風に乗って
そこに風の妖精がいるのかと思った。
美しく風になびく黒髪に、金木犀の香りがした。
はじめて彼女に出会ったとき、そいつは、ただじっと遠くを見つめていた。
最初は女か男かわからなかった。
姿はまさしく女の人だったが、なんとなく、そうだと言い切れなかった。
そいつは俺の視線に気がつけば俺に背を向けた。
次の瞬間、風が強く吹いた。
砂埃が経ち、俺は思わず目を細めてしまった。
ハッと目を開けた時には、もう、そこには誰もいなかった。
俺はどうすることもできずその場に立ち尽くし、揺れる木の葉を眺めた。
俺はまた、その人に会いたく、次の日も、その次の日もその場所に行った。
だが、その人に会うことはできず、そのまま一ヶ月が経ち、半ば諦めていた。
「なぁ、毎日毎日、そこに何かあるのか?」
「会いたい人がいるんだよ。」
「ふぅん
会えたらいいな」
「あぁ。
……。」
ふと風が吹いて、あの時の、柔らかな香りがした。
「…は?」
思わず振り向けば、そこにはあの時の人がいた。
だが___
「え、髪……。」
短い髪が風に遊ばれ、その人の手には小さな花が握られていた。
「あー、邪魔だったから髪は切った。
ずっとここで昼飯食ってたんだけど、最近お前がくるようになったから場所変えたんだよ。」
「なんで俺にそのことを?」
「なんとなく。
お前のこと、別に嫌いじゃない。」
疾風が暴れ、俺と彼女の髪を弄ぶように踊った。
風のように風来坊な彼女は、気分屋で、そして、そのままこの手を掴んでいないとすぐに消え、もう、二度と会えない気がした。
刹那
__あの日から私の頭の中は、あの人のことでいっぱいになった。
なんとなく、あの人は私に似ていると感じた__
一ヶ月ぶりだろうか、今日は、珍しく雨が降っていた。
昼になっても止む気配はなく、なんとなくクラスの雰囲気はどんよりとしていた。
「…なんじゃこれ。」
ふと、昨日、あの人が彼の机の中にパンのゴミを入れていたことを思い出した。
「えっと、昨日の放課後にこの教室に来た子が入れていってたよ」
「あぁ、あいつか…。
そいつと話したのか?」
「少し」
「面白いやつだろ、俺の幼馴染でな。こうして構ってほしい時にゴミを入れていくんだよ。
わかりやすいやつだよな」
(たいていの人は嫌がらせだと思うけど…)
苦笑いをすると彼は突拍子のないことを言った。
「一緒に飯食わないか?
あいつも喜ぶと思う」
「そんなことはないと思うけど。」
「んなことわかんねぇって、ほら行くぞ。
あ、今日こいつ借りてくな!」
彼は自分がクラスメイトから慕われ、そして、女子からモテていることをもう少し理解してほしい。
現に、私の友達は彼を好いており、彼女から向けられる視線が痛い。
「__お前アホか?」
屋上まで連れて行かれ、少々息を切らしてしまった。
まだ降っている雨だが、その人はなんの躊躇いもなく、紙パックを片手に飲み、フェンスにもたれていた。
「はぁ。
さっさと教室戻れ。雨だぜ?」
「やなこった。
今日はお前と食うんだ!」
「ならお前一人でいいだろ。」
「だって、最近この子、あの人たちといても苦しそうだからさ。」
「なんだお前、こいつのこと好きなのか?」
「好きだよ。
あ、もちろんお前のことも好きだぜ。」
「……。」
その人は呆れたようにため息をつき、彼が差し出したハンカチを受け取るとなぜか紙パックを拭いた。
彼は、自身のブレザー脱げば、そのブレザーでその人のびしょ濡れになっている頭を拭いた。
ふと目が合い、彼はそのまま少し恥ずかしそうに口を開いた。
「…物事は、人も、モノも、刹那で生まれて、刹那に消えるんだ。
同じ雨、って言うけどさ。
今落ちてるやつと、さっきのやつ、別モンだろ。」
その人は、頭を犬のようにブルブルと振りその場に座った。
「あちょ、けつ冷たいだろ!
これ下に引け!」
なんも躊躇いもなく自身のブレザーを差し出し、そうだな、と、なんの躊躇いもなく座るその人たちに、私はなぜか心底羨ましい気持ちが生まれた。
「お前も座れよ、昼休みが終わるまであと5分だぜ」
「え!?」
「ほら、食えって。冷めるぞ。」
善悪
全部が苦しくなった。
何が良くて何が悪いのか私にはもうよくわからない。
“善い“とされていることをすれば邪険に扱われ
“悪い“とされていることが日常で
私の世界は真っ暗になっていった。
「ねぇ、私、どうしたらいいんだろう」
「あー_…。
まぁ、とりあえず、俺のパン食うか?」
誰もいないと思っていたというのにそこにはその人がおり、その人は私を見て気まずそうにしていた。
「っ、えと、その、どこから」
「お前が着替えた終わりくらいだな。」
「……。」
「冗談だって。お前、優等生だろ、俺のクラスでもたまにお前のこと聞くよ。」
“優等生“
その言葉に虫唾が走り、私は思わず目を逸らした。
「“神は死んだ“」
「え?」
「ニーチェの有名な格言だよ。
まぁかといって俺はそんなにニーチェの言葉も本も知らねぇんだけどな。」
その人は持っていたジュースを一気に飲み干すとじっと私のことを見つめた。
「善悪は絶対ではなく、誰かが作った価値だ。
だから、俺はお前のこと正しいとは思わない」
「……。」
「間違いだとも思わない。
ただ、……なんでそんな泣きそうな顔してんだ?」
「ううん、なんとなく、わかった。」
「……そうか。」
その人は安心したように微笑み、私の席の隣の人の机の中に、何の躊躇もなく慣れた手つきでパンのゴミを入れれば何事もなかったように教室を去って行った。
「……え?」
流れ星に願いを
叶わないとわかっている。
それでも伝えたい言葉が溢れてきて
言葉の代わりに涙が止まらなくて
誰にも気づかれぬまま星は歌を歌う。
たとえ間違いだったとしても
この想いがたとえ何人の人に間違いだと言われても君だけは私のそばで一緒に笑ってくれた。
今度は私の番。
聞こえてる?
私はここにいるよ。