「は?……楽園」
「そうなんだ。どこかに存在するらしい」
目をきらきら輝かせながらソイツは言った。正直笑いそうになった。馬鹿じゃないかと思った。何をそんなに真剣な表情で語っているんだと。
「時の進み方も使う言語もまるで違う。言わば天国にも近いような位置付けなんだと思う」
「じゃあそんな所行ったら死んじゃうじゃん」
「たとえだよ、たとえ。天国のように快適で、理想の場所なんだってさ」
天国に行ったこともないくせに、よくそんな自信満々に言えたもんだ。僕に向かって物凄い熱弁を振るってくるけど、生憎こっちは話半分に聞いていた。だってそんなの夢の世界だろ。現実には存在しない。現に、今さっきソイツは自ら“理想”と表現した。だったらこの世にはないということだ。ならばそんな架空の話は最初から真面目に聞く必要はない。
「いいよなぁ。何でも叶うその楽園に行けたら、きっと今みたいに悩むこともなくなるんだろうな」
「だろうな」
「お前は羨ましくないのか?」
「羨ましいとか、そーゆう感覚にはならないな」
「なんでだよ」
「今の世界のほうが生きてて楽しいからだよ」
僕の答えにソイツは目を丸くした。コイツは何を言ってるんだ、という顔つき。さっきまでの僕みたいな反応だ。
「楽園なんてとこに行って悩みもつらいのも無くなったとして、無いと無いでつまんないと思うぞ?」
「そうか?」
「そうさ。辛いのも苦しいのも、楽しいのも嬉しいのも総て表裏一体なのさ」
苦しさ無くして、達成した時に感じるあの開放感は味わえない。痛みのない世界はそれはそれでいいだろう。争いが生まれることはないしな。でも、今のようにきっと感情が豊かにはならないと思う。それで楽園に住めると言われても、僕は簡単に首を縦に振らないと思う。
「身の丈にあった世界でいいのさ。だから楽園なんて見つからなくていい」
僕の独り語りに、ヤツはいつまでもキョトンとした顔しか見せなかった。どうせ響いてないんだろうな。
まぁ、いいか。夢を見るのは自由だもんな。
5/1/2024, 8:18:44 AM