太陽が元気に地上を焦がしている。
ここ数年の暑さは異常だと、テレビ画面の中のコメンテーターは口々に言う。
地球温暖化がとか、二酸化炭素がとか、氷河の消滅がとか、極の氷がとか、色々話してはいるが『我々も意識していかないといけないですね』というなんとも曖昧な台詞で終わらせて次の話題へと進む。
地球温暖化はデータを見れば明らかだが、原因は果たして二酸化炭素なのだろうか?
太陽がほんの少し活動を活発化させれば、地球の温度なんて簡単に上昇しそうなものだけど、なんて事を考えながら、モニターに映し出された文字の羅列を目で追う。
「この辺、もう少し言い回しを変えた方が良いか」
目を閉じ情景を思い浮かべる。
男と女が見晴らしの良い丘の上、巨木の下に佇む。
手を伸ばせば触れられる距離、されどお互い視線を合わせることなく見ているのは少し先にある街並み。
女はあの街の薬屋の独り娘で、男はここより南にある土地を治める領主の四男。
お互いに冒険者として活動し、意気投合してここ2年は恋人同士だった。
家を継ぐ必要がなく、親にも自由にすれば良いと言われ選んだ冒険者の道。
だが、事情が変わった。
去年から徐々に広まり始めた熱病。
罹患者のうち2割ほどが命を落としている。
初めは軽い咳と発疹で、次に高い熱が二、三日続く。
半数はこの後快方に向かうが、半数は高熱と咳が続き発疹が酷くなる。
そして、半月ほどで熱が下がれば命は助かるが、発疹の痕が残る。
また、熱が下がらない場合はひと月もしないうちに息を引き取る。
男の1番上の兄と3番目の兄が、この病で命を落とした。
父親は、男に家に戻るよう手紙を寄越した。
「うーん......」
いくつか文字を打っては消し、打っては消しを繰り返す。
仕事の合間に書いていた趣味の小説が、いつの間にか真琴の本職になった。
元々ファンタジー物が好きで、小説や漫画、映画、ゲームと手をつけたが、仕事が忙しくなればなるほど時間を捻出することが難しくなり、そのうち仕事をしながら妄想の世界に入り込むようになった。
そしてこれが真琴にはあっていた。
驚くほどスルスルと頭の中で物語が展開していく。
そしてそれを自分だけ楽しむのは勿体ないと思うようになり、スキマ時間で文章にするようになった。
ダラダラとそれをネットに上げ続けた結果、今それが仕事になっている。
「ん?また来た」
LINEの通知が真琴の思考を停止させた。
メッセージを開くとそこには綺麗な虹の画像が送られてきていた。
この画像をくれたのは、会社員時代の後輩で、3年前に真琴を置いてアメリカに飛んだ恋人。
今も恋人と呼んで良いのかどうか、真琴には判断できなかった。
別れ話をした訳ではない、むしろ彼には待っていて欲しいと言われた。
真琴は普通の会社員で、親も普通のサラリーマン。
だが、彼は違った。
世界的に有名な企業の御曹司と言うやつで、真琴とは違う世界の人間だった。
親に呼ばれアメリカに行く時に、そのことを知らされた。
騙されたとは思わなかったが、心の中に穴が空いた気がした。
「3年...か...」
彼からはいつも画像が届く。
空だったり、山だったり、食事内容だったり、公園で遊ぶ子供だったり。
いつもいつも画像だけが届く。
言葉はひとつもなく、彼自身の画像さえない。
彼が目にしているものだけが、真琴の手元に届けられる。
「ふふっ」
送られてきた画像はきちんと保存して取っている。
消せないのは、未練からだろうか。
この3年間、声の一つも、後ろ姿さえも見ていない。
時折LINEに届く画像だけが、真琴と彼を繋げている。
いや、この画像も彼が撮ったものとは言えないかもしれないが。
「ん?また?今日は頻繁だね」
1件のLINE。
それが真琴の全て。
1件のLINE。
それが彼と真琴を繋ぐ。
「バカじゃないの」
ぽつっと画面に雫が落ちる。
落ちた画面には、『結婚してください』と書かれたメッセージカードとキラリと光る指輪が納まっていた。