始まりはいつも世界の終わりと共にくる。
爆煙の中から現れたソイツはにこやかに微笑んでいた。
「やあ。久しぶりだね。会えて嬉しいよ」
「クソが。お前には二度と会いたくなかったのに」
「随分な言い様だなあ。僕と今世で会うのは初めてだろう?」
「だからだよ」
舌打ちしても悪態を吐いてもソイツは笑顔を崩すことはなかった。いっそ子供みたいな純新無垢な微笑みはコイツの所業とは正反対で、だからこそ気持ちが悪い。
「前世でも、前前前世でもあんな惨い殺し方したのにまだ僕を殺したいんだ? とんだサイコパスだねきみも」
「その言葉そっくり返すぜ。いい加減にしろよ、なんで何度殺されても世界を壊そうとするんだよお前は! 何回も転生を繰り返してでも終わらせたいのか!? そんなに憎いかこの世界が!」
声に混ざる血と怒り。魂の底から湧き上がるそれをどれだけ乗せて伝えても目の前で悠然と笑う笑の前には届かない。
「なんでだよ、なんでなんだよ。何がお前を拒絶した? 誰がお前を否定した? あと何度繰り返せばお前は諦めんだよ!」
「何度でも。君が生まれ変わるのをやめるまで」
しん、と空気が変わった。いつも笑みしか浮かべていない顔から感情が抜け落ちていた。
「ねえ、君は、君自身がなぜ何度も生まれ変わるんだと思う?」
「は?」
「教えてあげるよ。君が世界に望まれているからだよ、ヒーロー。僕という悪がいるから、君が望まれる。つまり、僕がいなければ君は望まれないし、きっと転生もしない」
わかるかい? とソイツの声は続く。聞いちゃいけない、と瞬間的に思ったが、脳髄の奥までそいつの甘い声は響いた。
「僕が世界を壊そうとする限り、何度だって君と会える」
会えて嬉しいよ、先程と同じ言葉を繰り返したソイツは、先程よりもずっと甘ったるい顔で笑った。
お題/始まりはいつも
人生に3度モテ期があるという。ならば、人生を色鮮やかに染める出来事は何度あるのだろうか。
忘れられるわけもない。海馬に色濃く刻みつけられている。
喜怒哀楽のその全てを私はあの日々から教わった。そのどれもが鮮烈で網膜や脊髄の隅々まで焼き尽くすほどの光だ 。
光が濃ければ濃いほど闇は深くなる。あの強烈な日を知ってしまった後では、今という人生は無味乾燥でしかない。
暗いだけの部屋で昨日が終わった。今日もきっとそうなるのだ。無機質でなんの味も手触りもしない、そういう日々を過ごしている。
お題/忘れたくても忘れられない
好きな人を例えるならば、なんだろう。この世の全ての美しい言葉を集めたってこの人は形容できないけれど、ひとつ選ぶなら。それはきっと『月』だ。夜闇に喘ぐ人々をやわらかな光で明るく照らしてくれる。そういう人だもの。
そんなことを考えながら隣で眠る好きな人を見る。彼女の寝顔は世界で一番静かで厳かで神聖で、祈り慈しむべき絵画のように感じた。
声が聞きたい。触れてほしい。そう思った瞬間、わたしの頭は使い物にならなくなった。否、もとからそうなのかもしれない。
起きてほしい。起きて、わたしに触れて、やわらかく笑ってよ。莫迦みたいに彼女のことしか考えられない。この世のものとは思えないほど美しい彼女を前に、彼女を渇望してやまない自分の欲深さに頭を掻き毟るほどに絶望した。わかっている。眠りについた彼女を起こすなんて、なんて罪深いのだろう。浅ましいのだろう。それでも。
「……ごめんね、耐えられないの。耐えられなかったの。あなたがいないことに」
本当に、苦しかった。彼女を喪ってからの日々は、どうしようもない地獄が肚の底に住み着いて息ができなかった。あの子がいない世界はこんなにも暗闇に包まれていることに、あの優しいやわらかな光が二度と手に入らないことに、深く絶望した。
土の中から掘り返した冷たい彼女の体を抱きながら、いつか彼女が語ってくれた話を思い出す。昔の人は月の満ち欠けに「死と再生」の連続性を見出していたらしい。新月は死、満月は魂の再生のシンボルとしていたとか。
「生き返らせるには最適な天気だな。あなたは許してくれないだろうけどね……それでもいいよ」
どんなに怒られても恨まれても、あなたがいない世界よりずっといいんだ。
今日は一番大きな満月。やわらかな光が満ちてる。
お題/やわらかな光
「なあ、プルキンエ現象って知ってっか?」
そいつは世界の果てまで届きそうな大音量の笑い声をたてながらそう言った。その足元には死体が転がってるのに。デカい口からのぞく世界は赤くて、その裏に血が通っていることを簡単に予感させる、生を感じる、嫌な色。 今しがた殺した奴の生きた証と同じ色。
「知らねえ」
「簡単に言えば、暗い場所では赤色はほぼ見えねぇって現象。ほらこれ見ろよ。傑作だぜ」
下卑た笑い声を滲ませたままそいつが指さしたのは壁にへばりういたステッカーだった。暗がりではよくみえないが、目元を縁どった鋭い眼差しがこちらを睨んでる、そんな風に見える。
「なんか書いてあんな。あー……『犯罪は許さない』?」
「そう。そのステッカーさ、元々は『にらみ』を利かせるって意味を込めて、元々は隈取の目のイラストだったらしいぜ。赤色の隈取は正義感を表してるんだってさ。なあ、最高に面白くねえか? 見えなくなっちまうんだよ赤が。正義が。暗闇に呑まれて! 一緒だなぁこの世界と!」
そこまで解説した彼はまたゲラゲラ笑う。皮肉の痙攣か、魔物の咆哮か、はたまた嘆き声なのか、俺には判別がつかなかった。
昔、この街は明るく平和な場所だった。だが今はその名残だけを抱いて、犯罪が横行する常闇の世界へと腐り果てている。
「……許さねえってんなら、消えないでくれよ」
足元に広がるさっき殺した奴の真っ黒にしか見えない血を蹴っ飛ばした。この街に今は正義はない。消えた。暗闇に押し潰されて。ただただクソったれな日々を覆う闇だけが横たわっている。
お題/鋭い眼差し