『愛情一本、シオビタドリンク』
テレビから流れるCMの音をBGMに皿洗いに勤しむ。
手を動かしながらも、思考が手持ち無沙汰になり、
(愛情か...結婚してから数年はあったかな...)
などと考えていると、2階から
「ママー、お風呂入っていい?」
と次男が問う声が聞こえた。
「いいよ」と答えるとドタバタと階段を降りてくる音がする。
リビングからは缶のレモンサワーをゴクゴクと、喉を鳴らしながら飲む音が聞こえる。耳が真っ赤だ。
(弱いくせに良く飲むわ)
「この芸人さ、よくドラマにもでてきれるんだけど、芸人のイメージ強すぎて役が入ってこらいよね」
呂律が回っていない。
生返事をしながら、皿洗いを続ける。
皿洗いが終わってリビングへ行くと夫はドラマに飽きたようで、寝そべりながらスマホをいじっていた。
ドラマは途中から見たが、案外面白く すっと見入ってしまった。
CM中に話しかけると夫は寝息を立てて眠っていた。夫のスマホは、なにやらショッピングサイトで花のアクセサリーや雑貨を見ていた様子だ。
(そうだわ...そろそろ結婚記念日...私は正直忘れてたのに、律儀に覚えているのね、適当に見えて真剣だから、そういうところが好きなのよね)
と考えたところで、気付いた。
(愛情はすぐ近くに隠れてたのね)
「愛してるわ」
と小声で耳打ちをした。
「んんっ」照れ顔を隠すように寝返りを打ったのは気のせいだろうか。
微熱だ。
なんてことない。
今日も学校へ行く。
他の症状は動悸。特にホームルームの時間は自分の心臓の音が音漏れしてないか心配だ。
先生は独身だ。
彼女もいない。
この前クラスの男子に絡まれた時に、自分の意思で結婚はしないと明言していた。
友達にこの症状を話すと本気で理解されないみたいで、知り合い紹介しようか などと要らぬお節介を焼こうとする。
先生の優しい声色を聞いただけで十分。そう、自分にはこんな距離感がお似合いだ。
今日もクラスの後ろの方の席で、先生の声を聞きながら自分の鼓動と感情に悶々とする。
微熱だ。
太陽の下でさんさんと咲く花畑が私の居場所だ。学校という名の洞窟の中で鬱屈としていた私の心は地と一体となって咲き誇る。
川の音が聞こえるいつもの居場所で寝そべりながら、草の香りと共にゆったりとした時間を過ごす。「私が遅いんじゃなくて、世界が早すぎるんだよ」高校生の真澄は、ため息をつきながらほんのり毒づく。
世界に追いつくように、必死に生きてきた。なるべく有意義な時間を過ごせるように、無駄は一切ないように、"普通"になれるように...
(みんなは、こんなに努力して追いついてること、知らないだろうな)
と、ぼんやり考える。
「真澄ちゃんは毎日楽しそうでいいよね!」
同級生や友達から幾度となく聞かされてきた無責任な認識。
楽しそうに過ごすように努力してるんだよ、普通から逸脱しないように、作り笑顔をこさえて、毎日、毎日、追いつくように走る。皆は良かったな、普通に生きることが出来て。異端で変わり者であることを知っている私は、あたかも自分が普通に生きているかのように偽って生きる。そうじゃないと容赦なく置いてけぼりにされるから。
「社会なんて冷えきってるんだよな」
心地の良い時間は夕暮れの訪れとともに過ぎていき、やがて空気が冷えてきた。
「寒っ」
次の日の朝、真澄は家のドアを開けた直後思わず言葉が突いて出た。
外は明るいが、まだ太陽は本調子ではないらしい。制服では秋ですら肌寒い。
いつものように用意をしたが、学校に行きたくなさすぎて、出発時刻をすぎてもスマホをいじりすぎてしまっていた。
(毎回のようにギリギリになっちゃうな...)
満員電車に揺られ学校の最寄り駅に着き、全力ダッシュで遅刻ギリギリに到着する。
(1時間目は、数学か)
数学は得意ではない。授業に集中できず、かといって内職をするようなやるべきこともないためぼんやりと外を観る。いつの間にか紅葉も終わり、葉が散り始めている。
(私の人生も、早く散ればいいのに)
こんな私の人生が早く終了することを願った。
「―――すみ、ますみ!」
ハッ。
「えっと、ダウト。」
「えー、嘘をついてるって言うの?ていうかダウトってトランプじゃん、何の話?」
周囲が笑う。
いつの間にか昼休みになっていたようだ。真澄はうとうととしながら話を聞いていたが、意識を持っていかれていたみたいだ。
「だから、西畑先生、意味わからんってなったじゃん。体育のダンスの曲が古臭すぎてダサいって。それ最悪だよねって。」
女子高生の話題といえば、だいたい授業や先生、他生徒の愚痴である。
体育の授業は選択制で、ダンスと柔道、剣道から選べる。真澄はダンスを選択していたため話しかけてきたという訳だ。
「ああー。そうね。もうちょい馴染み深い曲が踊りやすいよね。」
無難な返事を返す。
(本当は、全然昔の曲も好きだし、昔の曲だからこそテンポが遅くて踊りやすいんだけどな)
極端な言動をしがちなのは、女子高生あるあるなのかもしれない。あまり角が立たないように、曖昧な回答で誤魔化すのは私の特技だ。
胸に込み上げる違和感を知らんぷりし、時間を過ごす。
放課後、なんとなくそのまま帰りたくなくて、一駅分歩いて帰った。夕暮れ時は私の存在すら曖昧にしてくれて、非常に心地がいい。どうにかしたらこのまま消え去れるのかもしれないという淡い期待を胸に、薄暗い道を歩く。街灯がポツポツと光り出してきた。このまま何処までも行ってしまいたい気持ちを抑え、帰路に着く。帰りの京浜東北線は、人身事故の影響で、数分の遅れが出ていた。
(羨ましいな、その人はこの世から解放されたのかな...?)
ほどほどの人数を載せた列車は私を家へと運ぶ。列車の席は空いていないため、つり革に捕まり、動画を見てやり過ごす。
帰宅したら、いつものように母が姉と小競り合いをしていた。
平和ではない世界がきらいだったため、真澄はそのままお風呂に入り、夕ご飯も食べずに眠った。
(前にもここに来たことがあった気がする...)
花畑の中で、寝る。寝ているか起きているか分からないくらいの塩梅がちょうど良い。
大地に沈み込み、息をしていることを忘れた時、目が醒めた。
(まだ1時じゃないか、あと5時間は寝れる)
そう思い再度眠りについた。
花畑と一体になっている。もはや、私は人じゃなかったのかとさえ思う。そのまま穏やかな気持ちで過ごす。
起きた時には、12時手前だった。学校を休んではいけないと思い込む私は飛び起き、パニックになりながら用意をする。
ふと、
(今更行ったって、半分も授業出れないな)
と考えて、一旦手を止める。
でも、1日休むともう友達が離れるんじゃないかと不安が募る。移動教室で私が休むと1人になる子が出る。かわいそう。お母さんも、私がなぜ休んだか責めるだろう。
(でも、ずっと行きたかった場所があるし、そこ行きたいな)
自転車で5キロほど。少し遠いが子供の頃に訪れたことのある小さい湖に、なぜか猛烈に行きたい自分がいた。
理由は分からないが、勢いに任せて、自転車を走らせた。後は怒られればいいや と気楽に考える自分に驚いた。
湖のほとりで、しばし休憩をとる。辺りを見回すと、コスモスの花が咲いていた。散っているものもあるが、そこそこ綺麗だった。子供の頃、訪れた時のことを思い出した。そうだ。その頃は、ちゃんと自分を生きてきてた気がする...
今は、どうだ。周りの顔色をうかがって、自分を見失って、他人に合わせて、楽しそうなフリをして。誰のための人生だ。自分の気持ち、見えない、分からないようになってまで。
置いてきぼりにしてきたの、自分だった。自分のためにならない世界になんて、迎合しなくていい。少しだけのんびり生きよう。
結局、寒くなるまで湖にいた。帰った後、問い詰める母に満足そうに笑って、自分を見つけて来たと語った。
これまでずっと、一緒にいた。
青春を過ごしてた。なんでも分かり合えた気がしていた。心の底から親友だと、そう思っていたんだ。
大学生になった。やりたいことがあった。心理学を学んだ。ああ、私たちは、何を分かり合えた気がしていたんだろう、心理学によると、共依存という状態らしい。病的ともいえる。離れようと努力する度、彼女を頼ろうとしてしまう自分がいる。彼女は離れようとする私を理解しつつも、引き留めようとした。彼女は大学で彼氏が出来た。イケメンで、ちょっと雰囲気ががさつで、でもとても愛してくれる人。彼女は嬉しそうにそう話していた。私も惚気話を楽しんで聞いていた。彼女は高校生時代、男なんて嫌いだ、〇〇(私)さえいればいいと、そう語っていた。しかし心境の変化があったのだろう。私は私を理解してくれた彼女を理解しようとした。数ヶ月が経ったある日、彼女は突然ぽつぽつと話をし始めた。男っていう括りでね、人を見るのを辞めたんだ、でもそうすると、好きってなんなんだろうね。〇〇(私)と一緒にいる方が好きって感情なんだと思うんだけど、それは多分 女の子とか かわいいとか、そういうフィルターを通さないでみてくれて、付き合ってくれてるからじゃないのかな?なんか、女の子とか、遊ぶとか、セックスだとか、そういう男女の関係がめんどくさくなっちゃった。私はもう大学生でいるの疲れちゃったし、〇〇と一緒に 男とかに頼らず、生きたい。これからも親友でいてくれますか?とハニカミながら彼女は言った。私は、戸惑いながらも、承諾した。このまま、共依存でもいいか。死ぬまで。
メリーバッドエンド?