昔から、そこにいるのは僕なのにまるで違う人のような、そんな不思議な違和感を抱いていた。
うまく説明できないのだけれど、鏡に映った自分自身の姿を見ると妙だと感じる。見た目は当然僕、でも中身はまるで別人のような感覚。笑顔で立ってみても、向こうに映る僕の瞳は笑っていない。反対に真顔で映ろうものなら、向こうの僕は瞳の奥がギラギラと怪しく光っているふうに見える。
自分の心と正反対の顔をしている。だから僕であって僕じゃないような感じがした。
なに、ビビってんだよ。
鏡の向こうから、僕がそう言っている気がした。ビビる?僕が?一体誰に。
でも、そうやって言われている気がしたってことは、少なからず何かに怯えて生きているのだろうか。鏡の自分は見抜いているのか。映る自分に向かって手を伸ばした。相手も同じ動きをする。僕の手と向こうの僕の手が重なった時、何かが身体中を駆け巡ったような気がした。その後、謎の眩しさに目が眩んだ。手で目を被いたかったのに、それができない。どういうわけか、自分の意志で身体が動かせない。
「動けないだろう?」
その声は直ぐ目の前からした。僕だ。鏡に映った僕から発せられたものだった。どういうことだ。僕はそんな言葉を言おうとは思ってなかった。これは僕の意思じゃない。でも喋ってるのは間違いなく僕なのだ。
「わけが分からないって顔してるから教えてやる」
また僕が喋った。
「今日からボクがホンモノ。オマエは鏡に映ったニセモノ」
何だって。だが声を出そうにも掴みかかろうにも、何も出来なかった。感情はあるのに行動に移せない。僕は鏡の僕を睨みつけた、つもりなのにヘラヘラと笑っている。
「オマエは弱っていたんだよ。こんな簡単にボクに乗っ取られちゃうくらいにさ」
鏡の僕がぽりぽりと頭を掻くから僕も同じ動きをする。もう何も抗えない。
「心配するなって。これからは、ボクがなんでもうまくやってやるから。だからオマエはその中でのんびりしてるといいよ」
じゃあね。
最後に手を振って僕は鏡から離れてしまった。途端に何も見えなくなる。音も光も無い。まるで闇に閉じ込められてしまったかのように。
――誰か。出してくれ。
けれど。
声にならない叫びは誰にも届くことはなかった。
11/4/2023, 6:51:19 AM