隣に住む幼なじみが、旅行の予定もないのにスーツケースをクローゼットの奥から出していた。彼女の狭い一人部屋でどことなく異質な雰囲気をかもし出すそれを話題にするのはなぜかはばかられた。
きっと遠くに行くんだな。そう思った。東京の大学に行きたいと言ったのを止めたのは俺だった。これが今生の別れになったら、と考えると掛けたい言葉はたくさんある。だけど、俺にはそんな資格すらないのかもしれない。
「ねえ、聞いてんの」
ふいに彼女の顔が目の前にあらわれた。話しかけられていたらしい。
「ごめん、聞いてなかった。なんだって?」
そう問うと、一瞬ムッとしてから笑顔を輝かせて
「卒業旅行いっしょに行かないかなって、どこが良いと思う?スーツケース新調したんだよ」
「え?」
「前のスーツケースはクローゼットから出してみたら壊れちゃったんだ、ホラこの無様なキャスターをみてよ」
そう言って、さっきまで俺の心を占めていたスーツケースを指さした。
「ゴムのところが劣化しちゃってはなればなれになってるの」
ここはきわめて治安が良くない。現に僕は本日3回目のカツアゲに遭っている。
「ジャンプしてみなって、おチビちゃんよお!」
怖いけどヘタに動いたらもっとひどい目をみるだろう。僕はもう鳴りもしないポケットを思いながらぎゅっと目をつむった。そのとき、
「おい、つまんねーことしてんじゃねえ」
ゴンッバキッ
「ひえ……」
それはあっという間だった。目を開けるとつい先ほどまで僕を嗤っていた男は情けなくも気絶していた。そして、そこに立っていたのは学ランを着た屈強そうな男の子であった。
「お前、大丈夫か」
振り返った彼はそう言った……と思う。実際のところ僕はお礼も言わずに逃げ出していた。彼があまりに背高でガッチリしていたものだから。
あの子が獅子なら僕は子猫であった。
そして弱きものは往々にして、爪をとぐことだって許されたりはしないものだ。
暑苦しい、サウナのような夏が終わると、生ぬるい秋が始まる。ただそれも束の間のことで、すぐに冬が押し寄せてくる。忙しないルーティンのなかで、秋風を感じるのはときどき難しい。恋人たちは冬を待ち望んでいる。
うちの主様は暴君で、理不尽に怒っては私たち使用人をよく殴った。そういうわけだから、お屋敷の顔ぶれはほとんど毎日入れ替わっていた。耳をすませばどこででも主様の陰口が聞こえた。
だけど私だけは知っている。主様が殴るのは感情をうまくコントロール出来ないから。使用人を殴ったあとにいつも泣いていることも。ああなんと不器用で可哀想な主様!私だけが愛してさしあげます、永遠に。
ところがある日を境に主様は変わった。どうやら旧友に態度を改めるように忠告されたらしい。主様は見せたことのないさわやかな笑みをたたえながら、
「いつか恨まれて後ろから刺されるぞって言われたんだ。そんな死に方はつらいから、自分も努力してみようと思ってさ」
と言っていた。
使用人たちは初めこそ病気まで疑っていたが、今や優しい主様に敬愛まで示している。ああ、なんて素晴らしい素敵な主様!もう私からの愛だけでは生きていけないのですね……。
そんな生き方はさぞおつらいでしょう?
私は永遠に眠った主様をバラバラにして焼いて海に流してあげた。
「さようなら、私の主様。地獄でまたお会いしましょう」
カラフルをまとうのが好き。そりゃあ全身ってわけにはいかないからワンポイントって感じだけど、やっぱり明るい色があると目を引くしテンションも上がるよね。
「待てっ!ドロボー!!!」
それに泥棒するときもこうやって見つかりやすくしておくとドキドキしていい感じじゃん?映えるし。