隣に住む幼なじみが、旅行の予定もないのにスーツケースをクローゼットの奥から出していた。彼女の狭い一人部屋でどことなく異質な雰囲気をかもし出すそれを話題にするのはなぜかはばかられた。
きっと遠くに行くんだな。そう思った。東京の大学に行きたいと言ったのを止めたのは俺だった。これが今生の別れになったら、と考えると掛けたい言葉はたくさんある。だけど、俺にはそんな資格すらないのかもしれない。
「ねえ、聞いてんの」
ふいに彼女の顔が目の前にあらわれた。話しかけられていたらしい。
「ごめん、聞いてなかった。なんだって?」
そう問うと、一瞬ムッとしてから笑顔を輝かせて
「卒業旅行いっしょに行かないかなって、どこが良いと思う?スーツケース新調したんだよ」
「え?」
「前のスーツケースはクローゼットから出してみたら壊れちゃったんだ、ホラこの無様なキャスターをみてよ」
そう言って、さっきまで俺の心を占めていたスーツケースを指さした。
「ゴムのところが劣化しちゃってはなればなれになってるの」
11/17/2024, 12:46:00 AM