ゆかぽんたす

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同じクラスにめちゃめちゃ可愛い女子がいる。おまけに頭が良くて運動神経もいい。高嶺の花みたいな存在だ。きっと、クラスの男どもはみんなその子のことが好きなんだと思う。かく言う俺もその1人で。いつの間にか目で追うようになっていた。でも、それ以上の何かがあるわけではない。彼女とは家の方向も違うし教室内の席は正反対の位置。夏休みに入った今でも、話したことすらなかった。こんなんでは恋とは呼べない。だから俺の恋は早々に終わりを告げた。

そんな彼女が。あの歩く才色兼備と言われている彼女が泣いていた。夏休み真っ只中の教室で。当然休み中なのだから他に誰もいない。ならどうして俺がいるのかって言うと、昨日ようやく夏休みの課題を始めようと思ったのに、辞書をロッカーの中に置きっぱなしだったことに気付いたので取りに来た。そうしたら、まさかの彼女と鉢合わせした。彼女はびっくりしていた。俺の方もびっくりした。色んな意味で。なんでいんの、と思ったし、なんで泣いてんの、とも思った。しかも1人で、こんなところで。
「あ、ごめんなさい」
何故か彼女が謝ってきた。どちらかというと俺のほうが謝んなきゃいけない気がした。こんなとこ、見られたくなかっただろうに。だからせめて、涙に気付いてないふりをして振る舞った。
「あー、俺、辞書取りに来たんだわ」
「そう、なんだ」
「うん。取ったら出てくから」
彼女のほうを見ずに、ロッカーの中を漁り出す。辞書は辞書でも、電子辞書だから薄っぺらくてなかなか見つからない。ちゃんと片付けとけばよかった、と今始めて反省した。
「嫌になっちゃったの」
それは誰の言葉なのか。一瞬分からなかった。けど、俺じゃないなら答えは簡単だ。振り向くと彼女は窓の外を見ながらまた目から涙を流していた。
「……えっと、何が」
「なんだろ。色んなこと、かな」
そして辛そうにこっちを向いて笑った。初めて俺に向けてくれた笑顔は、なんとも切なそうに歪んでいた。それはクラス中のみんなが憧れる彼女とは程遠くて、ただの泣いている、普通の女の子だった。
「あーあ。なんか全部、放りだして逃げだしたいな」
俺は何も言えなかった。逃げちゃえよ、なんて言えるのはいつも一緒にいるような友達くらいだ。彼女が何から逃げたいのかも分からないのに、そんな無責任なこと言えなかった。彼女も別に俺からの答えを待っているというふうではなかった。たまたま現れた俺に、ただ愚痴りたいだけだったのかもしれない。
「なんか、おっきい声出したいな」
まさか、ここで?と思って咄嗟に俺は立ち上がる。同時にロッカーのものが全部、雪崩のように出てきた。でも辞書は無事見つかった。慌てふためく俺を見て彼女が静かに笑う。
「じゃあさ、今から叫びに行こうよ」
「え?」
「そーゆうのはもっと広いとこじゃないとスッキリしないから」
そう言って彼女にここから移動するように促した。向かった先は校門前。俺がここまで来る為に乗ってた自転車が停められてる。
「ニケツしたこと、ある?」
「ううん、ない」
だろうな。そもそも見つかったら怒られるってもんじゃ済まない。下手したら補導される。でも、そんなの今考えたら萎えるだけだから。戸惑う彼女を後ろに乗せ、ペダルをこぎ出した。思った以上に彼女は軽くて楽勝に運転できた。
「どこに行くの?」
「叫べるとこだよ!」
真夏の太陽を受けながら俺はこぎ続ける。暑さなんて気にならなかった。時々吹く風が気持ち良くて、だんだんとそれは潮風へと変わる。青い地平線が前方に見えてきた。
「あそこで叫んだらめちゃめちゃ気持ちいいんじゃない?」
「うん!」
その元気な返事を背中に受けて、俺は海に着くまでずっと、ブレーキなんて使わずにペダルを踏みしめた。


8/14/2023, 12:22:35 PM