二人だけで作ったラジオ番組を覚えているかい。
安いマイクと悪ノリで生まれた初期。
折半で買った良いマイクでしゃべりに調子が出てきた中期。
病室の響きとレコーダーの響きが合わさった終期。
今でも君の声が聞こえる。
聞くだけで、そのとき僕が何をしていたか、君が何を望んでいたか、鮮明に思い出せる。
誰も知らないラジオ番組。
今日で最終回です。聞いてくれてありがとう。
殿堂入りパーソナリティの君に、これを聞いてくれた君に、ここにはいない君に、ありがとう。
題:声が聞こえる
君が部活に来る日が僕と合わなくなった。
正確には合う日が少なくなった。
受験のために勉強を始めて、塾にも行くらしい。
一年以上先の話じゃないか、と耳を疑った。
晩夏が居直る秋のある日、僕が言う。
僕も受験しようかな。
君は不思議そうな顔をして、すぐ軽い調子で言う。
いいんじゃない。
それとなく君の行く塾を紹介してもらった。
君がにやりと笑う。
途中で音を上げるんじゃないの。
僕は半ば切羽詰まって返す。
やってみないとわからないだろ。
そんな言葉が僕の口から出るとは思わなかった。
自堕落な部活をことさら自堕落にやり過ごしてきた僕が。
君はスキップで去って行く。
同じくだらけた部員だった君は、今はどこにでも行けそうだ。
体の表面に渦巻く熱が僕を焦らす。
いいんじゃない、という声を頭で繰り返す。
今年の秋は暑い。
題:秋恋
形でありたい心を執着と呼ぶ人がいた。
変わらぬ愛を、確かな地位を、永遠の命を、求める心が人を苦しめると説いた。
形というものは存在していないから。
形でありたい心を持つことを止めるという形を求めることこそ、僕には難しい。
君の料理を明日も食べたいこと、君の眠る時間を守りたいこと、君の帰る場所であることを、自然と願う。
僕らはかしこくないんだろうね。
明日も形があるとは限らない。
それでもこの形が、なるべく長くあるように、君の未来になるように、営むこと。
僕はそれを愛と呼んだ。
題:大事にしたい
永遠に学生時代を繰り返している。
原因はわからない。
大人になってからこうなったのか、学生のままこうなったのか、それもわからない。
僕の人生は怠惰の一言に尽きる。
起きているのか寝ているのかも曖昧な授業を過ぎる。
毎日変わらない色の昼食を食べる。
イベントごとはそれとなく避けてやりすごす。
そんな日々の間に君がいた。
授業、昼休み、放課後、ふとしたとき視界に君が映る。
君も同じような人生を繰り返している。
退屈かい、と聞いた。
平和よ、と少し強く答えた。
君が僕を見るとき少し遠くに視線を合わせている。
僕の目を見ているはずだが、黒に沈んだその目とどうにも視線が合わない。
なにを見ているんだろう、と思って、しかし聞かない。
そういうとき、君は静かに笑う。
何か一つ間違えれば壊れそうな空気の中で笑う。
何も知ることはない。
何も変わったりしない。
僕の時間は止まっている。
それを君が平和と呼ぶのなら、それもいいかなと思った。
題:時間よ止まれ
夜景は人々の営み。
どんな暮らしもやりとりも、遠目に見れば一つの星。
赤い星、白い星、まぶしい星、小さい星。
身を寄せ合ったり、散らばったりして、かたちをつくる。
夜景は地上の夜空だ。
いつか君とうつくしいと言い合った空だ。
だからね、今君が振り上げた手も、僕が突き出した足も、流れた体液も、すべて光になり、星になり、夜空になる。
誰かが見てうつくしいと言う夜空になるよ。
題:夜景