ゆかぽんたす

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8/19/2023, 8:21:58 AM

いつもの自分じゃないみたい。
涙で顔に張り付いた髪がぱりぱりになってる。
ねぇ、どうして泣いてるの。
そんな怯えた顔でこっちを見つめないで。
私は私を見捨てたりしないから大丈夫だよ。
鏡に映った私を慰めるのも励ますのも全て自分。
でも、涙を拭って頭を撫でることはできない。
鏡の向こうの自分には触れられない。
疲れた目をしてこっちを見つめてくる私。
どうしたら触れられるのかな。
傷みも孤独も分かってるつもりだけど。
どうしたってその肩を抱いてあげられることはできない。

8/17/2023, 12:32:48 PM

西陽を受けながら物を段ボール箱の中にしまってゆく。今日でこの部屋ともお別れだ。上京してからもう長らくずっとここにお世話になっていた。それを思うと急に感慨深い気持ちになる。
部屋中を占拠したダンボールの箱たち。ミニマリストになる、なんて言ってたのはいつだったか、この1LDKの間取りには様々なものが溢れていた。この引っ越しを機会に色々棄ててはみたけれど、それでも身軽と呼べるにはまだまだ程遠い。
そして今はコスメグッズを箱にしまっている最中だった。自分で買ったりプレゼントで貰ったり。いろんな経緯で私の手元に来たリップグロスは両手を使っても足りない本数になっていた。どれもこれもここ1、2年以内のものだから棄てるには勿体無い。一見似ているような色ばかりだけど、ブランドや使用感なんかが違うから同じものは1つも無い。
あまり深く考えずに箱の中へ突っ込んでゆく。最後の1本を手に取った時、はっとした。黒いパッケージに金縁があしらわれたリップ。だいぶ長いこと使った記憶はない。だってこれは、あの人がくれたものだから。キャップを外して中を繰り出してみた。ワインレッドのような深い紅色だった。私には絶対に似合わない色。でもあの人はこの色をチョイスして私にくれた。子供っぽく見られたくない、と当時私が言っていたから。それを聞いてこんな大人の色を買ってくれたのだ。結局使ったのは2、3回くらいだった気がする。だからまだほぼ新品同様の状態だ。
この色に似合う女にはなれなくて。彼のそばに居るのが怖くなって。次第に私たちの間に距離ができてしまった。離れる私を彼は追ってこなかった。その程度だったんだと思う。ただそれだけのこと。
そうやって思えていたのにまだこのリップを棄てていなかった。当時の私は、思い出をけなげにしまっておこうとでも思っていたのか。分からないけどどちらにしてももう、このリップの出番は一生無いと思う。
「さよなら」
箱にはしまわず赤いリップをゴミ箱に棄てた。
この思い出にもようやく、さようなら。

8/17/2023, 8:14:25 AM

試合終了のコールから1時間程が過ぎた。みんな殆ど帰ってしまって、視界に入るのは別の学校の選手やその応援に来ている人たちばかりだった。きっとこの後試合を控えている学校なのだろう。その表情は硬く、でも生き生きとしているようにも見えた。緊張と闘志が見え隠れしているような顔つき。頑張ってほしい、と思う。泣いても笑っても、その勝敗で次に進めるかが決まるのだから。

水飲み場のそばにあるベンチに先輩はいた。皆帰ってしまったけど、まだ彼は残っていた。肩にタオルをかけて座っている。私の場所からは後ろ姿しか見えないから、今彼がどんな顔をしているのかまでは確認できない。お疲れ様でした、と控えめに声をかけると先輩がこっちを振り向いた。目もとに涙は無かったから少し安心した。先輩は自分の座っている隣をぽんぽん叩いたので、私は黙ってそこに座る。
「負けちゃったよ」
「すごい接戦でしたね」
「まーね。でも、接戦だろうが負けは負けだからさ」
あーあ、と少し情けない声を出して先輩は足を投げ出す。こんな行儀悪いこと、普段だったらしないのに。口調もどこか稚さを纏っていた。きっと、私に気を遣わせない為にそんな真似をしている。
「お前を全国まで連れてくことができなかった」
ふっと笑って先輩が呟いた。その横顔を見ただけでこっちが泣きそうになってしまう。先輩の言う通り、さっきの試合は全国への切符を賭けた戦いだった。誰もが勝てると信じていた。ギャラリーに混じって私もそれを心から望んでいた。だけど結果は健闘及ばず黒星。夢は絶たれてしまった。
「悔しいなぁ」
わざと朗らかに喋る先輩の声がやたら耳に響いた。言葉の通り、1番悔しいのは紛れもない彼なんだ。だから私が泣くのはちょっと違う気がする。込み上げて来そうな気持ちを押し留めぐっと唇を噛んだ。
「ほんとうに、お疲れ様でした」
それだけ伝えて先輩の手をそっと握った。この手が、あの激闘を繰り広げてくれたんだ。ありがとう、お疲れ様。その気持ちを込めてぎゅっと両手で握る。
負けてしまったのは事実。だけど先輩は全力で戦ってくれた。そのことが、私にはとても嬉しくて誇らしい。


8/15/2023, 12:09:59 PM

数時間前までは美しい青だった。水面がきらきらしていて、太陽に反射するようにどこまでも澄みきっていた。それが夜になると全然違う景色になる。どこまでも広がる真っ黒い世界。音もない、生命感も感じない。うっかり気を抜いたら此方に襲ってきそうな夜の海だった。今みたいなメンタル状態の時にこんな場所に来ては行けない。全てを呑み込まれそう。夢とか希望とか、そういうポジティブなものはぜんぶ、真っ黒く汚されてしまいそう。
まだ、やれるのに。私はまだ頑張れるのに。夜の海が私の心を孤独にしようとする。そんなものに負けては駄目だとようやく重い腰を上げた。もう少し強くなれたらまた改めて夜の海を眺めに来よう。そう誓って、自分のあるべき場所に戻ろうと踵を返す。
その時、生ぬるい海風が髪を揺らした。海が行くな、と言っているのか。はたまた私の背を押す優しさなのか。分からないけど、汐の風は流れそうになった私の涙をうまいこと止めた。

もう少し、あと少し強くなれたら。夜の海を好きになれるかもしれない。

8/14/2023, 12:22:35 PM

同じクラスにめちゃめちゃ可愛い女子がいる。おまけに頭が良くて運動神経もいい。高嶺の花みたいな存在だ。きっと、クラスの男どもはみんなその子のことが好きなんだと思う。かく言う俺もその1人で。いつの間にか目で追うようになっていた。でも、それ以上の何かがあるわけではない。彼女とは家の方向も違うし教室内の席は正反対の位置。夏休みに入った今でも、話したことすらなかった。こんなんでは恋とは呼べない。だから俺の恋は早々に終わりを告げた。

そんな彼女が。あの歩く才色兼備と言われている彼女が泣いていた。夏休み真っ只中の教室で。当然休み中なのだから他に誰もいない。ならどうして俺がいるのかって言うと、昨日ようやく夏休みの課題を始めようと思ったのに、辞書をロッカーの中に置きっぱなしだったことに気付いたので取りに来た。そうしたら、まさかの彼女と鉢合わせした。彼女はびっくりしていた。俺の方もびっくりした。色んな意味で。なんでいんの、と思ったし、なんで泣いてんの、とも思った。しかも1人で、こんなところで。
「あ、ごめんなさい」
何故か彼女が謝ってきた。どちらかというと俺のほうが謝んなきゃいけない気がした。こんなとこ、見られたくなかっただろうに。だからせめて、涙に気付いてないふりをして振る舞った。
「あー、俺、辞書取りに来たんだわ」
「そう、なんだ」
「うん。取ったら出てくから」
彼女のほうを見ずに、ロッカーの中を漁り出す。辞書は辞書でも、電子辞書だから薄っぺらくてなかなか見つからない。ちゃんと片付けとけばよかった、と今始めて反省した。
「嫌になっちゃったの」
それは誰の言葉なのか。一瞬分からなかった。けど、俺じゃないなら答えは簡単だ。振り向くと彼女は窓の外を見ながらまた目から涙を流していた。
「……えっと、何が」
「なんだろ。色んなこと、かな」
そして辛そうにこっちを向いて笑った。初めて俺に向けてくれた笑顔は、なんとも切なそうに歪んでいた。それはクラス中のみんなが憧れる彼女とは程遠くて、ただの泣いている、普通の女の子だった。
「あーあ。なんか全部、放りだして逃げだしたいな」
俺は何も言えなかった。逃げちゃえよ、なんて言えるのはいつも一緒にいるような友達くらいだ。彼女が何から逃げたいのかも分からないのに、そんな無責任なこと言えなかった。彼女も別に俺からの答えを待っているというふうではなかった。たまたま現れた俺に、ただ愚痴りたいだけだったのかもしれない。
「なんか、おっきい声出したいな」
まさか、ここで?と思って咄嗟に俺は立ち上がる。同時にロッカーのものが全部、雪崩のように出てきた。でも辞書は無事見つかった。慌てふためく俺を見て彼女が静かに笑う。
「じゃあさ、今から叫びに行こうよ」
「え?」
「そーゆうのはもっと広いとこじゃないとスッキリしないから」
そう言って彼女にここから移動するように促した。向かった先は校門前。俺がここまで来る為に乗ってた自転車が停められてる。
「ニケツしたこと、ある?」
「ううん、ない」
だろうな。そもそも見つかったら怒られるってもんじゃ済まない。下手したら補導される。でも、そんなの今考えたら萎えるだけだから。戸惑う彼女を後ろに乗せ、ペダルをこぎ出した。思った以上に彼女は軽くて楽勝に運転できた。
「どこに行くの?」
「叫べるとこだよ!」
真夏の太陽を受けながら俺はこぎ続ける。暑さなんて気にならなかった。時々吹く風が気持ち良くて、だんだんとそれは潮風へと変わる。青い地平線が前方に見えてきた。
「あそこで叫んだらめちゃめちゃ気持ちいいんじゃない?」
「うん!」
その元気な返事を背中に受けて、俺は海に着くまでずっと、ブレーキなんて使わずにペダルを踏みしめた。


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