君の傘は小さい。いや、俺がでかい。
朱色の傘を二人で分け合う。
分け合うと言いつつ大体は俺の肩が占める。
なんなら傘から少しはみ出ている。
君は申し訳なさそうだ。
俺も申し訳なくなる。
せめて、と思い俺が傘を持つ。
君の歩幅に合わせてチマチマ歩く。
周りから見れば滑稽だろう。
君はいつもなら乗らないバス停に並んだ。
ちょうどバスが行った頃らしい。
屋根の下の長イスに座る。
君は傘を畳みながら、今日はすみません、と言う。
俺の方こそ、と言う代わりに、お礼を言った。
あなたと帰れるの、嬉しかったです。
君はきょとんとする。
自分の鼻息が荒くなってないか不安になる。
君はちょっと笑って、次は大きい傘を買います、と言った。
バスに乗り、君と違う駅で降りる。
帰り道、君の言葉を反芻する。
反芻しながら、雨の中、踊り狂うように走って帰った。
題:通り雨
あなたは秋が香る人。
金木犀の香水らしい。
付けてみる?という誘いを断った。
しとやかで甘い声を持つ人。
帰り道、秋の香りがした。
振り返る。あなたの姿は無い。
代わりにたたずむ金木犀。
秋の香りは落ち着かない。
あなたがいるみたいで。
耳元で声をかけられたみたいで。
香水の誘い、今でもちょっと迷う。
付けてみればよかったかな。
いつでもあなたがいるってどんな感じかな。
金木犀の通りを抜けても、胸が大きく打っている。
やっぱりむりだな。
ずっと隣にいられたら何も手につかない。
でも、明日もさっきの道を通ってみようかな、なんて。
題:秋
絵画は小さい窓。
心の窓。
外という部屋からあなたの心を覗いている。
あなたは普段、閉め切った部屋。
重い前髪、無言の会話。
あなたの描く絵からだけ、あなたを知ることができる。
精緻な風景画が誰かの後ろ姿に、ある日変わった。
誰なのですか。
私の知らない人ですか。
あなたの細やかな筆致に熱意を感じた。
息づくような自然の所作に視線を感じた。
風景でも後ろ姿でも同じだった。
私だけがずっと好きだった。
窓を見るその人は誰。
あなたの心に住んでいるその人は、誰。
題:窓の外の景色
自分が形だと思うのは傲慢です。
この世に形なんて無い。
変わらないはずの自分ですら、常に体や心を変え、自分では操作ができない。
だからこそ人は形を求めている。
この世で一番美しい形は宇宙の外側にあるらしい。
誰も見られず、触れられず、変わらないままそこにある。
この世はすべて模倣です。
一番美しい形の模倣です。
神様が人型なのではなく、人が神様の曖昧な模型です。
人の先祖の生まれ故郷、宇宙の外側の国を、私たちは少しだけ知っている。
不完全な私たちは、本当の形を求めている。
記憶の中にかすかにある神様の国を賢明に思い出す。
円は完全という話を知っていますか。
目に見える中で最も美しい形に近いものの一つ。
あなたの薬指にはめるこの形は、いつか歪むかもしれない、なくすかもしれない。
それでもいいです。
今私が捧げられる一番の形を差し上げます。
形があるなんて思うのは傲慢です。
形になれるだなんて思うのも傲慢です。
それでも私は、形の無い形を、あなたに差し上げたくてたまらないのです。
題:形の無いもの
グローブジャングルが好きだった。
球形の回転するジャングルジムだ。
私が格子をよじ登り、君がぐるぐるとを回してくれる。
君は友達より力が強かったので、一人で勢いよく回すことができた。
外側へ引っ張られる力と、頬や腕をすり抜けていく風が気持ちよかった。
ただ、君も楽しくなったのか、回す力が段々強くなった。
手が離れそうなほど体が引っ張られ、風がひっかくように痛い。
私の冒険心は恐怖心に変わった。
怖くて、降りたくて、しかし離すこともできない。
私がほとんど半泣きになってから、ようやく君はハッとした。
君は私を下ろし、あやそうとして、それでも私は泣き止まない。
君は私をグローブジャングルの中に入れた。
ごめんよ、と言って、格子を掴み、普段の歩幅の半分で歩き出す。
ゆっくりとした揺れ心地に、幼いながら懐かしさを感じた。
その後私は、二度と君とは公園に行きたくない、と言ったらしい。
申し訳ないが、そこはあまり覚えていない。
公園に行かなくなってから、君と会うことも、グローブジャングルに乗ることも少なくなった。
グローブジャングルが好きだった。
他の人より少しだけ大人な君も、好きだった。
題:ジャングルジム