ゆかぽんたす

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5/11/2024, 1:02:03 AM

こうやって芝生の上に寝転ぶのは子供の頃以来だろう。たまには空を見上げるのもいいもんだと思った。そうすることで、自分のちっぽけさを感じられる。今抱えてる悩みとか不安が、この青に呑み込まれていくような不思議な感覚を味わうのだった。

時々、言葉が心に追いつかない時がある。あの人を失ったのもそれが原因だったのだろう。だから間違いなく僕のせいだ。それを思っては塞ぎ込む毎日だった。総て忘れて、あの日の僕らに戻れたなら。何度も何度も願ったけどそんなことは叶うはずがない。時間は巻き戻せない。人生はやり直せない。それを今、寝転んで見上げる青空に言われているような気がした。

不意に白いものが視界に入り込んでくる。ふよふよ浮遊する正体はモンシロチョウだった。壮大な青の中に白く小さなその生き物が映える。僕はたたじっと見つめていた。一定の決まりもないその動きは、自然と僕の興味をひくのだ。
その蝶が、何故かあの人と重なった。無軌道に動く様子も、小さくて白いところも、音もなくどこかへ飛んでいってしまうところも。似ているところが多すぎた。僕は咄嗟に手を伸ばすけど、所詮捕まるはずがなかった。容易く僕の手をすり抜けて、その白い小さな生き物は行ってしまった。こんなところまであの人と似ているのか。嫌だな。春が嫌いになりそうだ。

5/10/2024, 9:12:58 AM

好きでもないのに青いカーテンにしたり、世話するの面倒くさいのに観葉植物置いてみたり。今までこんなにインテリアについて興味なんて沸かなかったはずなのに。なんでかな、手に取るものが自然とそういう類いのものばかり。
これはもう間違いなく君の影響だ。君が好きな色も、植物も何もかもを僕は覚えている。記憶は未だ、消しきれていない。
そんな簡単に忘れられるものじゃないって分かってはいたけど、まさか生活感の中にまで浸透していただなんてなかなか質が悪いとは思ったよ。これじゃ、忘れたくても忘れられないじゃないか。忘れたのは本来の僕の好きなもの。僕は本当は何色が好きだったか。どんな緑をリビングに置こうと思ってたのか。思い出せない。思い出そうとすると君の笑顔がそれを阻むから。こんなに優しい悪夢は初めてだ。僕はこの先もずっと君のことを忘れられないんじゃないか。いつか笑って話せるくらいになれたらいいな、くらいには思っていた。でも実際はそんな簡単な問題じゃなかった。こんなにも、君が僕の記憶の中に棲み着いている。これじゃいつまで経っても忘れられない。
否、君のことを忘れるのが怖いよ。

5/8/2024, 11:42:21 PM

五月雨という雨がある。5月に降る長雨。梅雨の意味も含まれてるらしい。
1年前の今日の私の日記には、雨が鬱陶しくて体調を崩していた様子が書かれていた。雨が嫌い。ジメジメするのも匂いも音も何もかも。1年経ってもそれは相変わらずで、大型連休が終わって心も少しぽっかりしかけた時にこの天候はなかなか身体にくるものだ。

けれど今年は雨のせいだけじゃない。落ち込んで塞ぎ込んでいる理由。去年は隣にいた貴方が今年はいないから。寂しさからの体調不良なんてあり得ないものだと思っていたのに身をもって体験してしまった。1年前の私が見たら驚くと思う。1年後の私はこんなにも恋愛に真剣になっていたこと。会いたい人に会えなくなると、こんなにも弱い人間になるということ。

辛いけど、寂しいけどこれもちゃんと書き留めておかないと。来年の私が生きるための道標にするかもしれないから。

来年の今ごろはせめて、雨を克服できてればいいな。それとあと少しだけ、強くなれてたらいいな。

5/8/2024, 2:24:40 AM

その人はお客の僕なんかよりもずっと満面の笑みで迎えてくれた。シェフ、というかパティシエらしい細長い白い帽子を被ってガラスケースの中のケーキたちをひとつひとつ僕に説明してくれた。
「これはソースの中に甘夏のジュレが入ってるの。ちょっとほろ苦いから、大人の人に人気かな」
何だそれ。僕にはまだ早いって言うのか。でも実際、今日は甘くて濃厚なかんじのケーキが食べたかったから参考になった。
「こっちの、2段目の真ん中にあるのが今月から新しく並べてるケーキ」
「へぇ。どんなケーキなんですか?」
「ふふふ。これはねぇ」
パティシエであり店長のお姉さんがガラスケースの中からケーキを出して近くで見せてくれた。そばで見るときらきら何か光沢があるようにも見える。きっとかかっているチョコのソースに秘密があるんだろう。
「あー、待って言わないで。それにします。食べながら当てるから」
「そお?じゃ、これにするのね」
お姉さんは鼻歌交じりにケーキを箱に詰めてくれた。あんなこと言ってみたけど、隠し味は何なのかだなんて、今回も僕は当てられない気がする。お姉さんの作るケーキはまるで秘密の玉手箱みたいなんだ。絶対に他では食べることができない、かっこよく言えば唯一無二って感じの。
「はい。また感想聞かせてね。オマケも入れといたからね」
「ありがとう、ございます」
にこにこな笑顔で、僕に小さな白い箱を手渡してくれた。いつも僕の感想を心待ちにしてくれてるお姉さん。そこには他意はないかもしれない。もちろんちゃんと感想は伝えるさ。そのために次回もここへ来るんだ。僕だって他意はない。それ以外は、考えちゃいない。
でもなんでだろうな。
僕が“美味しかった”って言った時、この人がすごく嬉しそうに笑うから。また見たいなって、思ってしまうんだ。だから明日も明後日も、僕はここのケーキを食べたくなる。虫歯になっても自業自得さ。それくらい好きなんだ、ケーキがね。

5/7/2024, 9:59:02 AM

いつもの日課で教会の麓で祈りを捧げていた時。
「相変わらずくだらんことに時間を使っているな」
背後から声がした。少しだけ感嘆してしまう。まだ日は沈みきっていないのに姿を現せるようになったのか、と。
「誰かさんが悪事を働かぬように祈り続けないといけませんから」
「フン。偉そうな口きくなよ。お前なんて俺様が本気を出せばどうにでもなる」
その言葉の瞬間、首に鋭い鈎爪のようなものが添えられる。彼の言う通りだ。私は攻撃魔法に長けていない。だから今ここで彼が気紛れで私の息の根を止めるなんて容易なことなのだ。
それでも死に恐れたりしないのは、聖女であるが故という理由と、あともう1つ。彼は絶対に私を殺さないという確信があるからだ。
「なぁ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
マントのような黒い翼が私の身体をすっぽり包みこんだ。これでは神への祈念に集中できない。頭に落ちてきた烏のような黒い羽根を手で払おうとした、が、腕を掴まれてしまう。
「お前はいつも余裕だな。今から俺に喰い殺されるかもしれないというのに」
「そんなことあり得ませんよ」
彼は私に恋をしている。だから殺さない。殺せないのだ。彼もまたその想いが私にバレているのが分かっているから、こうして夜になると堂々と会いに来る。
「お前のその余裕がいけ好かない」
「褒め言葉として受け取らせていただきます」
私の言葉に彼はムッとした顔をしてみせる。ぐっと掴んだ私の腕を引き寄せた。脅しのつもりだろうか。主導権が握れなくて苛立っているのが分かる。
でも、私にしてみれば幼子が機嫌を悪くしているようにしか映らない。この世界で人々から恐れられている魔王だというのに、私の前では何の恐怖も感じられない。
「なァ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
「この世界があるうちは、そんなことにはなりませんよ」
「なら、滅ぼしてしまおうか。こんな世界なんて」
「そんな真似しようものなら、金輪際口を利いてあげません」
彼は黙ってしまった。こんな冗談も真に受けるほど心は純粋なのに、どうして私達は敵対する種族なのだろう。世界が続こうが滅ぼうが、私達は一生交わることはない。私が聖女に生まれた以上、絶対に叶うことはないのだ。

だったらこんな世界要らない。
そんなふうに思ってしまう私は、聖女失格だ。


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