アパー・キャットワンチャイ

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12/12/2023, 8:59:41 AM

何でもないフリをして、泣きそうな顔を隠しながら目線を微妙に外し、笑う君を見て、私は胸が痛くなった。
君にこの世界の、幸せを少しでも知って欲しい。
不幸が溢れてる世の中かもしれない。でもその分、楽しいこととか、幸せなこと、あるから。
もしかしたら繊細な君には棘棘しすぎた世界かもしれない。
でも、叶うことなら、諦めないで、私と一緒に、生きて欲しい。
そう願うことは私のわがままだろうか。
「私ってバカだよね〜」
そういって笑う君に
「世界がバカなだけだよ。」
と真剣に伝えた。
「えっ。」
肩を抱いた。
トントンと背中を叩く。
大丈夫。大丈夫。この、混沌とした世界では、何が正しいのか、何が間違ってるのか、分からないよね。
一緒に、良い世界も悪い世界でも、それでも、生き抜いていけるよう私が支える。
バカじゃなくて、余りにも尊くて美しかっただけだから。

12/2/2023, 6:01:55 AM

ラストスパート―――。
これまでの全力を超えて、超えて、走る。
まだか、ゴールはまだか。
限界と身体は告げる。
もう、限界。むり、むり。
紅潮した気持ちで、引っ張る。それでも無理やり走らせる。
ゴール。ゴールラインを踏んだ瞬間、身体が脱力する。速い呼吸が止まらない。ふらふらと、皆が並ぶ列へと座りに行く。小さい折り紙くらいの紙に書かれた12位の文字。前に座る1桁の人達は、一息つけて余裕が戻ってきたのかお喋りなんかをしている始末だ。
ハァハァと酸素を求めながら、うつむく。
君とはもう、話せないぐらい引き離されてしまった。運動バツグンの、ドッチボールでいつも壁になって守ってくれた君。仲良さそうに、前の方でお喋りしている君に、黒いドロドロしたものを煮やす。
次の昼休みで、おめでとう。また上位じゃんと話しかけてくれたことに私は嬉しい気持ちとともに自身の感情を恥じる。君なんて、4位じゃないか。前回は、9位だったのに2桁になったことを、微塵も感じさせない純粋な祝福に、眩しくて思わず目をそらす。君はそんなことなんか意識してないのかもしれないけど、やっぱり君みたいな明るい元気な人と接すると、私の暗い部分が浮き出てくるようで、一緒にいる資格がないように感じてしまう。
「今日もドッジボール来るよな」
思わず「うん!」と返事をして、走り出す。やっぱり距離が開いてしまうけど、少しペースを落としてくれるような配慮を感じる。
もしかしたら、このまま男女の身体の能力の違いで、距離は開き続けてしまうかもしれないけど、いつも近いところにいたいと願うのは、私のわがままだろうか。

11/30/2023, 10:19:27 AM

泣かないで!
泣きたいのはこっちなのに。もう試せるものは試した。この小さいくせに大人よりパワフルなんじゃないかと言う声量で泣きわめく生物を見下ろした。かくなる上は...と手に持つ紐を強く握りしめた。
「たかーいたかい」と連日の睡眠不足によりあまりにも低くなった"低空たかいたかい"をお見舞いし、抱っこ紐にくくる。
昨日見た明るい雰囲気のホラー映画はダメだったか、この赤ん坊はなんの映画が好きなんだ?
赤ん坊は泣き止まず、傍にあった映画の山を崩した。
その1番上にでてきた映画は、「笑ってはいけないタイキック24時」
えめっちゃおもろそう。
この子と笑いのツボ合いそう。
と思わず手に取り、鑑賞する。
もはやパターン化された笑い。でもやっぱり面白い。久しぶりに腹をかかえて笑った。
赤ん坊は繰り返される同じような流れにどうして幾度となく爆笑するのだろうかとでも、言っているようなふてぶてしい顔つきだ。
笑いのリズムに合わせ、トントンと背中を叩く。
徐々におっさんのような憎たらしい顔つきが、普段の安らかな寝顔へと変わっていった。
どんな仕事上の問題よりも手強いコイツは、俺の推し。

11/30/2023, 1:16:40 AM

冬のはじまりは、唐突な形で訪れた。
「別れましょう」
頭の中でその繊細で仄かな攻撃性を持った一言は反響し、いつまでもこびり付いていた。
本当は、違和感に気付いていた。
でも、俺がもっともっと好かれるように努力すれば、もっともっと魅力的になれば、解決する問題だと、そう言い聞かせてきた。どうやら、そんな単純な問題でもなさそうだ。
彼女の、突き刺さるような視線を感じ、辛うじて
「待って」
と答える。
「もう十分待ったよ。変わんないもんね。まーくんは。」
「変わろうと、努力してるよ!?資格、取ったじゃん、昇進もあともうちょっとなんじゃないかって、部長が!」
「そうじゃないよ、努力してる俺、毎日、疲れた、疲れた。会社の人がこんな奴ばっかで俺こんなに頑張ってるのに。俺俺俺俺。気付いた?私さ、この前ペットを亡くしたの。小さい頃から、15年間も一緒にいたチワワ。それで、ホントは、寄り添って欲しくて、話聞いて欲しくて。でもまーくんは俺にしか興味が無いからね。私が話そうとしても、それでさ、はぁもう、とか言って延々とグチ続けてるもんね。」
「―――っ。」
言葉を、飲んだ。
「でも、俺、アリサのために、」
「私を幸せにしないくせに、勝手に自己満足に使わないで頂戴。」
勢いよく千円札を机に叩きつけ、怒りを顕にする。
もう対話は無駄だと判断したのか、財布をカバンに押しやり、カフェを後にする。
1人残されたまひろは、言い知れぬモヤモヤを、ぬるくなったブラックコーヒーで、身体の奥底に丁寧にしまい込む。

11/29/2023, 11:24:04 AM

「終わらせないで。」
君は何度もそう言った。
私にはもったいないからと、何度も別れを切り出した。その度、衝撃を受け、オーバーなくらいに悲しい顔をする君。
君を私に留めておくには眩しすぎる―――
そんな風に考えてしまう。どうしても。彼女は、余りにも、煌々ときらめいていて、私には不釣り合いだと、常に思考は堂々巡りだ。
だって、君は、現に引っ張りだこじゃないか、今年何人に告られたんだ?
それでも、どうして私と一緒に生きてくれているんだ?私のどこにその価値がある。
素直で、明るくて、一緒にいるだけで楽しくて元気になってしまう、太陽のような人。それが君。

どうして夏菜子は自分を卑下するんだろうか...。
私たちが付き合いだしたのは中学3年生の時。
それまでは、そんなに仲良くなかった。中学2年までは違うクラスだったし、知らなかった。夏菜子はクラスの隅であまり話さない女子と一緒に本を読んでいた。私はその時、たまたま皆と仲良くなれたから、色んな人たちとつるんでいた。でも、なぜか満たされなくて、空虚な表面的な付き合いを楽しめずにいた。
中学3年生の時、通りがかりに美術部で、夏菜子をみかけた。夏菜子は灰色の曇りの中で、不穏に揺れる草を書いていた。
私立高校に通う姉に加え私まで私立に行くと負担になってしまうと、受験をプレッシャーに思っていたことと、ずっと楽しくもないのに、ショート動画を友達と撮って、作り笑いを浮かべていた日々に、ごちゃごちゃした絡まりきったコードみたいな感情を感じていた。
―――見透かされていた。
ような気がした。画面の外から、描かれている。自分の暗澹たる感情を。誰にもぶつけようがない、行き場のないねずみ色の霧みたいなもの。それを外側から、写し出している。さながら彼女は、私の孤独と重圧と将来への不安を読み取り、共感してくれるカウンセラーのように感じた。
彼女は淡々と筆を動かす。まるで完成図が頭に入っているかのように。
(美しい)
これを一目惚れというのだろうか。これまで表面的に人間と生きてきたため、好きとか嫌いとか、よく分からずに生きてきた。皆が求めるまま、皆にとっていい人で―――。
知りたい。このような人の心に刺さる絵を描ける人はどのように生きてきたのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか、知り得ることは全て。
とりあえず部活が終わるまで待とう。それで、とにかく話をしてみたい。
部室の横の教室で静かに待った。
1人、また1人とポツポツ帰る音が聞こえる。結局彼女は最後まで集中して絵を描いていたようだ。
部室の電気を消し、帰る彼女に声をかける。
「あの...初めまして...同じクラスの宮内葵です。」
初めて話をする。同じクラスでも全く話したことがなかった。
怪訝な顔をされる。当たり前だ。話したことの無い人から待ち伏せされている。半ばパニックになりながら、誤解を解こうとして
「あの...えっと...好き、です」
首をかしげている。
「あ、えっと、絵が!絵が!好きです」
「お近づきに...なりたいです」
矢継ぎ早に言葉をかける。
そんな必死な葵の言動が面白かったのか、笑いながら
「よろしくお願いします」
と返答してくれた。
夏菜子は葵のことを、自分と関わる世界の外の人間だと思っていた。でも案外 人の中身というのは話してみないと分からないもので、互いに刺激を受けあって、急速に近付いていった。また、自分の内部の繊細な感情を言語化して表現出来る夏菜子と話すと、葵のごちゃごちゃとした感情が外に出て整理されていくような不思議な感覚を覚えた。

夏菜子には夏菜子の価値があって、私にはないものを持っているんだよ。

そんな理由で、終わらせないで。
一緒に生きよう。

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