未来への鍵
「集められた皆さん。こんにちは。ゲームマスターです」
そんな言葉とともにモニターに映し出されたのは、道化のようなふざけた仮面をつけた白づくめの人物だった。
僕以外にも見知らぬ人間が何百……いや、もしかしたら何千人、広々とした部屋に集められている。こんな場所に覚えはない。一体どこなのだここは。
「皆さんにはこれからゲームをしていただきます」
ゲームマスターを名乗る道化が取り出したのは金色に輝く鍵だった。シンプルな造形ながら思わず目を引いてしまう美しさがある。僕以外の人たちも同じようで、皆黙ってモニターを見つめている。
「この鍵を奪い合ってもらいます」
道化の仮面の向こうでクックックと笑い声が鳴る。部屋全体の空気を震わせるような笑い声に、身の毛がよだつ思いがする。
「これは未来への鍵です。この鍵を手に入れた者は晴れて未来を手にできるでしょう。しかし手に入れられなかった者は……」
クックックと笑い声がする。あぁ、そういうことか。
手に入れられなかった者は、未来への扉を開けない。永遠に「今」に閉じ込められるか、あるいは人生そのものを終えてしまうのか。
ゲームマスターは非常に楽しそうに両の腕を広げていた。仮面越しにも彼が満面の笑みを浮かべているのがわかる。
僕はどこか他人事のようにその様子を眺めていた。少し物申したいことがある。
「さぁ、ゲーム開始だ!」
「あ……、すみません、ちょっといいですか」
「ん、なんですか」
盛り上がっているところ申し訳ないけれど、始まってしまう前に言わせてもらおう。
「僕、ゲーム降りてもいいですか? 別に鍵要らないので」
「え?」
「あ、私も同じこと思ってました。他の方に譲ります」
「え、ちょっと待ってよ」
僕が手を上げたのを皮切りに、わらわらと同志が集まってくる。ゲームマスターは混乱してカメラの方に身を乗り出した。頭の上の方が見切れている。
「ねぇ、本気で言ってるの!? 未来への鍵がなければ一生ここに閉じ込められるんだよ!? 来るはずだった未来がなくなるんだよ!? そりゃ個室とか衣食住くらいは用意するけどさぁ」
「え、個室あり? めっちゃいいじゃん!」
「いや、個室と言っても監視化だから! 自由とかないからね!」
「衣食住が保証されんならマジでありじゃね?」
どうやらゲームマスターの発言は僕の同志を増やしてしまったらしい。これではゲームどころではない。頭を抱えるゲームマスターを見ていると、なんだか申し訳なくなってくる。
そのとき、静かに手を上げる者がいた。騒然とする中で沈黙を貫くその姿はとても印象的で、僕たちは一斉に静かになる。
「あの、私は鍵欲しいです。子供の成長を見届けたいので」
「だ、だよねぇ! そうだよねぇ! ほら、他に欲しい人は? 手ぇ上げて!」
チラホラと手を上げる人がいる。目視で数えられる程度の人数だ。えーっと、1、2、3……。
「10人だけ……? 本当に他にいない……?」
落胆した声がスピーカーから聞こえてくる。手を上げる人数が増えないことを確認して、ゲームマスターは一旦モニターから見切れ金庫らしき物を持ってきた。扉を開くと、そこには金塊……ではない。金色の鍵が何本か入っている。
「えー、ちょうど人数分あるので、今手を上げた方々に分配します」
おぉっとどこからともなく声が漏れる。そして、戸惑いの中パラパラと拍手の音が始まり、段々と大きくなっていく。
「えーっと、それでは、ゲーム終了です」
すっかり覇気がなくなったゲームマスターがそう宣言した。数分で終わったデスゲームは、何千人もの大きな拍手で締め括られる。手を上げた10人は晴れて脱出し
て、僕たちはなんだかんだそれぞれの幸せな未来へと一歩踏み出したのだった。
1/11/2025, 4:47:38 AM