バイバイ
「じゃ、バイバイしよっか」
時間を忘れる密会の末、君はそう言って僕に笑いかけた。その言い方にムッとしてしまって、僕は別れる間際に不機嫌になった。
「僕、いつまでも子供じゃないんだよ。子供扱いしないでよ」
「えー? ごめん、怒らないで。仕方ないじゃん、私からしたらずっと子供みたいなもんなんだから」
「僕、もう君より歳上なんだよ」
「え!? もうそんなに大きくなったの。すごいねぇ」
「だから――!」
懲りずに子供扱いしてくる君は悲しげに笑う。君の姿は10年以上変わっていない。幼い頃何度も甘えて泣きついた記憶そのままである。
小学2年の頃、君は突然この世からいなくなった。幼い僕に詳細は語られず、僕の中の君は日々おぼろげになっていく記憶に囚われている。
「……次はいつ会える?」
「んー、またいつか、夢の中で」
「いつまで会える?」
「さぁ、どうかな。君が大人になるまで?」
明瞭な回答は得られない。この時間に終わりが来るのが恐ろしい、なんて言ったら、君はまた子供扱いしてくるだろうか。
「じゃあ、そろそろ起きる時間だよね。バイバイ」
「……うん、バイバイ」
手を振ると同時に視界がぼやけていく。一度瞬きをして目を開いたときには無機質な天井が視界に入ってきた。
君の姿はない。いつか、バイバイの言葉は永遠の別れを示してしまう。それを分かっていながら僕は大人に向かっていつもの日常を開始していく。
旅の途中
世界旅行に申し込んだ。聞いたことのない会社の企画だったけれど、値段もお手頃だし、死ぬまでに一度は世界を回ってみたかった自分にとっては夢のような企画だった。目的地が非公開となっているのは気になったが。
世界旅行に行ける人は抽選で決められるらしい。見事自分は当選した。当日集合場所に集まっていたのは、性別も年齢も様々な老若男女10人だった。倍率が如何程のものだったのか知らないが、この中に選ばれたのだから自分は幸運だと思った。
自分たちは見たこともない乗り物に集められた。バスとも飛行機とも形容しがたい、何らかの金属の塊だ。座席なんか金属剥き出しで座り心地は最悪だったが、まぁ格安のツアーなんだから文句は言うまいと思って飲み込んだ。
窓には黒い布が貼られていて、今どこを移動しているかはもちろん、空を飛んでいるのか地を這っているのかすら分からなかった。
ガイドらしき人が移動中に妙なことを言った。「旅の途中に自分を見かけたら逃げてください。絶対に見つからないでください」と。
その意味を理解しないまま1つ目の目的地についた。
ちょうど1年前に友人と遊びに行ったところで、新しい場所に行けることを期待していた自分としては残念な結果だった。
しかし落ち込んでいても仕方がない。昨年の旅行では目的地の一つが改装工事中で、思うように見て回れなかったのだった。そのことを思い出して自分はそこに向かうことにした。街並みは昨年と全く変わらない。全て記憶の通りである。
そして目的の観光場所はと言えば、未だに改装工事を行っていた。
妙だと思った。たしか半年ほど前に工事は終わっていたはずだ。新たな工事を行っているのか?
そのとき、頭の中に嫌な予感がよぎった。バッと振り返ると、人混みに紛れて見覚えのある2人組が歩いている。心臓の鼓動がうるさい。道なき道を走って、あの未知の乗り物へと戻っていく。
それから自分は乗り物から一歩も降りなかった。旅行者たちは段々と数を減らし、最後には自分ひとりになった。
多分あれはタイムマシンだった。タイムマシンの試験を兼ねていたから謝礼を差し引いて格安になっていた。
同じ時代に同じ人間が2人いてはいけないのだ。旅の途中でいなくなっていった彼らは、自分に会ってしまったのか、あるいは他の何かに巻き込まれたか、今となっては真相は分からない。
まだ見ぬ景色
旅行に行き尽くしてしまった。まだ見ぬ景色を求めて世界中を回ったのだけれど、次第にどこかで見た景色だと感じることが多くなった。そもそも人間が思いつく建築物も、地球上に存在しうる自然も、その多様性などたかが知れているのだ。
そんな自分にとって今回のニュースは吉報だった。なんでも、某国に宇宙人が到来して自分の星を案内すると言ってきたのだ。
腰抜けのお偉いさん方は自ら宇宙に飛び立とうとは考えない。いや、当然と言えば当然だろう。何があるかわからないのだから重要な立場にいる人がのこのこと未知の世界へついていくべきではない。
ともかく、そんな経緯で公募が行われ、後日自分は晴れて一人目の偵察隊に選ばれた。
それは素晴らしいものだった。地球の理からは考えられない景色ばかりで、毎日胸が躍った。
それからは宇宙旅行がブームになった。各星の宇宙人が地球にプレゼンに来て、世界中の人がこぞって地球を出ていく。特段危険に巻き込まれたという話もなかったのでブームは長い間続いた。もちろん自分は何十回も旅行した。
そうしていくうちに気づいてしまったことがある。宇宙に存在しうる自然にだって限りがあるのだ。つまり、なんだ。次第にどこかで見た景色だと感じることが多くなった。
未来への鍵
「集められた皆さん。こんにちは。ゲームマスターです」
そんな言葉とともにモニターに映し出されたのは、道化のようなふざけた仮面をつけた白づくめの人物だった。
僕以外にも見知らぬ人間が何百……いや、もしかしたら何千人、広々とした部屋に集められている。こんな場所に覚えはない。一体どこなのだここは。
「皆さんにはこれからゲームをしていただきます」
ゲームマスターを名乗る道化が取り出したのは金色に輝く鍵だった。シンプルな造形ながら思わず目を引いてしまう美しさがある。僕以外の人たちも同じようで、皆黙ってモニターを見つめている。
「この鍵を奪い合ってもらいます」
道化の仮面の向こうでクックックと笑い声が鳴る。部屋全体の空気を震わせるような笑い声に、身の毛がよだつ思いがする。
「これは未来への鍵です。この鍵を手に入れた者は晴れて未来を手にできるでしょう。しかし手に入れられなかった者は……」
クックックと笑い声がする。あぁ、そういうことか。
手に入れられなかった者は、未来への扉を開けない。永遠に「今」に閉じ込められるか、あるいは人生そのものを終えてしまうのか。
ゲームマスターは非常に楽しそうに両の腕を広げていた。仮面越しにも彼が満面の笑みを浮かべているのがわかる。
僕はどこか他人事のようにその様子を眺めていた。少し物申したいことがある。
「さぁ、ゲーム開始だ!」
「あ……、すみません、ちょっといいですか」
「ん、なんですか」
盛り上がっているところ申し訳ないけれど、始まってしまう前に言わせてもらおう。
「僕、ゲーム降りてもいいですか? 別に鍵要らないので」
「え?」
「あ、私も同じこと思ってました。他の方に譲ります」
「え、ちょっと待ってよ」
僕が手を上げたのを皮切りに、わらわらと同志が集まってくる。ゲームマスターは混乱してカメラの方に身を乗り出した。頭の上の方が見切れている。
「ねぇ、本気で言ってるの!? 未来への鍵がなければ一生ここに閉じ込められるんだよ!? 来るはずだった未来がなくなるんだよ!? そりゃ個室とか衣食住くらいは用意するけどさぁ」
「え、個室あり? めっちゃいいじゃん!」
「いや、個室と言っても監視化だから! 自由とかないからね!」
「衣食住が保証されんならマジでありじゃね?」
どうやらゲームマスターの発言は僕の同志を増やしてしまったらしい。これではゲームどころではない。頭を抱えるゲームマスターを見ていると、なんだか申し訳なくなってくる。
そのとき、静かに手を上げる者がいた。騒然とする中で沈黙を貫くその姿はとても印象的で、僕たちは一斉に静かになる。
「あの、私は鍵欲しいです。子供の成長を見届けたいので」
「だ、だよねぇ! そうだよねぇ! ほら、他に欲しい人は? 手ぇ上げて!」
チラホラと手を上げる人がいる。目視で数えられる程度の人数だ。えーっと、1、2、3……。
「10人だけ……? 本当に他にいない……?」
落胆した声がスピーカーから聞こえてくる。手を上げる人数が増えないことを確認して、ゲームマスターは一旦モニターから見切れ金庫らしき物を持ってきた。扉を開くと、そこには金塊……ではない。金色の鍵が何本か入っている。
「えー、ちょうど人数分あるので、今手を上げた方々に分配します」
おぉっとどこからともなく声が漏れる。そして、戸惑いの中パラパラと拍手の音が始まり、段々と大きくなっていく。
「えーっと、それでは、ゲーム終了です」
すっかり覇気がなくなったゲームマスターがそう宣言した。数分で終わったデスゲームは、何千人もの大きな拍手で締め括られる。手を上げた10人は晴れて脱出し
て、僕たちはなんだかんだそれぞれの幸せな未来へと一歩踏み出したのだった。
今年の抱負
今年の抱負とやらを達成できた覚えがない。
下手なことを書いたら嘘つきになってはしまわないだろうか。そんな心配はあるけれど、これが今日のお題なのでいくつか書いてみる。
その1。最近この「書く習慣」アプリを活用できていないので、もっと活用したい。週に数日、少なくとも週に数回は投稿できたら嬉しい。
目標が低い? 年始くらいもっと目標を高くしたほうがいい?
いやでも、結局毎日投稿なんて凡人にはできたもんじゃないのだ。現に私は何度も失敗してきた。
私は低い目標をたくさん達成する方向でいかせてもらう。これが2つ目の抱負でもいいかもしれない。低い目標をたくさん作ってチマチマ達成する。
そして、その「チマチマ」を積み重ねて去年の自分より一歩前に進む。それが今年の一番の抱負。今年の私は去年の私を超えるのだ。
……「今年の抱負とやらを達成できた覚えがない」、か。
大丈夫かな。もしかして「今年の抱負」というワードに魔物が住んでいたりしませんか?
残り362日。魔物を呼び起こさないように慎重かつ確実に前進する1年にしたいです。