冷瑞葵

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12/23/2024, 8:29:26 AM

ゆずの香り

 昨晩は数日早く枕元に靴下を準備した。夜が一年で最も長くなるこの日。
 最も短い朝が始まる頃には、靴下の中に2つのプレゼントが入っている。最新のゲーム機とゲームソフトだ。
「冬司、起きなさい!」
 冬司と呼ばれた少年は今日一番のやる気を振り絞って布団から這い出た。フローリングの床が冷たくて、バレエのようにつま先立ちでリビングに向かう。
「誕生日おめでとう!」
 少年は赤と緑でデコレーションが施されたリビングで出迎えられる。冬至と全く同じ音の名前をした彼は、名前の通り冬至の日に生まれた。クリスマスとまとめて祝われてしまうけれど、彼はこの日が嫌いではなかった。
 早速貰いたてのゲームで遊ぶ。時間はあっという間に溶けていき、すぐにご飯の時間だ。昼は大好きなハンバーグで、おやつにはいちごの乗ったショートケーキ、夜にはチキンとローストビーフと白ブドウの炭酸ジュース。楽しい事尽くしの一日だ。
 そしてこの一日の締めとなるのがゆずの香りである。
 この香りがしてくると一日が終わってしまうと感じて物悲しくなる。冬司はしぶしぶゲームを切り上げてお風呂に向かう。山吹色の真ん丸いゆずが3つ浮かんだ今日限定の湯船が迎えてくれる。
 お風呂から出ると、盛り沢山の一日はすぐに終わる。
 冬司は少しでも長く「今日」を楽しもうと、ゲームを布団の中に持ち込んで、ゆずの残り香の中で母親に怒られるまで長い夜を謳歌するのだった。

12/21/2024, 1:25:22 PM

大空

 1ヶ月半ほど投稿してなかった。毎日投稿しようと一応思っているのだが、「明日でいいか」を40回以上続けてしまった。ある意味すごい。誇ることではない。
 さて、本題はこれではない。「大空」か。ちょっと物語は思いつきそうにないのでエッセイ(?)になります。

 大空と聞くと青空ばかりが思い浮かぶ。私だけだろうか。
 「大空」と調べても「広々とした空」としか出てこないのに、私たちは(少なくとも私は)この言葉に「晴れ」「青い」といった意味を自然と見出している。
 不思議だなぁと思う。厚い雲に覆われた真っ黒な空でもいいだろうに。

 理由を考えてみる。
 まず第一に、「天気」や「ご機嫌」といった単語に代表されるように、漠然とその「モノ(コト)」を示す言葉はポジティブな意味を持つことが多いのではないだろうか。(ネガティブな意味を持つものもあるかな? ちょっとすぐには思いつかない。)
 だから「大空」と聞いたときも晴れている様を思い浮かべてしまうのではないか?という考察だ。

 ま、多分この第一の理由が一番正しいんだろうなと思うんだけど、少し別のベクトルから違う理由を挙げるとすると、青色が後退色だからというのも考えられるんじゃないかと思った。
 青色は後退色だから遠くにあるように見える。つまり、青空のときの空はより大きく見える。そのイメージが無意識に刷り込まれていて、「大空」と聞くと広く見える青色の空を思い浮かべる……という仕組みなのではないか。

 ……いや、書いていて思い出したけど、そういえば昨日、「青色の波長は大気中で散乱しやすい。空が青く見えるのはそのため。『光』には青色が少なく、『大気』には青色が多くなるので、青色の物体(=青色光を反射する)が暗く見えたり、影の部分が青く見えたりする。それで青色は後退色と言われる」という動画を見たばかりだった。
 この理屈でいくと空の青色と物体の青色は別物だから、青が後退色であることは空には関係ないのかな。
 面白い説だと思ったんだけどなぁ。こうやって、せっかく思いついた面白いストーリーが正しい理論で潰されてしまうと何とも言えない気持ちになる。間違っているのはこちらなんだけど、反抗したくなる。
 しかしまぁ、仕方ないか。

 もっと考えれば他にも理由は思いつくだろうか。
 おそらく今回のテーマは、私みたいな素人じゃなくてちゃんとした人が調べた論文もあると思う。普通に卒業研究のテーマとかになりそうじゃない?
 でも面倒なので調べることはしません。この怠惰は私の悪いところだ。

 あぁ、きっとこれから空を見上げるたびに今回書いたことを思い出すんだろう。
 そのときは理論へのささやかな反抗として、青空が他と比べて広く見えないか注意してみよう。広く見えたら私の勝ちってことで。

11/8/2024, 10:03:03 PM

意味がないこと

 創作は私にとって意味がない。最近ずっと感じている。
 創作にあてている時間で他にやるべきことはいくらでもある。現実逃避の手段にしているだけだ。お金になるわけでも、未来に繋がるわけでもない。
 やるべきことから目を背けているだけなのに、一丁前に意味を見出して価値をつけたがる。
 そんな自己嫌悪を抱えながら創作活動していると、本当に意味がないことをしている、もっと言えば、意味がない人生を歩んでいると感じる。
 本来やるべきタスクに上書きされて、創作活動に関わるタスクがTODOとして常に伸し掛かっている。本来のタスクと本音のタスクとで板挟みになって、私は身動きが取れなくなる。
 そうやって立ち往生している時間が一番意味がない意味がないことだと本当は気づいていて、一層自己嫌悪が深まっていく。そんな意味のない人生だ。

10/16/2024, 7:30:39 AM

鋭い眼差し

 「睨んでる?」とよく言われる。眼鏡をかけて目の印象を消そうとしたこともあるけど、厳しそうで近寄りがたいと言われた。前髪を伸ばして目を隠したら、暗くて怖いと言われた。もう俯いて生活するほかない。狐のような目をしているばっかりに。
 でも人によっては丸くて大きな目もコンプレックスになり得るらしい。とても興味深い。彼らは私とは違う世界を見ている。
 そう思いながら人を観察するときの私は、やっぱり皆の言う通り睨むような鋭い眼差しをしているんだと思う。

9/14/2024, 10:09:22 AM

夜明け前

 夜明け前と形容される時間帯になってもう40年になる。
 オレンジの差し色が美しい紺色の空。地球の裏側でもこの空が見えているというのだから驚きだ。40年前のある瞬間、全ての人が目を閉じ眠りについたほんの一瞬。それが世界の切り替わる合図となった。自然科学が明らかにしてきたものを嘲笑うかのように、世界の全てが長い長い夜明け前を迎えた。
 長期的な日照不足によって人々の骨の密度は低下し、屋外で作物を育てることが難しくなり、抑うつ症状を訴える人が増え、そうは言っても世界は適応し「正常」の範囲内で回っていた。
「なぜ世界は回り続けるのですか」
 世界中の電子端末から突如人の声が鳴る。男とも女とも分からない機械を通したような声は、誰のものとも言い難く、誰もが自分の声と錯覚した。
「ようやく世界を夜に閉じ込めたのに」
 機械的な音声の中に失望が見て取れる。人々は彼――あるいは彼女の次の言葉を静かに待った。
「明けない夜はないなんて、苦しいでしょう」
 慈愛に満ちたその言葉に人々は共感し、同時に憤慨した。夜明けを目前に控えながら永遠にそのときが訪れない空に、社会はもう疲弊してしまっていた。
「でも、夜でも世界は回ってしまうのですね」
 その声の主もどこか疲弊したように言い放った。しばらくの間、世界の中から声が失われた。機械的な声は沈黙し、人間たちは端末と静かに睨めっこしていた。人間たちは次第に声を漏らし、世界にざわめきが広がっていく。
「結構です。もう満足です。お手数をおかけしました。皆さま目を閉じてください。もとに戻しましょう」
 機械の声はそう言った。人々は疑い半分に目を閉じた。全ての人が目を閉じたほんの一瞬、その瞬間にまた世界は切り替わった。
 人々は喜んだ。40年ぶりに朝が来て、昼が来て、夕暮れが来た。しかし、その喜びも長くは続かない。結局世界は朝に慣れ、喜びも悲しみもなくただ正常に回り続けた。

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