好きな食べ物も好きな色も違うし。
私はインドア派、あなたはアウトドア大好き。
生活リズムも合わない。
なのによく一緒にいるよね、って周りから言われる。
ほんとにね。
なんでだろうね。
共通するもの1個もないのによく一緒にいられるね。
「あるじゃん、共通するとこ。お互いがお互いのこと大好きなとこ」
そうやって。
あなたがドヤ顔でそんなこと言うからすぐ反応できなかった。
「……くさっ」
「ちょいちょい、そこ、照れるとこな」
「無理。むしろキモって思った」
「ひでーな。けど、事実だろ?」
まぁそうだけど。
「……そーゆうの、他の人に言わないほうがいいよ」
「言わねえよ、お前にしか」
「あ、そ」
思いのほか、真面目な展開になっちゃった。もし友達が見てたらバカにされるだろうな。あと、羨ましがられる。こうやってストレートに気持ちを伝えてもらえることを。それってなかなか無いらしいから。
理屈じゃないのかも。
趣味合わないしたまに喧嘩するし、ちょっとぬけててバカだけど、やっぱこの人じゃなきゃ駄目なんだよなあ、私には。
「何考えてんの」
「なーいしょ」
私もいつか、照れずにストレートに伝えられるようになりたいな。
好きって言うの、案外むずかしいんだよ?
失恋した。
ずっと好きだった先輩に告白した。
結果は惨敗だった。
先輩には好きな人がいて。
その人は先輩の1つ歳上で大学生らしい。
その人と同じ大学に通うために受験勉強頑張ってるらしい。
そこまで聞いたら、もう“頑張ってください”しか言えなかった。
告白する私が応援してもらう立場なのに、なんで先輩のこと応援してんだろって思った。
けど先輩は笑顔でありがとうって言ってきた。
そんな格好良い笑顔を向けられても、私を見る向こうに歳上のその人を想像してんでしょ。
それを思ったらもう、どうでも良くなった。
お疲れ様でしたって言って先輩の前から離れた。
外は雨が降っていた。
天気予報、見てくれば良かった。
今日傘持ってないよ。
こうなりゃ濡れて帰るしかないか。
でも濡れたい気分だったからちょうどいいや。
今日の雨は霧雨みたいな感じだった。
地味に濡れるけど、霧状だから水滴は大きくない。
私の目から出てくる水滴よりもずっと小さい。
「もぉやだ……」
頭も痛いし気分が悪い。全部失恋のせいだ。
今日の雨は私の涙を隠すには優しすぎる。
もっと土砂降りが良かったのに。
こんな柔らかい雨にうたれたって、もっと泣きたくなるだけじゃんか。
今日の僕は昨日の僕より。
つらくないだろうか。
強くなっているだろうか。
賢くなっているだろうか。
視野を広げられるだろうか。
誰かの役に立っているだろうか。
気持ちは沈んでいないだろうか。
うまく休めているだろうか。
時には弱音を言えるだろうか。
誰かに助けを求められるだろうか。
人と比べていないだろうか。
NOとはっきり言えるだろうか。
理不尽な物言いを受け流せるだろうか。
認められないと動けない弱虫を捨てられるだろうか。
過去に縛られてないだろうか。
反論を恐れて意見しないことをやめられるだろうか。
正しいと思ったものを最後まで信じられるだろうか。
好きなものを好きだと堂々と誰にでも言えるだろうか。
あの日見た一筋の光を、もう一度追い掛けようと自分自身を奮い立たせることができるだろうか。
どれか1つでも叶えられたなら、今日という日に価値が見いだせるかもしれない。
どれでもいい、僅かでもいい。
自分らしくあればそれでいい。
風が吹いて真上から木の葉が落ちてきた。それだけなのに、何故か無性に淋しくなった。
落ちてきた葉は桜の樹のそれだった。春には、この通りはわりと有名な桜並木なので見物人が沢山来る。それが今では、私の他に歩いているのは誰も居なかった。時間ももう夕暮れ時だから仕方ないのもあるけれど。
桜は、春にしか注目されない。それがなんだか切なくて足を止めた。50メートルほど続くこの並木道。花が散って葉桜になって、今の季節は葉が落ちてゆく。落葉樹だから冬は淋しい姿をさらす。でも、いつの間にか蕾をつけてまだ肌寒い頃に花を咲かす。咲いたらあっという間で、良くて2週間くらいしかきれいな姿でいられない。そうしてまた1年。次の春まで注目されることがない。
でも桜は、日本の代表となる植物で、表題とされる曲は様々で、学校には必ずと言っていいほど植えられていて。誰もがあの花を愛している。そう、花だけ。今の季節の姿を綺麗だと思う人はいない。私もそうは思わない。花をつけていない状態では桜とさえ気づかれない。淋しいな。
なら、私も。この長い髪を切ってメイクを落としてカラコン取ってしまったら、誰にも気づかれないのかな。この有名なデザイナーのワンピースも、このハイブランドのバッグも、私の存在感を形成してくれるためのものでしかないのかもしれない。だって別に好みの色でもデザインでもないから。
自由に生きる、って。
羨ましく感じるけど、実は難しいのかもしれないな。
「あ」
また1枚、桜の葉っぱが落ちてきた。
桜はみんなに“きれいだ”って言ってもらえるたった数週間のために寒い時期をじっと耐えてる。それって、“淋しいな”じゃなくて“凄いな”じゃないだろうか。私も、もう少しだけ頑張ってみようかな。
意外なところで勇気をもらった、そんな秋の夕暮れ時。
昔から、そこにいるのは僕なのにまるで違う人のような、そんな不思議な違和感を抱いていた。
うまく説明できないのだけれど、鏡に映った自分自身の姿を見ると妙だと感じる。見た目は当然僕、でも中身はまるで別人のような感覚。笑顔で立ってみても、向こうに映る僕の瞳は笑っていない。反対に真顔で映ろうものなら、向こうの僕は瞳の奥がギラギラと怪しく光っているふうに見える。
自分の心と正反対の顔をしている。だから僕であって僕じゃないような感じがした。
なに、ビビってんだよ。
鏡の向こうから、僕がそう言っている気がした。ビビる?僕が?一体誰に。
でも、そうやって言われている気がしたってことは、少なからず何かに怯えて生きているのだろうか。鏡の自分は見抜いているのか。映る自分に向かって手を伸ばした。相手も同じ動きをする。僕の手と向こうの僕の手が重なった時、何かが身体中を駆け巡ったような気がした。その後、謎の眩しさに目が眩んだ。手で目を被いたかったのに、それができない。どういうわけか、自分の意志で身体が動かせない。
「動けないだろう?」
その声は直ぐ目の前からした。僕だ。鏡に映った僕から発せられたものだった。どういうことだ。僕はそんな言葉を言おうとは思ってなかった。これは僕の意思じゃない。でも喋ってるのは間違いなく僕なのだ。
「わけが分からないって顔してるから教えてやる」
また僕が喋った。
「今日からボクがホンモノ。オマエは鏡に映ったニセモノ」
何だって。だが声を出そうにも掴みかかろうにも、何も出来なかった。感情はあるのに行動に移せない。僕は鏡の僕を睨みつけた、つもりなのにヘラヘラと笑っている。
「オマエは弱っていたんだよ。こんな簡単にボクに乗っ取られちゃうくらいにさ」
鏡の僕がぽりぽりと頭を掻くから僕も同じ動きをする。もう何も抗えない。
「心配するなって。これからは、ボクがなんでもうまくやってやるから。だからオマエはその中でのんびりしてるといいよ」
じゃあね。
最後に手を振って僕は鏡から離れてしまった。途端に何も見えなくなる。音も光も無い。まるで闇に閉じ込められてしまったかのように。
――誰か。出してくれ。
けれど。
声にならない叫びは誰にも届くことはなかった。