「で、どうなん」
𓏸𓏸は元カノの××に詰め寄られていた。元カノ、と言っても付き合ったのすら友達の延長線。雰囲気で何となく付き合って雰囲気で何となく別れた。結局今も友達としてずるずると関係が続いていた。
「新しい彼女、出来たんやろ」
「……まぁ、3ヶ月でしょ?もった方かな」
「ふーん」
××は興味無さそうにスマホへ目を移す。こんなしょーもない会話をするのは何回目だろう。お互いに彼氏彼女をつくっては別れつくっては別れ。
「で、逆にお前は」
「いつも通り」
「………金づる?」
「言い方最悪か」
少し会話して、無言の時間が流れて、少し会話する。そんな時間が数十分続く。
「…しょーじき」
「ん?」
「正直、𓏸𓏸がいる間は彼氏いいや。会話しててもお前の方がおもろいと思っちゃうし」
「…………分かる」
「…もっかい付き合う?嫌だったら別れればいいし」
「…おー、良いよ」
正直、お前が1番心地良いと思ってる。
『正直』
雨の匂い。梅雨の時期独特の匂い。あの、気分が躁鬱になる様な独特の匂い。
梅雨は嫌いだ。髪の毛がセットしにくいから。
梅雨は嫌いだ。気分が重くなるから。
梅雨は嫌いだ。
あの日、6月×日。目の前で自分を庇って居なくなったアイツの顔がチラつく。もう何年も経つのに梅雨の時期が来ると怖くて怖くて堪らない。自分が庇った側だったのなら、お前にもこんな気持ちを味わせる事が出来たのだろうか。
今日も仕事の帰り道。雨の降る街を、お前の消えた場所を、他人のフリをして歩いた。
『梅雨』
俺の彼女は無垢だ。どこまでも。いや、なんと言うか、純粋というか、純情というか。
とにかく、今の若者世代の中では珍しい程に単純なヤツだ。
人が困っていたら助ける、誰でも分け隔てなく愛想良く振る舞う。まぁ本人は愛想良くなんて考えてないんだろうけど。
純粋すぎる心は、時に危険だ。他の男がジロジロ見ていたって、電車で多少手が当たったって、こいつは何も思わない。疑わない。
…今だって、俺にこの後何されるか分かってないんだろ。ベッドに押し倒した時も、「もう寝るの?」なんて。
嫉妬深い自分はあんま好きじゃない。こいつが純粋すぎるから、余計自分が醜く見えて嫌いだ。
「……𓏸𓏸?大丈夫??隣で寝ないの?」
「…怖かったら言ってくれ、やめるから」
「何を???」
お前のその無垢な心、俺が汚すから。多分やめてって言われても、本気で泣かれるまでやめられないけど。
…でも、お前は俺のもんだってお前に教えこまねぇと、そう遠くないいつかの日に居なくなっちまう気がするんだよ。
ベッドがぎしりと音を立てる。𓏸𓏸は荒々しく口付けをすると、
「お前は、俺のもんだから」
そう呟いた。
『無垢』
ハッとして目が覚める。目の前に広がるのは雲ひとつない真っ青な空と、無限に広がるまっさらな荒地。地平まで何も無い。
「勇者様!お目覚めになられたのですね!!」
突如目の前に現れたのは、中学生くらいで可愛らしい金髪の女性。何故か服装は鎧のようなものを着ており、腰には刀の様な何かを身につけている。
「ゆ、ゆう…?」
「勇者召喚の儀式で、貴方様が呼ばれたのです!つまり、貴方様が勇者!!」
「…えっと、」
「お名前は何と仰るのですか?」
「……あー、と…」
「何処からおいでなされたのですか?それから…」
満面の笑みで次々と疑問を投げかけられ、脳内はパンク寸前だ。放心している姿を見て、金髪少女は慌てたようにわたわたと謝罪を始めた。
「わわ!そうですよね、まだ混乱されてますよね…とにかく!勇者様、こちらをどうぞ」
そう言って渡されたのは、青白く光り輝く剣。…正直、何かしらのゲームで見た事ある気がする様な見た目だ。その剣を手にした瞬間、ぞわりと体に衝撃が走る。脳内の記憶が混じり合い、様々な人々の声がうるさい程にフラッシュバックした後最後にこんな声が聞こえてきた。
〈76回目の挑戦です。魔王を倒して下さい。〉
…この旅、終わりそうにない。
『終わりなき旅』
君は自分の事必要としてくれたけど
自分は自分の事が必要だと思えなくて
自分は、
いたい、
しかいがゆれて、
いきがくるしくて、
〈いつでも連絡してね、会いに行くから。〉
…にげて、ごめんなさい。
『ごめんね』