夏は嫌いだ。
暑いし、台風もよく来るし、暑いし、日焼けするし、暑い。
それに、半袖の服がメインになってくる。
もちろん、腕のカバーとか日傘とか、長袖着てる人だっているけれど、それでも人類の多くは半袖を着用する。
「……はんそで、やだなぁ…」
𓏸𓏸は、通販サイトの夏服のページを見ながら誰に言う訳でもなくそう呟いた。小さい頃から他人と違う見た目だった自分は肌を露出せざるを得ないこの時期が大嫌いだった。
学校の夏の体操服は基本半袖。カバーなどが自由に着けられる学校だとしても大半の生徒は半袖のまま。しかも自分のクラスには自分一人だった為、気にしていた。
…そんな事を気にしているは𓏸𓏸だけで、実際周りのクラスメイトは何も思っていないのだが。それでも外見関係のトラウマと言うのは癒えづらく、本人はめっぽう半袖が嫌いだった。
ぽちぽちとサイトを見ていると、ふと目に入ったコスプレのタグ。今まで一切興味がなかったが、気分転換にでもとそのタグを押す。
「……こーゆうの着れる人すげぇなぁ…」
カチカチとページを動かせば動かすだけ出てくる色んな服を着た綺麗なモデルさん達。今まで自分が知らなかった、不思議な世界。
幼稚園の頃書いた自分の夢はモデルさんだったな、なんて懐かしい記憶が蘇る。
「…家で、一人で着るだけなら……」
ぽち、と可愛らしいふりふりの半袖ドレスを注文してみる。久々の高揚感にわくわくが抑えられない。人に見られないのなら、自分でもきっと。
いつか、周りの目が気にならなく日が来ると信じて。
「……今年の夏は、半袖着てみようかな」
少しだけ、夏が好きになったかも、なんて。
『半袖』
××島。ギャングの街。あちこちにギャング達の“シマ”があり、日々抗争と戦略が繰り広げられている。
この島1番の若頭である彼は、目の前で命乞いするこのガキに嫌気がさしていた。
「おねがいだから!お兄ちゃんはびょーきなの!!」
「…で?だから?…俺らのシマに勝手に入り込んだのに?」
「あっちから逃げてきたんだよ!僕が出来損ないのせいで、どこのシマにも入れて貰えなくて…」
「そんだけの理由でタダ飯寄越せってか。ここはそんな甘くねぇよガキ」
「…な、なんでもする!なんでもするから!!」
「じゃあここで兄ちゃん見捨てて俺らんとこ来いや」
「そ、れは…っ……」
「もう大丈夫、…𓏸𓏸だけでも、生きて…」
「やだよ!お兄ちゃん!!」
「……はぁ…」
ずっとこんな調子なのだ。若頭はガキ共を無視して拠点に戻ろうと背中を向けた。すると後ろから背中にゴツンっ!と鈍い痛みが襲う。どうやら弟の方が若頭に頭突きをしたようだった。
「…なんだテメェ」
「そんなんでここの頭かよ!僕らを助けられる自信がないんだろ!!」
「……はぁ?」
「………ここの島の人達に頼ろうとした僕が馬鹿だったんだ。お兄ちゃん、僕が守るからね。ちゃんと背中に乗っててね」
「ありがとう…」
そう言って弟は兄をおんぶすると、ゆっくりした足取りで、確かに前へ進み始めた。若頭はふっ、と笑うと弟の前に立ちはだかる。
「……なんだよ、どけよ」
「気に入った。お前ら2人の面倒見てやるよ」
「…いまさら何だよ」
「俺のガキの頃にそっくりだ。そうだよ、この世界では周りに頼っちゃいけねぇ」
「だからたよらないよ、どいてよ」
「この世界では、生きてんのも、死ぬのも、地獄なんだよ」
「……だから何」
「…ただ、同じシマの同胞には、時に優しく、時に厳しく、成長し合っていく。そんでもって俺らだけの最高の世界を創っていくんだ」
「…うん」
「その同胞に入れてやる」
「………上からめせんだね」
「ンはは、生意気なガキだ。とんでもねぇ逸材だなぁ?」
「こっちからもじょうけん」
「なんだ?」
「………気に入らなかったらでていく」
「おぉ上等だガキ。地獄しか知らねぇお前らに天国ってモンを教えてやるよ」
「…教えれるもんなら教えてみてよ」
若頭は自分の子供の頃にコイツらを重ね合わせる。同情はしてはいけないが、実の兄を見捨てた自分と違って、こいつの目があまりにも真っ直ぐだったから。
「ちゃんとついてこいよ、ガキ共」
「すぐに追い抜かしてやる」
「おーおー、いい心構えなこった」
「とりあえずごはん」
「人には頼み方ってもんがあんだろ」
「めし!」
「お前…っ、このガキがぁ!」
「あはは!おこったぁ!」
「…ちっ……はぁ…とんでもねぇ拾いもんしちまった…」
殺伐としたシマの空気に、久々の笑顔。地獄でも、思えばそこは天国になるのだ。
『天国と地獄』
無駄に装飾品の多い窓から月を眺める男が1人。産まれた時から彼の運命は決まっていた。
貴族の第一子として跡継ぎする未来。それしか無かったのだ。着飾られた服、整えられた髪、自由の無い、部屋。自室と言えども牢獄と同じだった。
小さい頃、小学校の帰り道。送迎ではなくどうしても他の生徒と一緒に徒歩で帰りたいという意志を聞きいれてもらって帰っていたあの道の途中、いつも1人の女の子が公園でブランコに乗っていたのを𓏸𓏸はふと思い出した。
『こんなとこでなにしてるの?』
『…かえるいえ、ないから』
『……いっしょにくる?っていいたいけど、ぜったいお母さまにゆるしてもらえないや…ごめん』
『…じゃあちょっとだけいっしょにあそんでよ』
『もんげん、あるから…10ふんだけしか……』
『いいよ、でも』
『……?』
『まいにちあそぼう!!』
そう言われて、下校の途中10分間だけいつもあの子と遊ぶようになっていた。規則や言い付けに雁字搦めにされていた𓏸𓏸にとって何だか悪い事をしている気分で、でもそれが楽しくて、小学校を卒業するまでずっと毎日10分。
『もう卒業だね』
『…𓏸𓏸君、どこの中学行くの?』
『∅∅中学校』
『……どこそれ???』
『県外の私立だよ。もう小学校入った時から決まってた』
『…なんか』
『なに』
『………楽しい?』
『え?』
『それ、楽しい?』
『それっ、て、』
『親の言う事ばっか聞いて。楽しいの?』
『…………』
『いつか迎えに行くから、その時までに楽しいかどうか答え出しといてね』
『え』
『楽しくなかったって言う答えが出てたら、一緒に着いてきて』
『ちょ、待って…』
そのままあの子はどこかへ行ってしまって、それ以来何度も公園に通ったけど出会えることは無かった。…なんて、懐かしい思い出に浸りながら今日もカーテンを閉め、ベッドに寝転ぶ。
目が覚めたらまた、何も無い1日が始まってしまうのか。
深夜、突如ガラッ!と音がして、𓏸𓏸は眠たい目を擦りながら窓の方を見た。
満月の月光に照らされながら、ヒラヒラとマントを靡かせて窓の縁に立っている誰か。
「おはよ、𓏸𓏸君」
「…………××、ちゃん…」
「答え、聞きに来た」
「……そんなの」
あの時、聞かれたあの時から決まっている。
𓏸𓏸は××の手を取る。2人は満月光る夜の闇に消えていった。
『月に願いを』
真夜中、窓に雨粒のなる音が鳴り響く。ノイズキャンセリング付きのヘッドフォンをしてもやけに雨音が煩く感じた。
こうも憂鬱な日は、自分の書き出す言葉すらも全部曖昧に見えて嫌気がさす。
〈大丈夫、また絶対会えるから〉
そう文字を打って送信した。まるで自分に言い聞かせるかの様に。
〈会えるよね、待ってる。〉
数十秒、たったそれだけの時間で返ってきた言葉。
本当は分かっていた。もう会えなくなってしまう事。絶対なんてあるはずないのに、安っぽい言葉に縋り付いてしまう。
どうか弱い自分を許してくれ。
雨は未だ降り止まない。
『降り止まない雨』
特技もない、趣味もない、取り柄もない、したい事もない、夢もない、
私には何も無い。
だけど勉強は義務だし、高校だって入らないと駄目って言われた。いざ卒業してもしたい事なんてある訳なくて、でも働かないと駄目で。
何で生きる為には働かないといけないんだろう。そもそも何で生きる事を強要されてるの。
…だけど、嫌な事だけじゃなかった。友達も出来たんだよ。たったの3人。いや、3人も出来た。だって4人でチーム組んでゲーム出来るんだよ。凄くない?
凄いよ、凄い。私頑張ってる。いっぱい頑張ってる。生きる事こんなに頑張ってるよ。
でもね、思ったんだよ。周りの友達、皆大学とか専門学校とか行ってて、就職して、皆居なくなっていく。
自分だけ取り残されて、…自分だけ、何もしたくなくてここに留まり続けてる。
だからね、思ったの。
あの頃の私へ。何回も のうとして、諦めてた私へ。
やっぱり生きてても、何も変わらないって気付いたの。ごめんなさい。あの頃の私。
『あの頃の私へ』