ゆかぽんたす

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8/29/2023, 3:25:30 AM

「じゃん!来たよ!」
「……何時だと思ってんだてめぇは」
陽が昇る前の時間帯。外はまだ静まりかえっている中、何度も何度もインターホンが鳴らされ何事かと思った。ベッドから起き上がり覚醒しきってないままの頭でモニターを覗く。こんなことするのはどうせ。
「……どちら様ですか」
「ひどぉーい!いいから早く開けてよ!」
放っておくと隣近所からクレームを受けかねないので仕方なく解錠してやる。メインエントランスが開き、小走りでこの部屋に走ってくる姿がカメラに映っている。
「おじゃましまーす!」
テンションに差がありすぎて軽く頭痛を覚えた。相変わらず広いねだとか良いながら平然とソファに座る相手を無視してシンクへと向かう。
「あぁ、だめだめ、私がやるよ?」
「……あ?」
「朝ごはん。私が作ってあげる」
「俺は別にそんなもの望んでいない」
ただ水が飲みたかっただけ。大体、こんな夜と朝の狭間みたいな時間帯なのに何が朝ご飯だと言うんだ。コイツの体内時計はどんだけ狂ってやがるんだ。
「いーからいーから。パン派?ご飯派?パンならねぇ、コンビニで色々買ってきたよ」
そして何やら持ち込んできたビニール袋の中身を広げだした。見たこともない形をしたものや、ほぼチョコの塊のようなもの。殆どがいわゆる菓子パンというものだ。
「おい。いい加減言え」
「なにが?」
「何の目的でこんな時間に押しかけてきたのかって聞いてんだよ」
朝ご飯を作りにだなんてふざけた理由じゃないのは分かっている。俺が睨みつけると観念したのか笑顔が消えた。そして、何をするかと思えば買ってきた1つのパンの袋を破り目の前で食べ始めた。
「あのな、俺は別にお前がここに来たことを攻めてるわけじゃねぇんだよ。何の連絡もなしにいきなり来て――」
「いきなり来ちゃいけないの?」
そう言ってこっちに顔を向けてくる。口の周りにチョコがついている。
「いきなり、会いたくなったから……いきなり来たの」
「バーカ」
だったら最初からそう言えよ。会いたいとでも言えばこっちから迎えに行ってやったのに。けれど、コイツなりに我慢をしていたんだろうと思うともうこれ以上咎める気にはならなかった。
「お前が食べているそれは何なんだ?」
「え?これ?これはね、チョココロネっていうんだよ。食べる?」
「そうだな」
だが、差し出された食べかけを受け取ることはせず、代わりにその華奢な手を引き寄せる。無防備なそのチョコ付きの唇にキスをした。
「……なにすんの」
「甘い」
「当たり前だよ。チョコだもん」
瞳を潤ませそのまま勢いよく抱きついてきた。ちょうど窓の外で朝日が顔を出したところだった。こんな早朝も悪くない。

8/28/2023, 8:41:53 AM

改札を出たところに女性が1人立っていた。手には赤い傘と青い傘2本。誰かを迎えに来たのだとすぐ分かる。そして相手はきっと、彼女にとって大切な存在。恋人もしくは夫といったところか。何故分かるのかというと、彼女の幸せそうな顔が物語っている。早く会いたいな、そんな柔らかな笑みを浮かべて立っているのだ。まだかまだかとホームへ続く階段の方をじっと見つめている。愛されてるんだなぁ。皮肉でも何でもなく純粋にそう思った。僕は黙ってそのまま彼女の横を通り過ぎた。
電車に乗る前はまだ天気はもっていたのに、今は既に雨が降っていた。なかなか雨足は強い。くたびれた鞄の中を漁って折りたたみ傘を探す、が、見当たらない。どうやら最初から持ってきていなかったようだ。
こんなことが何度かあったな。雨だと知っていたのに傘を持ち合わせていないことが。その度に僕は怒られていた。僕が傘を携帯しないから、キミはいつも迎えに来てくれた。さっきの女性のように、2本の傘を持って改札まで来てくれた。さっき彼女が目に入ったのはたまたまかもしれないが、きっと頭のどこかで懐かしいと感じたのもあるんだろう。
「おかえり!」
背後で跳ねるような声がした。あの彼女が階段から降りてくる1人の男性に手を振っている。そして、青い傘を渡しながら何かを話していた。とても幸せそうに笑いながら。
僕は雨に躊躇することなく駅前のロータリーを歩く。濡れようが別に構わない。今の僕には、傘も待っていてくれる人もいないから。
とりあえずそばのコンビニに行くとするか。そこで傘を買おう。ついでに夕飯も弁当にしてしまおう。雨の音に紛れながら小さく溜息を吐いた。本当は雨なんか嫌いだ。もうキミはいないということを否が応でも思い出させるから。 
だけど、止まない雨はないというように。いつか僕もこの寂しさから解放される日がくる。それを密かに待ちながら、今日も1人、なんとか生きてる。

8/27/2023, 8:39:44 AM

きょうはあたしのたんじょうびです。しゅんくんがあさにうちにきておはなをもってきてくれました。あたしのすきなピンクいろしたおはなでした。しゅんくんにありがとうといったら、どおいたしましていわれました。おかえしにおとといママとやいたうずまきのクッキーがあまってたからあげたらおいしそうにたべてました。しゅんくんだいすき。おっきくなったらしゅんくんとけっこんしたい



「うわぁ……」
部屋を片付けていたら見つけた赤い手帳型の日記帳。クローゼットの奥のほうに落ちていた。当時、このお洒落なデザインのノートは父が東京に出張に行ったお土産に私に買ってきてくれたものだった。この時の私は5歳前後。何を書こうか考えて、日記帳にすることにした。けれどページ数がまあまああるのに最後まで書ききることはなかった。年齢も幼かったから途中で放棄してしまったのだ。だから書いてある日記の数は10日分ほどにしか満たない。何も書いてないページは、少々色褪せて真っ白ではなくなっていた。
「なつかしいなぁ」
と同時に物凄い恥ずかしさも感じた。記念すべき1ページめ。どうやら誕生日だったらしい。当時の私はこんなふうに思っていたのか。その時の記憶は正直言って思い出せないけど、きっと幸せな誕生日を送っていたに違いない。それは、20年経った今も変わることなく。
「何してんだよ」
いつの間に帰ってきたのか、ドア付近に彼がいた。もしこれを見せたらなんて言うだろうか。きっと驚き半分笑い半分ってところだろう。でも、これはこのまま大切にしまっておこうと思う。私の秘密の恋心は誰にも見せないんだ。たとえあなたでも、まだもう少し秘密にしておこうかな。そっと閉じて、日記帳は引き出しの中にしまった。
「おかえり駿くん。夕飯何食べたい?」
「任せる。それより、これ」
「うわあ」
彼が後ろ手に持っていたのはピンクの薔薇のミニブーケ。おめでとう、という言葉と共に私に差し出してくれた。
「ありがとう」
初恋の人は今、私の旦那さまになりました。そして今でも誕生日に花をくれます。20年前の私に何か伝えられるのだとしたら、無事に幸せになってるよ、って教えてあげたい。この幸せよ、どうかこの先も続きますように。

8/26/2023, 3:05:09 AM

先月撮った前撮り写真がアルバムとなって完成した。キミは純白のAラインドレスを身に纏い、負けないくらいの白い肩を剥き出しにして微笑んでいた。
僕はと言うと、衣装を着ているというよりまるで服に着られているというような風体で。写真用の小道具のバルーンを握って、ぎこちない笑顔を浮かべていた。どのページを見てもキミは美しい。そして全て笑顔だった。反対に僕は相変わらずの硬い笑い方で佇んでいた。まぁもともと主役は女性の方なんだから別に良いのだけれど。綺麗なキミの隣に立つ男として、もう少しマシに映れなかったのかとは思う。慣れないことをするといつもこうだ。写真の中ではいっぱいいっぱいで満面の笑みになれなかったけれど、この時の僕は間違いなく幸せだったよ。それだけは信じてほしい。

何ページか捲っていると、教会の中のショットが出てきた。あの日は天気が最高に良くて、透けるステンドガラスも差し込む太陽の光も綺麗に映っていた。このショットはキミが特に気に入っていた。僕も好きだ。神聖な感じがして、特別感がさらに増すから。僕がひざまずいてキミに手を差し伸べるショットも、やっぱりがちがちな表情だった。ふんわり笑えるキミが羨ましいよ。結局、最後の最後まで僕はこんな感じか。だが最後のページを捲った時思わず手が止まった。最後の写真は、互いの額を合わせて見つめ合っていた。2人で向かい合わせになって笑っている。こんなのいつ撮ったか記憶にない。でもその写真の僕は、今までのものより比べ物にならないほど優しい表情で笑っていた。キミを近くに感じて安心しきっている顔。本当はこんなふうに笑えるんだと知る。こんなに幸せそうに笑う自分を見てると嬉しさと恥ずかしさが込み上げてきた。そして、この表情はキミの存在のお陰だと再確認する。だから僕も、これから先キミに沢山笑ってもらえるように頑張るからね。

どんな時でも、キミは僕が守るから。

8/24/2023, 1:06:44 PM

あの日。
どうして僕はキミを止めなかったのだろうか。

ちょっとそこまで行ってくるね、と言ってキミは出て行った。だが二度とこの部屋に帰ってくることはなかった。
すぐそこのコンビニなのだから往復するのと買い物時間を多めに考えても15分そこらで戻ってくるはずなのに。キミが再び僕と再会したのはその日の夜遅くだった。しかも霊安室なんて場所で。キミは仰向けに寝かされていた。白い布をはらったら眠っているかのような穏やかな顔のキミだった。眠っているのは僕のほうなのか。そうだ、きっとこれは夢なんだ。だから早く醒めてくれよ。目覚めたくて思いきり自分の頭を掻きむしったら髪がごっそり抜けた。夢なんかじゃないと、思い知らされた。


あの日どうして僕はキミを止めなかったのだろうか。
答えはいつ分かるのだろうか。僕はこの先ずっとこの十字架を背負いながら生かされてゆく。分かったところでキミはもう戻ってこない。やはりあの日のことは夢じゃなかったから、キミは荼毘に付されてしまった。1人になった僕はキミのいる空を見上げた。
僕の、キミへの寂しさ愛しさよ。やるせない気持ちと共にキミのもとへ届け。

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