冷端葵

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7/22/2024, 10:11:17 AM

今一番欲しいもの

 今回は創作ではなくエッセイとしての投稿になりそうだ。今回のテーマを見て物語らしいものがまるで思いつかない。それだけ私の中で何か欠けているのか?

 今一番欲しいもの。私は今、濁り気のない純粋すぎるくらいの「楽しい」が欲しい。
 最近どんなに楽しいことがあっても漠然とした不安や自己嫌悪が心の内に巣食っている。私はここで何をしているのだろう?と思う。どうせこのワクワクも長く持ちやしないだろうと思う。社会の中で生きていることに申し訳無さがある。
 好きなことをしているときも、テーマパークなんかに行っているときもいつもそうで、いつしか私は純粋な「楽しい」を信じられなくなった。小さな「楽しい」でさえも失われていく現状が恐ろしくて、気づけば「楽しい」という感情そのものを避けるようになった。
 これが「大人になる」ということならば。受け入れろと言われるだろうか。だったら私は「過去の時間」を求めようか。何もかもが新鮮で楽しかった幼き日々に戻りたいと思う日々である。

7/6/2024, 9:34:10 AM

星空

「はーい、今日は星空を作る授業です! 先生の空を真似して自由に作ってみてね!」
 20人ほどの小さな神たちが集まった教室。まだ幼い彼らは目を輝かせながら空を紺や黒に塗り、白い点を散らす。
 特別幼く好奇心の強い一人の神は、迷わすピンクと水色を選んで全面に塗りたくった。見回りをしていた先生が立ち止まり彼の作品を覗き込む。子供の神は続いて原色の赤や青でスパッタリングして星を描いていく。先生は慌てて呼び止めた。

「ねぇ、星空って、そんな色してるかな? 星空はね、暗い色なの。それに星は確かに近くで見ればいろいろな色があるけど、遠くから見ればほとんど白にしか見えないの。だからね、その色だと星空じゃなくなっちゃうよ」
 子供は驚いて先生の顔を見た。自由に作っていいって言ったのに。そう言いたいけど言えなくて、子供は黒い絵の具で空を塗りつぶした。涙が空に落ちてピンクと水色が滲む。白でスパッタリングをすると先生は手を叩いて喜んだ。
「すごい! きれいな星空になりましたね!」

 ピンクと水色の滲んだ幻想的な星空には最優秀賞の札が掛けられた。甲高く褒め称える声の中で、子供の心には唯の一つの光も見えない闇夜のような感情が渦巻いた。

6/22/2024, 10:07:04 AM

好きな色

 好きな色と言われると難しい。「何のための色か」によって答えが変わる。

 見るための色なら、青緑が好きだ。澄み切った深い海の色、透明感がありまろやかでありながら、芯のある美しい色。濃い水色も好きだけど、理由はきっと青緑と同じだろう。
 身につけるための色なら、えんじ色。闇夜のような落ち着きと炎のような情熱を併せ持つ力強い色。紺色も好き。揺るがない強さを感じるから。
 描くための色なら赤色だろうか。私たちの体内を巡る生命の色。この色を足すだけで無機物も人工物も呼吸を始めるんだ。

 あぁ、私は生命の力強さを感じる色が好きなのかもしれないな。私の好きな色は「生命の色」です。

5/31/2024, 12:03:27 AM

終わりなき旅

 「終わりなき旅を続けよう」と盃を交わしたのは何世紀前のことだったか。今や皆死んだ魚のような目をして、呪詛のような歌を歌っている。旅の途中で不老不死の魔法に触れてしまったらしい我々は、もう何千年もこうして海の上に漂っていた。ゴールのない終わりなき旅。どんなに少なく見積もっても三百年は食べ物を口にしていない。飲み物も長らく飲んでいない。それでも誰ひとり死なない。死にはしないが、声は枯れ、気力はすり減る。今の我々は互いのことをどこまで認知できているだろうか。誰も彼も心が死んで動く屍のようである。
 ふと、一人が遠くを指差す。それに続いて歌も止まる。彼が指差す先には虹色に輝く空があった。千年前にはオーロラと呼ばれていたものだ。
 あそこに行きたいのか、と口の形だけで尋ねると、彼はうんと首を縦に振る。船では空に辿り着けやしないと分かっているけれど、我々は黙ってそちらに舵を切る。せめて虹色の空を真下から見られるところまで行こう。
 あぁ、これだから旅は終わらないのだ。心は既に死んでいるはずなのに、何万回も観た景色にときめきを覚えて、目に見えない何かのために進んでしまう。どうせあそこに辿り着いたってここまで過ごした何千年と何も変わりゃしないのに。
 我々はまた呪詛を歌い始めた。この呪詛は我々が旅をする同志であった証、今船が動いているのが悲しいかな、その証左なのである。

5/28/2024, 12:04:54 AM

天国と地獄

 人は死ぬと天国か地獄かに振り分けられる。生前「良いこと」をした人は天国、「悪いこと」をした人は地獄といったふうに。
 地上の人口爆発に伴い一日あたりの死者数も緩やかに増加して、振り分け係の人たちは頭を抱えていた。行動の良し悪しを決めるために日夜証拠を集め、長い長い会議のうえ結論を下さなければならない。かつては魂の重さだとかオーラだとか非科学的なものを基準に振り分けていたそうだが、今ではそういった方法は批判され、より現実的で合理的な審判が求められている。この頃仕事量の増加が著しく、人手はいくらあっても足りなかった。
 そこで新しい判断基準が導入された。「所属していた国の法令に従っていたのなら天国、従っていなかったなら地獄」とあくまで法律を第一に据える方法だ。
 この方法は反発もあったが、仕事量はぐっと抑えられた。当面の間はこれでうまく回っていた。
 やがて悲鳴を上げたのは天国の管理人である。「正しさを示す唯一の手段は武力である」「上の立場の命令は絶対である」といった法令を遵守した人々が全員天国にやってきて一時パニック状態に陥ったのだ。天国はもはや天国とは言えなくなった。法律を基準にした振り分け方法は廃止され、振り分け係たちは自ら増やしてしまった仕事を嘆きながら寝る間も惜しんで働いている。

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