夜の海
さざ波が私の歩みを止めた。塾帰りの疲れた体が癒やしを求めて黒い海に誘き寄せられた。
小さな星星などは見えないが、黄色味が強い三日月がうっそりと私に微笑んでいる。
もっと近くで見ていたい。靴と靴下をさっと脱いで、天を見上げつつ、足指で生温い夏の海を楽しむ。
潮風が髪を靡かせ、首筋が涼しくなった。映画の様だと思い、身も心も洒落た気分になって歌まで歌い、浅瀬で独り踊り続けた。
終点 夏月駅
とある夏の日の夜。──途方に暮れた男がいた。
「ここは、一体どこなんだ?」
流れるような冷たい風が、パニックで熱くなった頭を撫でた。
お祭り
石造りの階段、さん、にい、いち──
鳥居の前でお辞儀をして、端を通り、手を口を清め。前坪の間がじくじく痛むのを堪えて、踏ん張りながら歩いた。
目的地は神社の奥の公園。あそこは花火が、頭の天辺に落ちてきそうなくらい、迫力満点で近く見える。
「……まだ1時間もある」
時計を見ると、花火大会まで時間に結構余裕があることがわかった。
そう急いで来ても、なんの意味もない。
なんとなく恋愛小説のように想い人に会えるものと想っていただけだ。
「凪里くんに会いたかったなぁ」
お盆まで二週間以上ある。凪里くんはまだまだ帰ってこれない。
露店で売っていた、ソースでぬめるジャンクな焼きそばを乱暴に口に入れ、涙で味を濃くした。
何度も落ちてくる袂に苛立ちを感じる。
「見て、夕焼けが、綺麗だね」
彼の言葉を思い出してみても、苛立ちは止まらない。
「日は落ちてても空、ずうっと真っ青なの」
思い出の再現をしてくれない。
風だって去年はこんな悲しげじゃなかった。
ハンディファンで乾いた涙は、拭っても、張り付いて離れてくれなかった。
夏
ツンと冷たいアイスを豪快にシャクシャク食べる。歯に残る余韻が熱い風で忘れられていく、たちまち海の匂いで満たされた。
砂浜の大きな石ころを、足つぼ代わりに踏みしめる。スッと寄ってくる波がくるぶしまで覆った。勢いで服のままザブザブと奥の方まで。持ち上げたスカートの裾が、水を吸って藍色に。元の色よりこっちがいい。
ここではないどこか
ここではないどこかなら、生きやすいのかな?
異世界に転生だの転移だの、羨ましい。イギリスとかフランスに行けば少しはそういう気分になれるのかな。知らない言語で、文化で、生活でもう一度人生をやり直す。やり直したい、立派に生きていきたい。
今の弱い自分が嫌だよ。でも世界で私を愛してくれるのは私だけ。他人だったら絶対嫌い。でも愛してる、大好きだよ私。死んでほしいんだけどね。