たかなめんたい

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4/10/2026, 2:38:04 AM

『誰よりも、ずっと』

誰よりも、と言葉にするとき、いつも少し怖くなる。

それは誰かを追い越すことへの罪悪感ではなく、その言葉の重さに自分が耐えられるかどうかという、静かな不安だ。誰よりも好きだと言った瞬間から、その気持ちを守り続ける責任が生まれる気がして、なんとなく口をつぐんできた。

でも、ずっと、という言葉はすこし違う。

ずっとには、証明がいらない。誰かに勝たなくていいし、比べなくていい。ただそこにあり続けるという、静かな意志だけでいい。雨の日も、眠れない夜も、何もうまくいかない朝も、ただそばにあり続けようとする気持ち——それがずっと、だと思う。

だからせめて、こう言い換えたい。
誰よりも、ではなく。ずっと、と。
それだけで十分な気がして、今夜はそっと、その言葉を胸のなかに仕舞った。​​​​​​​​​​​​​​​​

4/9/2026, 8:44:49 AM

『これからも、ずっと』

桜が散るたびに、あなたのことを思う。

別に特別な理由があるわけじゃない。ただ、あの春にふたりで歩いた道が、毎年この季節になると足の裏から蘇ってくる。アスファルトの感触、風の温度、あなたが笑うときに少し目を細める癖。覚えていようとしたわけでもないのに、体がぜんぶ覚えていた。

人は変わる。景色も、関係も、自分自身でさえ。それは悲しいことじゃなくて、ただ、そういうものだと今はわかる。変わったからといって、かつてそこにあったものが嘘になるわけじゃない。

これからも、きっと桜は散る。私はまた、あの道のことを思う。そしてそのたびに、あの頃が確かに本物だったと、静かに確かめるだろう。
消えないものがある。形を変えて、名前も失って、それでも消えないものが。

それをずっと、と呼ぶのだと思っている。​​​​​​​​​​​​​​​​

4/6/2026, 3:09:41 PM

『君の目を見つめると』

他人と目が合うと、すぐに目を逸らしてしまいます。
自分の醜い心や行動を見透かされているような気になって、どうにも落ち着かないのです。

誰かと向き合って話をしていても、視線はいつも相手の肩越しや、テーブルの木目、あるいは宙を舞う名もなき埃へと逃げてばかりいます。鏡に映る自分の目でさえ、長く見つめ返すことはできません。「優しい人だね」と誰かに微笑まれるたび、その言葉が冷たい棘となって胸に刺さります。本当の私は、他人の些細な幸せにひっそりと嫉妬し、保身のために小さな嘘をつき、見栄を張る、どうしようもなく卑小な人間だからです。

瞳が心の窓であるならば、私のそれは、決して他人に覗かせてはいけないひどく濁ったガラスでできているはずです。

だから、外の世界は私にとって、常に息を潜めて歩くべき場所でした。無数の視線という名の刃から身を守るため、分厚い鎧を着込み、愛想笑いという仮面を被り続ける。それはひどく体力を削る作業であり、一人になれる場所に帰る頃にはいつも心が擦り切れています。

けれど、この場所だけは違います。
静かな空間の中で、私の気配に気づいて顔を上げる存在。ビー玉のように澄み切った、深く透明な瞳。

その目に映るのは、私が外の世界で纏っている肩書きや、ひた隠しにしている打算ではありません。ただ「私がそこにいる」という事実だけを、一切のジャッジメントなく、まるごと受け入れてくれる静かな光です。私がどれほど自己嫌悪に塗れていようと、その瞳は私を責めたり、値踏みしたりすることはありません。ただ真っ直ぐに、私の存在そのものを肯定するように見つめ返してくれます。

他人の視線は、いつも私を暴き、裁こうとしているように感じて怖くなる。
自分の内側にある淀みを突きつけられるようで、ひどく息が詰まる。
それでも君に見つめられると違うのです。

4/5/2026, 7:26:29 AM

『それでいい』

自分が今、将来のために自分のために、何をするべきなのか、何をした方が良いのか、何となく理解はしているつもりだし、ある程度想像もついている。それでも、そういうことが頭を過ぎるたびに、やらない理由ばかりを探してしまう。
こういう時に、どうしようもなく自分は人間なんだと自覚させられる。

ああしたいこうしたい、という気持ちに身体が心が打ち勝てない。
理想を描く頭と、そこに追いつかない心身。そのちぐはぐな状態を、もう一人の自分が冷めた目で見つめている。時計の針だけが容赦なく進んでいく部屋の中で、ため息とともにベッドへ深く沈み込んだ。

「今やらなければ、後悔するのは自分だ」
「わかっている。でも、今は動けないんだ」

そんな堂々巡りの対話を何度繰り返しただろうか。結局のところ、私はただ疲れているのかもしれない。目に見えない将来への不安や、誰かと比べて焦る気持ちに、すっかりエネルギーを吸い取られてしまっているのだ。

スマートフォンの画面を無意味にスクロールしながら、ふと思う。
いつから私たちは、常に何かを成し遂げ、前進し続けなければならないと信じ込まされてきたのだろう。立ち止まること、怠けること、やらない理由を探して逃避することは、そんなにも罪悪感を抱くべきことなのだろうか。

どうしようもない弱さを抱え、矛盾に満ちているからこそ、人間なのだ。
機械のようにプログラム通りに動けないからこそ、そこに自分という確かな形がある。

今は無理に立ち上がらなくてもいい。
やらない理由を探して、毛布にくるまる日があってもいい。
焦燥感に苛まれながらも、ただ呼吸をしているだけの自分を、今は許してやろう。

いつかまた、自然と心が動き出し、足が前に出るその時まで。
焦らずに、ただ静かに目を閉じて。
それでいい。

3/31/2026, 7:44:54 AM

『何気ないふり』 

私は普段、ずっと息苦しさを感じている。
どれだけ寝ても朝に起きることは出来ないし、自分の思うように言葉が出ない。本当はこうしたかった、ああしたかったとか、たらればばかりが頭をよぎる。こんなどうしようもない私を無視して世界は粛々とまわっていく。 

当然だ。
自分の良くない所や嫌いで治したい所から目をそむけて、あの人のここが悪いとか、この人はあそこが駄目だとか、偉そうな顔して内心で文句を垂れている。その度に、誰が物を言っているのだと気持ち悪さを覚える。 

そのこみ上げてくる気持ち悪さを胃の奥に無理やり飲み込みながら、私は今日もまた、何事もなかったかのように「何気ないふり」をして玄関の扉を開ける。いや、開けているつもりになっているだけかもしれない。道行く人々の目には、この薄皮一枚で取り繕った平静などとうに見透かされていて、ひどく滑稽で哀れな見栄っ張りに映っているのではないだろうか。 

街角のショーウィンドウにふと映る自分の無表情を見るたび、その中身の空っぽさに足がすくむような思いがする。いつからこんな風に、自分の醜い本性をひた隠しにして、ただその場をやり過ごすための術ばかりが上手くなってしまったのだろう。 

本当は、誰かにこの息苦しさを見破ってほしい、泥水のように濁った自意識を丸ごと笑い飛ばしてほしいと、心のどこかで願っている自分がいるような気もする。けれど、いざ誰かがほんの少しでも踏み込んできそうになると、私はひどく怯え、反射的にさらに分厚い「何気ない」仮面を被って、のらりくらりと躱してしまうのだ。 

結局のところ、私は深く傷つくのが怖いだけなのだと思う。他者を内心で見下すことでしか自我を保てず、そのくせ誰からも嫌われたくないと震えている。そんな醜い矛盾を抱えたまま、それでも明日にはまた、どうしようもなく薄ら笑いを浮かべて日常に溶け込もうとするのだろう。 

沈んでいく夕日を眺めながら、そんな不器用にしか息を吸えない自分が、今はただ、途方もなく疎ましい気がしている。 

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