街中に響く大きな鐘の音。この音が鳴れば子供は家へ帰るし井戸端会議の奥様達も家へ戻る。会社員は今日も残業を覚悟し、若い男女は闇に溶け込んでいく。
例え友人と喧嘩しようとも。
例え子供が家へ帰ってこなくなっても。
例え街から人が消えようとも。
街は次第に火の海となる。次々に建物が崩れ落ちる。岩の下にいる虫みたいにぐちゃぐちゃと人が慌てふためく。
悲鳴など聞こえていないかのように、平和を象徴する鐘の音が滑稽にも響き渡った。
『時を告げる』
小さい頃、何でもかんでもコレクション癖があった。そこら辺の石から浜辺の貝殻、セミのぬけがらまで。
中学の時、母親に要らないと一掃された。お気に入りだった貝殻を2つだけポッケに忍ばせて、一人暮らしになるまで大切に保管した。
そして大学2年生の時。恋人ができた。向こうからの告白。嬉しかった。デートも楽しくて、幸せだった。貝殻のコレクションも褒めてくれた。
……まぁ、結局浮気されていたけれど。お気に入りだった2つの貝殻を見る。やっぱりお気に入りはひとつしか生き残れない運命らしい。
捨てられる方の気持ちなんて知りもしない癖に。貝殻を1つ手に取って、思い出と共に握りつぶした。
『貝殻』
きらきらと輝く光に手を伸ばす。掴もうとすればする程遠くへと消えていく。
隣にいるのは自分じゃないと分かっている。分かっているのにやめられないのだ。蛾が光に集まっていくように、傍から離れる事ができない。
突き放してくれ。いっその事、その冷たい視線を自分に向け
「嫌だっ!!!」
自分の声で目が覚める。最悪の目覚めだ。少しの間虚無感と倦怠感からぼーっとしていると、ピロリンと通知がなった。
『おはよう』
いつもの習慣だ。おはようとおやすみを送り合う事は習慣になっていた。今日も義務感から返信をする。明るい明るい返信。
__おはよ!きょーも頑張ってね!
このきらめきに魅了されている間は、ずっと君にとっての理想の自分を演じるからもう少しだけ夢を見ていたい。
『きらめき』
「だから我慢しないでって言ってるじゃん!」
女性の叫び声が狭い部屋に響く。女性の目の前に土下座をして座っている男性は俯いたまま微動だにしない。
「いっつもいっつも我慢してさ、私に何を求めてるの?」
「……何も無いって」
「……はぁ……」
女性側が諦めてため息をつく。いつもこうだ。何でも言い合うという約束で結婚したのにいざ結婚して数週間経てば男性は隠し事だらけだった。
「……隠し事するのはいいけどさ、私に分かんない様にしてよ」
「……してないって」
「もういい」
最初の頃は信じていた。何も無いと言い続ける彼を信じていた。段々と些細な事が苛立つようになっていった。
靴下を放っておくところ、食器の洗い方が雑なところ、ビニール袋をぐちゃぐちゃにしておくところ。1つずつ注意するのもウザイだろうと思って自分で直すようになっていき、意見を何も言わない彼に段々と覚えていく苛立ち。
「……ごめん、次からはちゃんと」
「もういい。好きにすれば」
塵も積もれば山となる、とは正にこの事なのだろうか。
『些細なことでも』
瓦礫の中から立ち上がる。名前も、生きてきた過去も、何もかも奪われてしまったけれど。
目の前にいるのは、自分の“名前だったもの”で自己紹介している偽善者。自分を悪にして勝ち取った正義は美味いか。
「さぁ!皆で悪を成敗しよう!」
群衆から憎しみの視線が注がれる。そんなに自分が憎いか。自分はお前らに何もしていないのに。額に冷たい銃口が突きつけられる。
「俺達を騙した悪者め!その罪を死んで尚償え!」
もう抵抗する気すら失せた。好きにしてくれ。ほっといてくれ。
目の前の光が消えると同時に心の光も燃え尽きてしまったみたいだ。
『心の灯火』