好きでもないのに青いカーテンにしたり、世話するの面倒くさいのに観葉植物置いてみたり。今までこんなにインテリアについて興味なんて沸かなかったはずなのに。なんでかな、手に取るものが自然とそういう類いのものばかり。
これはもう間違いなく君の影響だ。君が好きな色も、植物も何もかもを僕は覚えている。記憶は未だ、消しきれていない。
そんな簡単に忘れられるものじゃないって分かってはいたけど、まさか生活感の中にまで浸透していただなんてなかなか質が悪いとは思ったよ。これじゃ、忘れたくても忘れられないじゃないか。忘れたのは本来の僕の好きなもの。僕は本当は何色が好きだったか。どんな緑をリビングに置こうと思ってたのか。思い出せない。思い出そうとすると君の笑顔がそれを阻むから。こんなに優しい悪夢は初めてだ。僕はこの先もずっと君のことを忘れられないんじゃないか。いつか笑って話せるくらいになれたらいいな、くらいには思っていた。でも実際はそんな簡単な問題じゃなかった。こんなにも、君が僕の記憶の中に棲み着いている。これじゃいつまで経っても忘れられない。
否、君のことを忘れるのが怖いよ。
五月雨という雨がある。5月に降る長雨。梅雨の意味も含まれてるらしい。
1年前の今日の私の日記には、雨が鬱陶しくて体調を崩していた様子が書かれていた。雨が嫌い。ジメジメするのも匂いも音も何もかも。1年経ってもそれは相変わらずで、大型連休が終わって心も少しぽっかりしかけた時にこの天候はなかなか身体にくるものだ。
けれど今年は雨のせいだけじゃない。落ち込んで塞ぎ込んでいる理由。去年は隣にいた貴方が今年はいないから。寂しさからの体調不良なんてあり得ないものだと思っていたのに身をもって体験してしまった。1年前の私が見たら驚くと思う。1年後の私はこんなにも恋愛に真剣になっていたこと。会いたい人に会えなくなると、こんなにも弱い人間になるということ。
辛いけど、寂しいけどこれもちゃんと書き留めておかないと。来年の私が生きるための道標にするかもしれないから。
来年の今ごろはせめて、雨を克服できてればいいな。それとあと少しだけ、強くなれてたらいいな。
その人はお客の僕なんかよりもずっと満面の笑みで迎えてくれた。シェフ、というかパティシエらしい細長い白い帽子を被ってガラスケースの中のケーキたちをひとつひとつ僕に説明してくれた。
「これはソースの中に甘夏のジュレが入ってるの。ちょっとほろ苦いから、大人の人に人気かな」
何だそれ。僕にはまだ早いって言うのか。でも実際、今日は甘くて濃厚なかんじのケーキが食べたかったから参考になった。
「こっちの、2段目の真ん中にあるのが今月から新しく並べてるケーキ」
「へぇ。どんなケーキなんですか?」
「ふふふ。これはねぇ」
パティシエであり店長のお姉さんがガラスケースの中からケーキを出して近くで見せてくれた。そばで見るときらきら何か光沢があるようにも見える。きっとかかっているチョコのソースに秘密があるんだろう。
「あー、待って言わないで。それにします。食べながら当てるから」
「そお?じゃ、これにするのね」
お姉さんは鼻歌交じりにケーキを箱に詰めてくれた。あんなこと言ってみたけど、隠し味は何なのかだなんて、今回も僕は当てられない気がする。お姉さんの作るケーキはまるで秘密の玉手箱みたいなんだ。絶対に他では食べることができない、かっこよく言えば唯一無二って感じの。
「はい。また感想聞かせてね。オマケも入れといたからね」
「ありがとう、ございます」
にこにこな笑顔で、僕に小さな白い箱を手渡してくれた。いつも僕の感想を心待ちにしてくれてるお姉さん。そこには他意はないかもしれない。もちろんちゃんと感想は伝えるさ。そのために次回もここへ来るんだ。僕だって他意はない。それ以外は、考えちゃいない。
でもなんでだろうな。
僕が“美味しかった”って言った時、この人がすごく嬉しそうに笑うから。また見たいなって、思ってしまうんだ。だから明日も明後日も、僕はここのケーキを食べたくなる。虫歯になっても自業自得さ。それくらい好きなんだ、ケーキがね。
いつもの日課で教会の麓で祈りを捧げていた時。
「相変わらずくだらんことに時間を使っているな」
背後から声がした。少しだけ感嘆してしまう。まだ日は沈みきっていないのに姿を現せるようになったのか、と。
「誰かさんが悪事を働かぬように祈り続けないといけませんから」
「フン。偉そうな口きくなよ。お前なんて俺様が本気を出せばどうにでもなる」
その言葉の瞬間、首に鋭い鈎爪のようなものが添えられる。彼の言う通りだ。私は攻撃魔法に長けていない。だから今ここで彼が気紛れで私の息の根を止めるなんて容易なことなのだ。
それでも死に恐れたりしないのは、聖女であるが故という理由と、あともう1つ。彼は絶対に私を殺さないという確信があるからだ。
「なぁ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
マントのような黒い翼が私の身体をすっぽり包みこんだ。これでは神への祈念に集中できない。頭に落ちてきた烏のような黒い羽根を手で払おうとした、が、腕を掴まれてしまう。
「お前はいつも余裕だな。今から俺に喰い殺されるかもしれないというのに」
「そんなことあり得ませんよ」
彼は私に恋をしている。だから殺さない。殺せないのだ。彼もまたその想いが私にバレているのが分かっているから、こうして夜になると堂々と会いに来る。
「お前のその余裕がいけ好かない」
「褒め言葉として受け取らせていただきます」
私の言葉に彼はムッとした顔をしてみせる。ぐっと掴んだ私の腕を引き寄せた。脅しのつもりだろうか。主導権が握れなくて苛立っているのが分かる。
でも、私にしてみれば幼子が機嫌を悪くしているようにしか映らない。この世界で人々から恐れられている魔王だというのに、私の前では何の恐怖も感じられない。
「なァ。いつになったらお前は俺様のものになるんだ?」
「この世界があるうちは、そんなことにはなりませんよ」
「なら、滅ぼしてしまおうか。こんな世界なんて」
「そんな真似しようものなら、金輪際口を利いてあげません」
彼は黙ってしまった。こんな冗談も真に受けるほど心は純粋なのに、どうして私達は敵対する種族なのだろう。世界が続こうが滅ぼうが、私達は一生交わることはない。私が聖女に生まれた以上、絶対に叶うことはないのだ。
だったらこんな世界要らない。
そんなふうに思ってしまう私は、聖女失格だ。
元気ですか?こっちはもう桜の季節が終わって、いきなり暑くなっています。今年も猛暑なのかなぁ、なんて思いながら今日はカーテンを洗ったよ。なんだかすっきりしていい感じ。
なんでこんな、慣れない手紙なんか送ってきたんだって思ったでしょ?それはね、君と出逢ってからちょうど5年経ったからだよ。たかが5年だろ、って君は言うかもしれないけれど。私にとっては大切な5年間だったの。笑うのも泣くのも君の前でが1番多かった。喜怒哀楽が忙しい、そんな5年でした。
今は離れていてなかなか会えないけれど、6年目も相変わらずくだらないことでも笑っていられるような仲でいたいなぁなんて思っています。
そしてあまり多くは望んだりしないから、せめて直接会える機会がちょっとでも増えたらいいななんて思います。文明が発展していつでも電話1つで顔が見れるけれど、やっぱり生身の人間に会いたいって思っちゃうもん。
君はこんなに放ったらかしてすまないと思ってるかもしれないけど、私は全く落ち込んだりしてないからね。そりゃ、年に数回は寂しいと思う時もあるけれど。君が頑張ってくれているの知ってるから。だから暮らしてる場所が違うからといって極端に孤独を感じたりしてないからね。どう?強い女でしょ?でも、時々甘えたくなる時だってあるからね。そんな時はわけもなく連絡しちゃうけど許してよね。
愛の力は偉大なんだよ。……って、こんな恥ずかしい言葉は君にしか言わないからね。
とにもかくにも、君の夢が1日でも早く叶いますように。5年間愛してくれてありがとう。6年目もどうぞよろしくお願いします。
XXX.