NoName

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7/31/2023, 12:09:13 PM

「不味い料理なら、食べないほうがマシ。難しい課題なら、やらずに怒られたほうがマシ。生きるのが辛いなら、死んだほうがマシ」
そう言い切ったら、壁のシミに笑われた気がした。
「確かに、流石にそれは言いすぎたかも。だったら僕、とっくに死んでるもんね」

数ヶ月干されずに固くなった布団で、寝返りを打つ。制服のままだったが気にしない。カーテンの隙間から漏れた光の柱を手で掬う。近所から子ども達の笑い声が聞こえた。

「人と関わっても良いことなんてないんだから、一人でいたほうがずっとマシ!」
壁のシミは何も言わない。当たり前だ。
「わかる? 話しかけたら舌打ちされて、誘いを受けたらため息つかれて、断ったら「だよねー」って笑われるの! ア、思い出したら吐きそう」
身体を丸めて腹を抑える。口を大きく開けてみても、何も出てはこなかった。当たり前だと言っているだろう。不幸のフリをするのはやめろ。不愉快だ。

「だからって、一人でいたい、わけじゃあないんだけどね。はは……」
お前がどう思っていようとも、お前の相手なんかするやつはいない。

7/30/2023, 2:17:45 PM

「この子は、さっき死んだこのお兄ちゃん。妹が死んだことにも気づかずに死んでいくのは可哀想だから、せめて死体は見せてあげましょうか」
5歳児とは思えないような残酷なセリフを吐いて、弟は死にかけの兄を妹の死体に近づけた。なんてことはない、花壇の縁に列を作っていた蟻のことだ。兄と妹と言うのは弟が決めた妄想である。幼さ故に善悪の区別がつかず、キラキラとした笑顔で蟻を潰している。
「ねぇ、蟻さんが可哀想だからやめてあげなよ」
当時7つだった僕は、道徳の授業で命の大切さやらを学んだばかりであった。兄として、弟の誤った行為は正さねばならぬと正義感に燃えていた。ただし、その顔を見るまでは。
「にぃにもやる? 楽しいですよ」
振り返った弟は、あまりに澄んだ瞳をしていた。僕は本能的にその瞳に騙されると感じて、急いで目をそらし「や、やらない」と情けなく呟いた。
弟は、成長した今も時々、その目を見せる。

7/29/2023, 11:43:28 AM

窓の向こうは数百年も前から、嵐だった。風が巻き上げるような物体は既になく、地面をえぐり砂埃を散らしながら唸りを上げる。雨粒が窓を叩いている。だが、この施設の住民にとってそれは慣れ親しんだ光景であり、脅威ではなかった。施設は長年の嵐に適応し、風に飛ばされることも無ければ、雷に打たれ崩れることなど、万に一つすらありえないのだ。
「ねぇ」
夜。明かりの消した部屋で、少年が普段は閉ざされているカーテンをおもむろに開いた。次々と落ちる雷が暗い部屋を照らす。
「もしさ、この嵐の中に飛び出してでも成し遂げたいことがあったとしたら、君はどうする?」
光る雷の数を数えながらルームメイトの友人に訪ねた。
「何、外に出たいの?」
「ふふ、違うよ」
普段の冷たい態度とは裏腹に、心配するような声色が隠しきれていなくて、笑ってしまった。友人はベッドから起き上がり、少年に並んで、少年の顔色を控えめに伺いながら窓を見る。普段から突拍子もないことばかりしているから、余程心配されているようだ。
「なんてことない。ただなんとなく聞いただけさ。で、どうするの? 外に出れる?」
「嫌だよ。どんなに大金積まれたって。まだ死ぬ予定なんかない」
「そうだよね。僕だってそう。嵐は怖いもの」
窓を見る。一際大きな雷が光った。音は聞こえない。そういう施設だ。少年たちは、生まれてから一度も、雷の音を聞いたことがなかった。
「弱いね、僕たち。この施設と大人たちに守られて、一度も危険になんて出会うこともなく終わるんだ」
「もう寝よう。お前、疲れてるんだよ」
友人はカーテンを閉じ、少年の腕を引張った。部屋に再び暗闇が広がる。少年は静かに頷いて、友人とそれぞれのベッドに潜った。起きたら朝がやってくる。朝を知らせる放送がなるのだ。窓の外の景色が変わらず嵐が支配していても、施設内では安全に不自由なく暮らせる。それでも少年たちは、意味もなく嵐に怯えていた。

(大きく編集しました。ハートを頂いておきながら、申し訳ないです。しかもあまりお題に沿っていない…)

7/27/2023, 2:15:03 PM

「なんか、暇だなあ」
Aは人を駄目にするクッションの上で寝返りを打つ。ポヨポヨと弾むクッションと共に揺れながら、大きなあくびをひとつついた。Aの目線の先にはNがいる。彼は2人分の紅茶を入れ直していたが、ふと思いついたように手を止めると、Aに悪戯な笑みを見せた。
「ならさ、久しぶりにあれをする?」
「あれ?」
思い当たる遊びを考えても思いつかず、怪訝な顔で宙を見る。Nは思い馳せるように両手を閉じた。
「御神託だよぉ。前にやったのは二十年前だっけ? そろそろいい頃合いだし、また適当な人間を探して救ってあげようよ」
「えー、でも動きたくない……」
「四の五の言わずにいくよ! 善は急げだ!」
NはクッションにしがみつくAを引っ張り、人間の住まう星地球へ向かった。


「あ、あの人間にしようよ。あの死んだ瞳! なんて可哀想なんでしょう」
Nが最初に見つけたのは、早朝の駅で人混みに紛れて電車を待つ、連勤中のサラリーマンだった。顔はやつれはて、目にクマができている。Aはそれをみて首を振った。
「あのオジサンは冴えないから、きっと助けても対して面白くないさ。それに僕、大人は浅ましいから嫌いなんだ。子供にしよう、ね」
「私は多少欲に正直な方が、可愛げがあって好きだけど。うん、じゃああの女の子は? 彼女もなんだか死人のような顔してる。元気づけてあげようよ」
今度にNが指を指したのは、サラリーマンと同じ電車を待つ女子高生だ。マスクで目元以外を覆っているが、それでも彼女が暗い表情をしているのがわかる。カバンを両手で強く抱きしめ、じっと足元を見つめている。
「おお、いいね。彼女、十分後に死ぬようだ」
「なっ」
Aの言葉を聞いたNが、目を見開いてAを振り返った。
「また君は答えを見たんだね! そっちが知るのは勝手だけど、ネタバレはしないっでっていつも言ってるじゃない!」
「なんでさ。別に死亡時期なんかネタバレなんて大層なものじゃないだろ。それに、君の言葉で彼女は実際の生より長く生きれるんだぞ。僕がそれを言わずにいれば君は自分がどんなに良いことをしたか、知らずにいただろうね」
Aのすました態度にNは悔しそうに手を握る。
「もう、なら助言したあとの彼女の人生は言わないでよ。楽しみにじっくり見るんだから」
「はいはい。ほら、早くしないと見失っちゃう。行こう」
AはNの言葉を聞かないうちに、女子高生の下へ降りていく。
「あ、ちょと待ってよ!」
Nも急いでAに続いた。


7/26/2023, 1:13:41 PM

「『誰かのためになるならば、この身を捧げてもいいですよ』ねぇ利他主義って可哀想よ。だって、助けることと利用されることの区別もつかないで、他人の幸せを自分の幸せだと錯覚してるの。人に対する優しさなんて、自分に都合のいい相手と量だけで充分なのよ。もっと自分の為に生きればいいのに」

「馬鹿だなあ。人の幸せなんて人それぞれじゃないか。その人がやりたいならやらせればいい。たとえそれが無駄な行為だったとしても、僕はその尊き自己犠牲を見てるだけで笑顔になれる。この間だって救われたばかりだ」

「貴方のその性格は、もうわかっていたことだけどね。誰かのためになるならば。そんなランダム引いてやるもんですか。もし貴方みたいな人を助けてしまえば、私生きていられる自信がないわ」

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