その人はお客の僕なんかよりもずっと満面の笑みで迎えてくれた。シェフ、というかパティシエらしい細長い白い帽子を被ってガラスケースの中のケーキたちをひとつひとつ僕に説明してくれた。
「これはソースの中に甘夏のジュレが入ってるの。ちょっとほろ苦いから、大人の人に人気かな」
何だそれ。僕にはまだ早いって言うのか。でも実際、今日は甘くて濃厚なかんじのケーキが食べたかったから参考になった。
「こっちの、2段目の真ん中にあるのが今月から新しく並べてるケーキ」
「へぇ。どんなケーキなんですか?」
「ふふふ。これはねぇ」
パティシエであり店長のお姉さんがガラスケースの中からケーキを出して近くで見せてくれた。そばで見るときらきら何か光沢があるようにも見える。きっとかかっているチョコのソースに秘密があるんだろう。
「あー、待って言わないで。それにします。食べながら当てるから」
「そお?じゃ、これにするのね」
お姉さんは鼻歌交じりにケーキを箱に詰めてくれた。あんなこと言ってみたけど、隠し味は何なのかだなんて、今回も僕は当てられない気がする。お姉さんの作るケーキはまるで秘密の玉手箱みたいなんだ。絶対に他では食べることができない、かっこよく言えば唯一無二って感じの。
「はい。また感想聞かせてね。オマケも入れといたからね」
「ありがとう、ございます」
にこにこな笑顔で、僕に小さな白い箱を手渡してくれた。いつも僕の感想を心待ちにしてくれてるお姉さん。そこには他意はないかもしれない。もちろんちゃんと感想は伝えるさ。そのために次回もここへ来るんだ。僕だって他意はない。それ以外は、考えちゃいない。
でもなんでだろうな。
僕が“美味しかった”って言った時、この人がすごく嬉しそうに笑うから。また見たいなって、思ってしまうんだ。だから明日も明後日も、僕はここのケーキを食べたくなる。虫歯になっても自業自得さ。それくらい好きなんだ、ケーキがね。
5/8/2024, 2:24:40 AM