聞こえる。君が悲しんでる音。
僕にしか聞こえない特別な音が、耳を澄ますと聞こえてくる。
離れていても、こんなふうに君のこと分かっちゃうんだよ。
君が悲しんでると僕も気持ちが勝手に沈む。
だから今、僕が呼吸がし辛いのは、君に良くない何かが起きてるって証拠だ。
本当は、君が辛い目に遭ってるのをもっと深刻に考えるべきだけど、悲しさも苦しみも共有してる感覚になるのは嫌いじゃない。
でもやっぱり、僕は君の笑顔が最高に好き。
“おかえり”って出迎えてくれる優しい君が大好き。
そんな君だから、何物からも護ってあげたい。
今から急いでそっちへ行くよ。
そして、君の辛さを半分貰おう。
そうしたら君がまた太陽のように笑うから。
僕は何にでもなれる気がする。
君の幸せだけを考えて、今から会いに行くからね。
昨日書くの忘れて悔しかったから、
昨日と今日のお題
「優しくしないで」「二人だけの秘密」
2つ合わせて書く。
「今から帰り?」
下駄箱で靴を履き替えてる時、後ろから話しかけられた。この声まさか、と思いながら振り向く。やっぱりそうだった。なんで、そんなふうに普通に会話ができるの?その神経が信じられないでいると、彼は私に向かってにこりと笑った。
「今から帰り?それとも部活?」
「……帰るとこ」
「そっか。じゃあ駅まで一緒に行こうよ」
何言ってんの。私は返事をしなかった。無視する形で昇降口を出る。ところが彼はあとをついてくるではないか。
「寂しいなぁ、無視しないでよ」
それにも私は答えず、前だけ向いてせっせと足を動かした。なかなかの速歩きなのに彼はちっとも焦らず穏やかな顔のまま私の斜め後ろをついてくる。もう、なんなの。
「……なんなの」
「うん?」
「なんでそうやってつきまとうの。もう別れたじゃん、うちら」
そこで初めて彼のほうに顔を向けた。ドキリとした。へらへら笑ってるかと思ったのに、彼はひどく真面目な顔で私を見ていたからだ。私は思わず足を止めてしまった。同じように、彼も止まる。
「なんなのよ……」
「別れてないよ。あれは君が一方的に話を纏めたんだ」
「そんなことない。そっちも最後は“そうしよう”って言った」
「あの時は、君の言うとおりにしなきゃいつまでも平行線だったから」
「じゃあ私のせいだったって言うの?」
ムカつく。こじれたのも、結果こうなったのも私が悪いって言いたいわけね。だったら尚更放っといてよ。こんなふうに時間があいてから近づいてきたりして。今更すぎるよ。本当、今更優しくしないでよ。
「俺の気持ち、1度も聞いてくれなかったよ、君は」
彼は1歩近づいて私に真正面に立った。今日の彼は雰囲気が違ってなんだか怖い。だから私も次の言葉が出なくなってしまった。
「好きだったよ、ずっと。でもって今も好き。俺は君のことが好き」
大した事ない力なのに、彼に腕を引っ張られて私は前に倒れ込む。そうしたら、強く優しく抱きとめてくれた。ハッとして慌てて離れようとしてもできなかった。
「勝手に離れてくなんてずるいよ」
「そんなの、」
知らないよ。言いかけて止めた。知らなかったんじゃない。私が彼の話を聞いてあげられてなかったんだ。だからやっぱり、私のせいだ。私のせいで彼を傷つけてしまった。思い知って、涙が出た。静かに泣き出す私の背を優しい手が擦ってくれた。ごめんね。こんなふうに強がって、ごめん。言いたくて、でもうまく言えなくて。こんなの卑怯だと思いながらも私はひとしきり泣いた。
「戻ってきてよ。俺のそばに」
「でも、そんなの私、身勝手すぎる」
「俺が良いって言ってるんだから関係ないでしょ」
こんなふうに、彼はいつも優しかった。その優しさに私は甘えすぎてた。だからあんまり優しくしないで。また私は付け込んじゃうから。泣きながら、お願いする私に彼は笑ってみせた。いつもの知ってる、大好きな笑顔だ。
「甘やかすと優しくするは別ものだよ。俺は君を甘やかしてたつもりはない」
「そうかもだけど……」
「ついでにもう1つ、教えてあげる。俺が優しくするのは、君にだけだよ」
秘密だよ。最後に悪戯げにそう言って彼はぎゅっと抱きしめてくれた。優しい声と裏腹にとても強い力だった。
ごめん、好き。それだけなんとか伝えて、私は彼の胸に顔をうずめた。
赤い造花、青い手鏡、緑の髪留め。
みんなみんなあの人がくれたもの。
だけどもう要らないから、全部ゴミ袋に投げ入れた。
もうゴミになったのに、なんでこんなに色鮮やかなんだろう。
カラフルなゴミたちは私の目に沁みる。
棄てないで、って、言われてるよう。
物に罪はないのにね。
でもごめんね、苦い思い出は棄てなきゃならないの。
いつまでもとっておくと、私はずっとこのままだから。
最後に黄色いハンカチをゴミ袋に入れて口を固く縛った。
これでおしまい。
ありがとう、楽しかった日々。
ばいばい、思い出。
「は?……楽園」
「そうなんだ。どこかに存在するらしい」
目をきらきら輝かせながらソイツは言った。正直笑いそうになった。馬鹿じゃないかと思った。何をそんなに真剣な表情で語っているんだと。
「時の進み方も使う言語もまるで違う。言わば天国にも近いような位置付けなんだと思う」
「じゃあそんな所行ったら死んじゃうじゃん」
「たとえだよ、たとえ。天国のように快適で、理想の場所なんだってさ」
天国に行ったこともないくせに、よくそんな自信満々に言えたもんだ。僕に向かって物凄い熱弁を振るってくるけど、生憎こっちは話半分に聞いていた。だってそんなの夢の世界だろ。現実には存在しない。現に、今さっきソイツは自ら“理想”と表現した。だったらこの世にはないということだ。ならばそんな架空の話は最初から真面目に聞く必要はない。
「いいよなぁ。何でも叶うその楽園に行けたら、きっと今みたいに悩むこともなくなるんだろうな」
「だろうな」
「お前は羨ましくないのか?」
「羨ましいとか、そーゆう感覚にはならないな」
「なんでだよ」
「今の世界のほうが生きてて楽しいからだよ」
僕の答えにソイツは目を丸くした。コイツは何を言ってるんだ、という顔つき。さっきまでの僕みたいな反応だ。
「楽園なんてとこに行って悩みもつらいのも無くなったとして、無いと無いでつまんないと思うぞ?」
「そうか?」
「そうさ。辛いのも苦しいのも、楽しいのも嬉しいのも総て表裏一体なのさ」
苦しさ無くして、達成した時に感じるあの開放感は味わえない。痛みのない世界はそれはそれでいいだろう。争いが生まれることはないしな。でも、今のようにきっと感情が豊かにはならないと思う。それで楽園に住めると言われても、僕は簡単に首を縦に振らないと思う。
「身の丈にあった世界でいいのさ。だから楽園なんて見つからなくていい」
僕の独り語りに、ヤツはいつまでもキョトンとした顔しか見せなかった。どうせ響いてないんだろうな。
まぁ、いいか。夢を見るのは自由だもんな。
日取り的に考えると、旅立ちは今日が最良な日らしい。
だからって、こんな早くに呼び出して、駅まで乗せてけなんて。あまつ、最後は“ばいばい”だけでさっさと行きやがって。
ものの15分程度だった。別れを惜しむなんて雰囲気も時間もこれっぽっちもなく、あいつは風のようにこの街から出ていった。本当に、風のようだった。いつもはふわふわそよ風みたいな性格してるのに、これだと決めたら突風並みの素早さを見せる。思い切りが凄いというか頑固というか。
「はぁ」
駅前のベンチに1人座る。どこに行くのかさえちゃんと聞けなかった。格好つけて、“すぐ音を上げて帰って来るなよ”なんて言ってしまった。寂しさの裏返しだなんてどうせあいつは気づいちゃいない。
きっとどこまでも気の向くままに行くのだろうな。風に乗って、自分のやりたいことや見たいものをどこまでも追求するような生き方。俺には出来ないから、やっぱりあいつが羨ましい。
ベンチのそばにたんぽぽが咲いていた。綿毛をつけたそれを抜き取り、強く息を吹きかける。まるで子供みたいな真似をしているが、今はどうでも良かった。綿毛がふわふわ飛んでゆくのをただじっと見ていた。風に乗って気持ちよさそうに飛んでいくその姿が、あいつと重なったのだった。
「元気でな」