私が殺した人の分だけ花を植えたのよ。
戸惑う僕を見て彼女は、冗談よ、と付け加えた。
でも、とも続ける。
ここは誰かの思いが埋まる場所。
皆が花を植えて誰かに祈る場所。
僕は花畑を見渡す。
色とりどり、種々様々な花が視界の限り続く。
道にいる人の中には、花に話しかける人や、花に祈る人がいる。
みんな私と同じ人よ、と彼女は呟く。
誰もが直接手にかけたわけではないけれど。
自分が手にかけたように思えて仕方がないの。
そういう人たちが、少しでも心の行き場を持てればいいわね。
彼女は微笑む。
僕は、あなたは誰に祈っているんですかと聞いた。
みんなよ、彼女はわざとらしく言った。
どこまでも鮮やかな色彩が青空の下を埋め尽くしていた。
題:花畑
雨は神様の涙なんだって。
だからどうしたって言うんだ。
全人類相手にかまってちゃんかよ。
そんなにでかい目があるなら、俺が泣いてることに気がついたっていいだろ。
そんな反応的思考をぐっと飲み込む。
雨は神様の涙だから、と君は続ける。
神様はね、たくさんの人の涙を空から見ているから、とても悲しくなってしまったんだ。
だから同じくらい泣いてあげるんだよ。
バカじゃねえの。
乾季の国はどうすんだ、雨の災害はなんなんだ。
きっと神様は君のような人だ。
わかった気になって満たされている人だ。
なんでも言ってね、と君は言う。
言えるわけないだろ。
君が泣くとわかっていて、どうして俺の苦しみが言えるのか。
俺が泣くとわかっていて、どうして君を濡らしていいと言えるのか。
題:空が泣く
君のメッセージは気まぐれだ。
特別ではない青空。ブレたねこのしっぽ。古くなった張り紙の切れはし。
無言の画像にまず首をかしげて、スタンプでも首をかしげる。
君の視点は独特だ。
「この青空が落ちてきたらちょうど雲の間にハマって私は助かる」
「シュレディンガーのねこのしっぽ」
「切れ端だけ残されてかわいそうだから連れ帰った」
僕はそれをねこの視点と呼んでいる。
一ヶ月空くことは当たり前の君のメッセージは、ときおりふらっとやってくる。
とってきた獲物を見せて無言でこちらをうかがっている。
僕は大体決まってこう返す。
「わからん」
そしたら君はねこの視点を教えてくれる。
それがなんだか面白くて、僕はきまぐれなねこのメッセージを興味半分で待っているのだ。
題:君のLINE
努力のエネルギー変換効率は悪い。
社会的力学は丘と盆地でねじ曲がる。
がんばったことはがんばっただけで終わる。
「夢はいつか叶う」は夢を叶えた人の言葉、というのは有名な話。
君は盆地にいる人だ。
君は命を払って、脚立を買い、翼を買い、宇宙船を買い、空を目指して墜落していく人だ。
君が空に着く頃、空を楽しめるほど命は残っているだろうか。
それとも命が尽きるのが先か。
だから、君に命をあげてみる。
同じ生まれの僕たちは、どうせ地を這う定めなら、一緒に命を無駄にしようぜ。
題:命が燃え尽きるまで
夜明けよりも少し早起き。休日だから損した気分。
君はまだ隣で寝ている。
頬につんと指をさす。起きる気配は無い。
寝っ転がったまま寝顔をぼんやり眺める。
部屋の白い壁が影の中から浮き上がり、窓から差す光の筋にほこりが舞う。
烏を殺せば誰も朝を告げない、と言った人はかっこつけだったんだろう。
カーテンを閉めたって、明かりを壊したって、スマホをミュートしたって、朝日は昇る。
決まった時間に起きる。私たちは知っている。
君のスマホが鳴る。画面の家族写真に君が触れるより先に、私はアラームのボタンを押した。
君は半分だけ目を開けて、首をかしげる。
たまには二度寝しようよ。そう言って布団をかけ直した。
題:夜明け前