アパー・キャットワンチャイ

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「終わらせないで。」
君は何度もそう言った。
私にはもったいないからと、何度も別れを切り出した。その度、衝撃を受け、オーバーなくらいに悲しい顔をする君。
君を私に留めておくには眩しすぎる―――
そんな風に考えてしまう。どうしても。彼女は、余りにも、煌々ときらめいていて、私には不釣り合いだと、常に思考は堂々巡りだ。
だって、君は、現に引っ張りだこじゃないか、今年何人に告られたんだ?
それでも、どうして私と一緒に生きてくれているんだ?私のどこにその価値がある。
素直で、明るくて、一緒にいるだけで楽しくて元気になってしまう、太陽のような人。それが君。

どうして夏菜子は自分を卑下するんだろうか...。
私たちが付き合いだしたのは中学3年生の時。
それまでは、そんなに仲良くなかった。中学2年までは違うクラスだったし、知らなかった。夏菜子はクラスの隅であまり話さない女子と一緒に本を読んでいた。私はその時、たまたま皆と仲良くなれたから、色んな人たちとつるんでいた。でも、なぜか満たされなくて、空虚な表面的な付き合いを楽しめずにいた。
中学3年生の時、通りがかりに美術部で、夏菜子をみかけた。夏菜子は灰色の曇りの中で、不穏に揺れる草を書いていた。
私立高校に通う姉に加え私まで私立に行くと負担になってしまうと、受験をプレッシャーに思っていたことと、ずっと楽しくもないのに、ショート動画を友達と撮って、作り笑いを浮かべていた日々に、ごちゃごちゃした絡まりきったコードみたいな感情を感じていた。
―――見透かされていた。
ような気がした。画面の外から、描かれている。自分の暗澹たる感情を。誰にもぶつけようがない、行き場のないねずみ色の霧みたいなもの。それを外側から、写し出している。さながら彼女は、私の孤独と重圧と将来への不安を読み取り、共感してくれるカウンセラーのように感じた。
彼女は淡々と筆を動かす。まるで完成図が頭に入っているかのように。
(美しい)
これを一目惚れというのだろうか。これまで表面的に人間と生きてきたため、好きとか嫌いとか、よく分からずに生きてきた。皆が求めるまま、皆にとっていい人で―――。
知りたい。このような人の心に刺さる絵を描ける人はどのように生きてきたのか、何が好きなのか、何が嫌いなのか、知り得ることは全て。
とりあえず部活が終わるまで待とう。それで、とにかく話をしてみたい。
部室の横の教室で静かに待った。
1人、また1人とポツポツ帰る音が聞こえる。結局彼女は最後まで集中して絵を描いていたようだ。
部室の電気を消し、帰る彼女に声をかける。
「あの...初めまして...同じクラスの宮内葵です。」
初めて話をする。同じクラスでも全く話したことがなかった。
怪訝な顔をされる。当たり前だ。話したことの無い人から待ち伏せされている。半ばパニックになりながら、誤解を解こうとして
「あの...えっと...好き、です」
首をかしげている。
「あ、えっと、絵が!絵が!好きです」
「お近づきに...なりたいです」
矢継ぎ早に言葉をかける。
そんな必死な葵の言動が面白かったのか、笑いながら
「よろしくお願いします」
と返答してくれた。
夏菜子は葵のことを、自分と関わる世界の外の人間だと思っていた。でも案外 人の中身というのは話してみないと分からないもので、互いに刺激を受けあって、急速に近付いていった。また、自分の内部の繊細な感情を言語化して表現出来る夏菜子と話すと、葵のごちゃごちゃとした感情が外に出て整理されていくような不思議な感覚を覚えた。

夏菜子には夏菜子の価値があって、私にはないものを持っているんだよ。

そんな理由で、終わらせないで。
一緒に生きよう。

11/29/2023, 11:24:04 AM