目の前に大きな門がある。
錆びた鉄の格子状の門に、南京錠がかかっている。
傍らの門番所では、酒飲みの男が椅子に腰かけて眠っている。
男の目の前の机の上に、小さな銀の鍵が置いてあるのがみえた。
どうせいつか目覚めるだろうと思って、私は彼の起きるのを待つことにした。
門の先は霞みがかって暗く澱んでいる。
一人でこの先に行くのは心細いと感じた。
退屈な時間が流れる。
まだ起きないのだろうか。
いつ起きるのだろうか。
時は刻々と流れていく。
ふと顔を目をこらすと、門が少し錆びてきているのがわかった。
はじめの頃より随分と色褪せている。
私は不思議な焦燥感に駆られて、門番の男の元へ急いだ。
-あんた、早くその鍵であの門を開けてくれ。
男を叩き起してそう言うと、男は重たい瞼を擦りながら無愛想な顔で答えた。
-おかしな事を言うもんだ。この鍵もあの門もお前さんのなんだから、自分で開ければいいだろう。
-何を言う。ならば何故あんたはこんなとこにいるんだ。
-あんたが言ったんだ。小さい頃に。あの門は大人になったら開けるから、それまで無くさないよう見張っとけとさ。
-私にその覚えはない。そもそもこの鍵はなんなのだ。
-未来への鍵、だろ。あんたが言ったんだ。将来は大人になったら決めるって。将来は早く決めろって言ったのにさ。他人任せで後回しにするから、ほら、もうあんなに錆びちまった。
男は門の方を指さした。
大きな門は既に朽ち果て、鈍色の格子が墓石のように物寂しく地面に突き刺さっている。
私は慌てて駆け出した。
門の先は既に一寸先もみえぬほど暗く沈んでいる。
-だから言ったのに。
遠くから、そんな嘲りが聞こえた気がした。
閑寂な部屋の中で、小さな影が一つ揺れている。
薄いカーテンの隙間から差し込む月明かりは僅かに部屋の輪郭を示すばかりで、真四角の部屋は依然暗い。
明るい窓際では枯れかけの花が、頭を垂れて水をねだっている。
その部屋の真ん中で、男が一人死んでいた。
何も無い部屋で、傷もなく、まるで以前からそこにあったかのように綺麗に横たわっている。
影はそれに静かに爪を立て肉を引き裂くと、遠慮しがちに噛み付いた。
首に巻かれた鈴が、乾いた音をたてる。
凛凛とした寒空には、ただましろの月だけが凛と咲いていた。
背中を押すならもっとゆっくり押して欲しいな
あなたは速すぎてすぐに私は追い抜かれてしまう
追い風って私が追うから追い風なの?
お願いだから待ってて欲しい、私が追いつくまで、、
遊園地よりはカフェに行きたい
コーヒーを飲んで、お酒に酔ったみたいにいけないことを考える
まだ子供だから、うん、ただ期待してるだけ
別に何もしないけど、準備だけ
私、ほうけてしまいそう
年が明けてから数日がたち、春の兆しが胎動をはじめる。
寒空に雲は無く、大地には草も無い。
ただ、痩せた木々があるばかり。
かわいた風はぞっと寒い。
眺望絶佳な氷の湖にそっと耳をあてると、ずっとずっと奥の方から水の揺らめく音が聞こえてくる。
微かに溶け始めた清水が、湖の底で生きている。
麦はそろそろ芽を出しただろうか。
都会暮らしの私には縁のないことなのだけれども、冬晴れなんて聞くと、どうしようもなくそんなことばかりが浮かんでくる。
都会には自然を想起させるものがない。だから、想像でしか書けない。
想像の中の私は限りなく美しい世界にいる。
あまりにも澄みきった銀の世界はそれ自体が凍りついたみたいに、永遠に私の中にとどまっている。
あたたかくて、心地よい。
知らないからこそ、この晴れた冬の日は綺麗なんだと思う。
大人になったら、きっと想像の世界は溶けてしまう。
きっといつかは現実を知ってしまうから。
その時に、もう一度同じ文章を書けるだろうか。
本当の冬景色を知った私は何歳になっているだろうか。
いつかこの気持ちが晴れる日はくるのだろうか。
そう考えてみる。