真岡 入雲

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「あちらは雨か」

新着のメッセージを開いて彼女は呟いた。
窓の外は快晴、今日も太陽が元気に地上を焦がしている。
ここ数年の暑さは異常だと、テレビ画面の中のコメンテーターは口々に言う。
地球温暖化がとか、二酸化炭素がとか、氷河の消滅がとか、極の氷がとか、色々話してはいるが『我々も意識していかないといけないですね』というなんとも曖昧な台詞で終わらせて次の話題へと進む。
地球温暖化はデータを見れば明らかだが、原因は果たして二酸化炭素なのだろうか?
太陽がほんの少し活動を活発化させれば、地球の温度なんて簡単に上昇しそうなものだけど、なんて事を考えながら、モニターに映し出された文字の羅列を目で追う。

「この辺、もう少し言い回しを変えた方が良いか」

目を閉じ情景を思い浮かべる。
男と女が見晴らしの良い丘の上、巨木の下に佇む。
手を伸ばせば触れられる距離、されどお互い視線を合わせることなく見ているのは少し先にある街並み。
女はあの街の薬屋の独り娘で、男はここより南にある土地を治める領主の四男。
お互いに冒険者として活動し、意気投合してここ2年は恋人同士だった。
家を継ぐ必要がなく、親にも自由にすれば良いと言われ選んだ冒険者の道。
だが、事情が変わった。
去年から徐々に広まり始めた熱病。
罹患者のうち2割ほどが命を落としている。
初めは軽い咳と発疹で、次に高い熱が二、三日続く。
半数はこの後快方に向かうが、半数は高熱と咳が続き発疹が酷くなる。
そして、半月ほどで熱が下がれば命は助かるが、発疹の痕が残る。
また、熱が下がらない場合はひと月もしないうちに息を引き取る。
男の1番上の兄と3番目の兄が、この病で命を落とした。
父親は、男に家に戻るよう手紙を寄越した。

「うーん......」

いくつか文字を打っては消し、打っては消しを繰り返す。

仕事の合間に書いていた趣味の小説が、いつの間にか真琴の本職になった。
元々ファンタジー物が好きで、小説や漫画、映画、ゲームと手をつけたが、仕事が忙しくなればなるほど時間を捻出することが難しくなり、そのうち仕事をしながら妄想の世界に入り込むようになった。
そしてこれが真琴にはあっていた。
驚くほどスルスルと頭の中で物語が展開していく。
そしてそれを自分だけ楽しむのは勿体ないと思うようになり、スキマ時間で文章にするようになった。
ダラダラとそれをネットに上げ続けた結果、今それが仕事になっている。

「ん?また来た」

LINEの通知が真琴の思考を停止させた。
メッセージを開くとそこには綺麗な虹の画像が送られてきていた。

この画像をくれたのは、会社員時代の後輩で、3年前に真琴を置いてアメリカに飛んだ恋人。
今も恋人と呼んで良いのかどうか、真琴には判断できなかった。
別れ話をした訳ではない、むしろ彼には待っていて欲しいと言われた。
真琴は普通の会社員で、親も普通のサラリーマン。
だが、彼は違った。
世界的に有名な企業の御曹司と言うやつで、真琴とは違う世界の人間だった。
親に呼ばれアメリカに行く時に、そのことを知らされた。
騙されたとは思わなかったが、心の中に穴が空いた気がした。

「3年...か...」

彼からはいつも画像が届く。
空だったり、山だったり、食事内容だったり、公園で遊ぶ子供だったり。
いつもいつも画像だけが届く。
言葉はひとつもなく、彼自身の画像さえない。
彼が目にしているものだけが、真琴の手元に届けられる。

「ふふっ」

送られてきた画像はきちんと保存して取っている。
消せないのは、未練からだろうか。
この3年間、声の一つも、後ろ姿さえも見ていない。
時折LINEに届く画像だけが、真琴と彼を繋げている。
いや、この画像も彼が撮ったものとは言えないかもしれないが。

「ん?また?今日は頻繁だね」

1件のLINE。
それが真琴の全て。
1件のLINE。
それが彼と真琴を繋ぐ。

「バカじゃないの」

ぽつっと画面に雫が落ちる。
落ちた画面には、『結婚してください』と書かれたメッセージカードとキラリと光る指輪が納まっていた。



7/12/2024, 2:49:38 AM