いつもの日課で教会の麓で祈りを捧げていた時。
「相変わらずくだらんことに時間を使っているな」
背後から声がした。少しだけ感嘆してしまう。まだ日は沈みきっていないのに姿を現せるようになったのか、と。
「誰かさんが悪事を働かぬように祈り続けないといけませんから」
「フン。偉そうな口きくなよ。お前なんて俺様が本気を出せばどうにでもなる」
その言葉の瞬間、首に鋭い鈎爪のようなものが添えられる。彼の言う通りだ。私は攻撃魔法に長けていない。だから今ここで彼が気紛れで私の息の根を止めるなんて容易なことなのだ。
それでも死に恐れたりしないのは、聖女であるが故という理由と、あともう1つ。彼は絶対に私を殺さないという確信があるからだ。
「なぁ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
マントのような黒い翼が私の身体をすっぽり包みこんだ。これでは神への祈念に集中できない。頭に落ちてきた烏のような黒い羽根を手で払おうとした、が、腕を掴まれてしまう。
「お前はいつも余裕だな。今から俺に喰い殺されるかもしれないというのに」
「そんなことあり得ませんよ」
彼は私に恋をしている。だから殺さない。殺せないのだ。彼もまたその想いが私にバレているのが分かっているから、こうして夜になると堂々と会いに来る。
「お前のその余裕がいけ好かない」
「褒め言葉として受け取らせていただきます」
私の言葉に彼はムッとした顔をしてみせる。ぐっと掴んだ私の腕を引き寄せた。脅しのつもりだろうか。主導権が握れなくて苛立っているのが分かる。
でも、私にしてみれば幼子が機嫌を悪くしているようにしか映らない。この世界で人々から恐れられている魔王だというのに、私の前では何の恐怖も感じられない。
「なァ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
「この世界があるうちは、そんなことにはなりませんよ」
「なら、滅ぼしてしまおうか。こんな世界なんて」
「そんな真似しようものなら、金輪際口を利いてあげません」
彼は黙ってしまった。こんな冗談も真に受けるほど心は純粋なのに、どうして私達は敵対する種族なのだろう。世界が続こうが滅ぼうが、私達は一生交わることはない。私が聖女に生まれた以上、絶対に叶うことはないのだ。
だったらこんな世界要らない。
そんなふうに思ってしまう私は、聖女失格だ。
5/7/2024, 9:59:02 AM