また会いましょう
長い黒髪の人がいた。真っ黒なカーテンの様に、俯くと目がチラリと覗くだけになってしまう。恨めしい、あの人の髪を分けて梳いてやりたい。私にその臆病な瞳をもっとよく見せて。
昔その人は私のヒーローだった。当時、私よりも身体が大きいガキ大将に蹴られていたとき助けてくれたのは君だった。擦り傷だらけの腕を広げて、いじめっ子と私の間に立って守ってくれたね。昨日の事のように思い出せる。私を守り、気遣い、少しでも見てくれたのはあなただけ。優しく「頑張ったね」と撫でてくれたのもあなただけ。
好きです。昔も今もあなたは変わらない。あなたの内面の清らかさは誰にも汚す事ができないんですね。
今、あなたがいじめられていることを、私は知っています。芯の強い目で睨みつけるあなたを見ました。女の虐めというのがねちっこくて陰湿というのは知っていましたが、こうも男が介入できないことは知りませんでした。
もし私があなたの前に立って腕を広げても、昔のようにはいかず、さらなる火種になるだけですね。
私得意の小細工しましょう。そうしましょう。あなたのために、全て私が、終わらせますから。
あなたが笑顔になれたなら、また会いましょう。ね。
スリル
肝試し。いるはずのないものに自ら近づく、危険な行為。を何故コイツらはしようとしているんだ!
「なあ深夜4時ピッタリにだけ現れる廃神社があるんだって。行ってみよーぜ」
にやりと笑って結真はスマホの画面を見せた。そこは隣町の山にあり、何人もその神社に迷い込んだらしい。だが一度入って出たあとは、もうその神社を見つけることはできない。一期一会な神社だという。
「ふらっと行くにしては遠くね?」
と言ってもなんだか目をキラキラさせて、行きたそうにしている幸之助。
「チャリで行けばスグよ、ほら」
見せられた立体マップの予想移動時間は30分。そこまで遠くなく、神社が出現すると噂の場所も山の麓に近い。難なく行けそうなのが判断を僕の鈍らせる。マップに神社など写っていない。噂が正しいわけもないし、とズルズル考え込んでいた。
愛言葉
身近に潜む怪異を、呼び出すための合言葉がある。「おいでください、おいでください」
でも、これだけじゃあ来てくれない。深夜3時に自分の部屋の窓の外に向かって合言葉を言うのだ。
窓を開けると、冬に近づきすっかり冷えた空気が鼻先をくすぐる。期待に胸を膨らませながら、合言葉を、「おいでください、おいでください」
両手をきゅっと握って念じる。どうか来て──!
「……やっぱりなにも─ってきゃ!?」
途端に薄く開けた窓から風が吹いて、部屋の中をすべてかき回してしまった。
「なっなに?もしかしてホントに…」
肩にぽんと冷たい手が乗った。
「きゃあああああああっ!」
咄嗟に後ろを向く、と着物を来た美少年が立ってい
た。
「ハハッびっくりしすぎでしょ」
そして大丈夫、大丈夫っと私を抱きしめた。
「えぇ!」
急な展開に目が回る。私怪異さんに抱きしめられてる!?
「僕の名前は夕凪。よろしくね」
彼は耳元でそっと呟くように名乗った。
「君が僕を呼んだ理由。ちゃぁんと知ってるよっ」
大事にしたい
夕方の神社。寂れたそこには秘かに神様が住んでいる。
「なにか面白いことはないだろウか」
退屈な毎日の中に、何十年かぶりの参拝者がやってきた。忘れ去られた山の神社の中に。
悲壮な顔をした少女は鮮やかなメイクや爪をしている。
これはイイ!遊びがいのある新しい人間だ。
「やあ、そこなお嬢さんこんなトコに何しに来たの?」
努めて明るい声で話しかけた。けれどその人間の目は胡乱げ。少女は冷たい声音で僕に答えた。
「気にしないで。ただの気まぐれだから」
せっかく遊ぼうと思ったのに、そんな反応では辛いじゃあないか。
「なぁに、悩み事?僕に言ってみなよ。手伝ってアゲル」
少女は驚いたような表情をした。そして、初めて僕の瞳を見た。
「なンだい、僕に惚れちゃった?」
少女は笑った。
「心配させてごめんね、この神社に思い入れがあるんだ。ただ大事にしたいだけなの」
僕は首を傾げた。ここ何十年も人が来ていないのにどうして思い入れがあるのだろうか。
「君がココに来るのは初めてだと思うんだけど」
少し恥ずかしそうに少女は目を伏せた。
「来たのは初めてなんだけど、おじいちゃんが撮ったこの神社の写真がずっと大好きで。……やっと来られたんだ」
さっき悲しげな顔をしていたのは──?
「おじいちゃん、もういないの。でもなんかいる気がしてさぁ」
僕は神様だから、この娘の祖父がいない事がわかってしまう。けど、少し嘘をつきたくなった。
「よかったね。君のおじいちゃんらしき人がずっと君を見守っているよ」
僕がそう言ったらその子は目に大粒の涙を貯めて、僕を抱きしめた。「ありがとう」と小さく呟いて。
夜の海
さざ波が私の歩みを止めた。塾帰りの疲れた体が癒やしを求めて黒い海に誘き寄せられた。
小さな星星などは見えないが、黄色味が強い三日月がうっそりと私に微笑んでいる。
もっと近くで見ていたい。靴と靴下をさっと脱いで、天を見上げつつ、足指で生温い夏の海を楽しむ。
潮風が髪を靡かせ、首筋が涼しくなった。映画の様だと思い、身も心も洒落た気分になって歌まで歌い、浅瀬で独り踊り続けた。