冷瑞葵

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旅の途中

 世界旅行に申し込んだ。聞いたことのない会社の企画だったけれど、値段もお手頃だし、死ぬまでに一度は世界を回ってみたかった自分にとっては夢のような企画だった。目的地が非公開となっているのは気になったが。
 世界旅行に行ける人は抽選で決められるらしい。見事自分は当選した。当日集合場所に集まっていたのは、性別も年齢も様々な老若男女10人だった。倍率が如何程のものだったのか知らないが、この中に選ばれたのだから自分は幸運だと思った。
 自分たちは見たこともない乗り物に集められた。バスとも飛行機とも形容しがたい、何らかの金属の塊だ。座席なんか金属剥き出しで座り心地は最悪だったが、まぁ格安のツアーなんだから文句は言うまいと思って飲み込んだ。
 窓には黒い布が貼られていて、今どこを移動しているかはもちろん、空を飛んでいるのか地を這っているのかすら分からなかった。
 ガイドらしき人が移動中に妙なことを言った。「旅の途中に自分を見かけたら逃げてください。絶対に見つからないでください」と。
 その意味を理解しないまま1つ目の目的地についた。
 ちょうど1年前に友人と遊びに行ったところで、新しい場所に行けることを期待していた自分としては残念な結果だった。
 しかし落ち込んでいても仕方がない。昨年の旅行では目的地の一つが改装工事中で、思うように見て回れなかったのだった。そのことを思い出して自分はそこに向かうことにした。街並みは昨年と全く変わらない。全て記憶の通りである。
 そして目的の観光場所はと言えば、未だに改装工事を行っていた。
 妙だと思った。たしか半年ほど前に工事は終わっていたはずだ。新たな工事を行っているのか?
 そのとき、頭の中に嫌な予感がよぎった。バッと振り返ると、人混みに紛れて見覚えのある2人組が歩いている。心臓の鼓動がうるさい。道なき道を走って、あの未知の乗り物へと戻っていく。
 それから自分は乗り物から一歩も降りなかった。旅行者たちは段々と数を減らし、最後には自分ひとりになった。
 多分あれはタイムマシンだった。タイムマシンの試験を兼ねていたから謝礼を差し引いて格安になっていた。
 同じ時代に同じ人間が2人いてはいけないのだ。旅の途中でいなくなっていった彼らは、自分に会ってしまったのか、あるいは他の何かに巻き込まれたか、今となっては真相は分からない。

2/1/2025, 9:55:23 AM