君が近くにいると、普通に呼吸ができない。
息を吸って吐く、ただそれだけなのに、それが今の俺には何よりも難しい。
おかしいな、つい昨日までは平気だったんだ。
いつものように軽口を叩いて、君にどつかれて2人で笑って。
なのになんで今俺はこんなにも、苦しいんだろう。
「どうしたの?」
出会った頃はショートだった君の髪は、今は肩よりも長くて。
さらりと溢れ顔にかかった横髪を耳に掛ける自然な動作。
少し首を傾けて、上目遣いで俺の顔を覗き込んでいる。
「な、なんでもない」
背の高い俺は、君の顔よりつむじを見ていることが多かった。
仕方がないよね、だって身長差30cmだし。
だからかな、気がつけなかった。
君がこんなに綺麗だったなんて。
「そう?具合悪いとかじゃない?」
「平気」
「ふぅん」
疑り深い君は、その後も暫く俺を観察していたけれど、納得したのかまた広場へ視線を移した。
俺は心の中で繰り返す、吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜。
あぁ、ヤバい、二酸化炭素以外の物を吐き出しそうだ。
クラスの仲の良いグループで、地元の祭りに行く計画を立てた。
集合場所は駅前広場。
人が多いだろうからと広場の西側にある花壇付近で、背の高い俺を目印にしようという事になった。
ついでだから、服装もみんなで揃えて浴衣にしようと。
それを母親に伝えたら、タンスの奥からじいちゃんの浴衣を出してきた。
サイズを確認して問題がなかったから、クリーニングに出して出来上がったのが今日の午前中。
時間的にはギリギリだった。
母曰く、もっと前から言ってくれれば縫ってあげたのに、だそうで。
てんやわんやで着付けをしてもらい、ここに着いたのが30分前だった。
「みんな、遅刻だね」
集合時間から既に5分経過。
LINEには、道が混んでて車が進まないとか、家出るのが遅くなったとか、途中別の友達に捕まったとか、財布忘れたから戻ってるとか色々メッセージが流れてる。
君が来たのは集合時間の15分前で、ロータリーに止まった車から降りてきた君を見つけた途端、俺の呼吸がおかしくなった。
そこには、学校で見ている君とは違う君がいた。
これってさ、そういうこと?
マジで?
自慢では無いが、俺はそこそこモテる。
告白された回数も両手では足りないくらいだ。
けれど、誰かと付き合った事は無かった。
みんなでワイワイしている方が楽しいし、誰か1人を好き、という感情がわからなかった。
だからこれまでずっと、誰とも付き合わなかった。
「...ねぇ」
「うん?」
「どうしたら、背高くなれる?」
「......どうって、俺はたぶん遺伝だし。うちはじいちゃんが背高くて、んで母さんも高くて、俺も高いけど、父さんと姉ちゃんは普通だよ」
「牛乳たくさん飲んだとかは?」
「俺、牛乳苦手。姉ちゃんは好きで毎日ガブガブ飲んでるけど」
「ご飯いっぱい食べるとか、よく寝るとか?」
「飯は普通だと思う、夜は結構夜更かししてるな」
「むぅぅ」
あ、可愛い、じゃなくて。
「背、高くなりたい?」
「う...まぁ、もう少し。でも半分諦めてる」
「女の子なら、ヒールの高い靴を履くとかできるし、気にする必要ないんじゃない?」
「そう?背、低くても気にしない?」
「ん、...まぁ、俺は気にしないけど」
低くても高くても、君は君だから。
というか、今日の髪型は、ちょっと刺さる。
ハーフアップして簪?でくるっと纏めて、髪の隙間から覗く項が白くて...。
あ、また呼吸が、吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜。
「じゃ...じゃぁ、あのっ、私と付き合ってください!」
「へ?」
「あ、うぅ、えと、そ、その、あのね、い、今まで全部、告白断ってたの知ってる」
「あ、うん」
今俺から見えるのは、俯いた君のつむじだけ。
それでも、君の顔が真っ赤になっていることが手に取るようにわかる。
声も、少し震えてる。
「だから、その、誰とも付き合う気がないのかもしれないけど、えっと、本当は言わないつもりだったんだけど、つい、と言うか、あー、何で言っちゃったんだろう、私......浮かれ過ぎたぁ」
だんだん声が小さくなって、心做しか、君の身長も縮んでしまったように思えて。
そんな君がすごく可愛くて、ギュってしたいとか思っている自分の理性を総動員して呼吸を整える。
吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜。
「それは、俺のことが好きってこと?」
「………」
君の頭が上下に揺れる。
それと同時に、君は両手で顔を覆った。
「ずっと、ずっと好きだったの。1年の頃から。でも、誰とも付き合う気がないみたいだったし、その、今の関係も壊したくなくて、告白しないでこのままでいいかなって思ってたんだけど」
「うん」
「でも、これまでずっと告白断ってたとしても、この先誰かと付き合うかもしれないって考えると、何か、嫌で。それに今日すごい、カッコ良くて、何か、なんて言うか......、うぅ、ゴメン、やっぱり聞かなかったことにして、忘れて...」
「んーでも、聞いちゃったし」
「その...」
「それに俺、今めちゃくちゃ嬉しいんだけど、忘れないとダメ?」
「え?」
ガバッとあげた君の顔は、とても真っ赤で、それでいて可愛くて。
目の端に溜まった涙を、そっと指先で拭って。
あー、ごめん、今気付いた。
俺って好きな子はチョット虐めたくなる性格らしい。
周りに聞こえないように、30cmの身長差を腰を曲げることで縮めて、君の耳元でそっと呟く。
「俺と付き合ってくれないの?」
「へっ?」
目をパチパチさせて、俺の発した言葉を君がしっかりと理解するまでの8秒間。
俺は意識して呼吸をする。
めちゃくちゃ心臓が高鳴って、早くなる呼吸を制御して、余裕があるフリをする。
「どうすれば付き合ってくれる?それともやっぱり、忘れないとダメ?」
「ふぇっ?」
そっと、君の頬に手を伸ばすと、君は更に赤くなる。
あーヤバい、今すぐキスしちゃいたい。
「どうする?忘れた方がいい?」
「わっ...」
「わ?」
「忘れない、で...いい、デス...」
「了解」
このまま2人で消えてしまいたいけど、そうもいかない。
視界の端にきょろきょろと周りを見ている4人を見つけて、姿勢を正した。
頭の上に『!』を光らせる勢いで、4人が俺を発見しこちらへ走ってくる。
吸って〜吐いて〜、吸って〜吐いて〜、さあ、君も一緒に呼吸を整えて、これまで仲のいいクラスメイトだった君と俺との関係が、新しくなったことを一緒に彼らに報告しようか。
7/13/2024, 2:29:08 AM