『お前の息子は預かった。返して欲しくば一〇億円用意しろ』
「おお、古典的な脅し文句」
養父の箪笥を整理していたら見つけたそれ。新聞紙から文字を切って貼って作ったであろうこの薄汚れた紙は、少々粗末な仕上がりだ。経年劣化だけとは思えない剥がれ方とか、指紋がべっとり付着していたりとか。
なんというか、まあ、お粗末なものだった。だからこそわかる。これは我が愛する父が作成した脅迫状だ。杜撰でテンプレートみたいな脅しも、箪笥の中に仕舞うというこれまた古典的な隠し場所に収納しているのも、それを忘れて俺に清掃を頼むのも、全部、間の抜けた養父らしい。
「やっぱり、あれは誘拐だったんだ」
一〇年前、小学生だった俺をひったくるようにして裏路地に連れてきた男は父と名乗った。それが今の養父。
その日から生活は一変。それまで高級車で送り迎えされ、一流のものを身につけていた暮らしとは真逆のそれになった。
でも、俺にとっては天国でしかなかった。殴られ蹴られ、遊ぶことも許されない生活に比べたら今の生活のなんと甘美なこと。
事の真相はきっとこう。
一〇年前、金持ちのガキを誘拐して身代金を得る算段を立てた男は、その子どもが虐待を受けていることに気付いてしまい、情がわいて、あろうことか自らを養父と偽った。つまりあの脅迫状は、本当の両親に送られないまま箪笥の住人となったわけだ。
莫迦だなあ。ほんとうにばか。犯罪に手を染めるほど金に苦労してたくせ、良心は捨てられなくて俺を引き取ったんだ。育児なんてそれこそ大金がかかるってのに。というか、元の家では俺が愛されていないことなんて少し調べたらわかった筈。そういうとこも間抜けで阿呆。
くつくつと噛み殺せない笑いを喉に閉じ込めながら、向かうは養父のもと。
「なあ、親父。ありがとうな」
「あ? なにが?」
彼に拾われて、愛を知った。生きる楽しさを知った。その日々が甘美で動脈の隅まで踊る。肺が歓喜している。それは、紛れもなく真実。
嘘の羊水に漬かる俺は世間から見れば憐れな少年かもしれない。けれど、きっと、ここのなまぬるくて優しい生活は卵巣に似ている。
お題/隠された手紙
2/2/2025, 4:14:54 PM