NoName

Open App
3/29/2026, 5:04:23 PM


地面を踏む音が湿っていて、そこで雨が降っていることに気がついた。
だが天気に構っていられるほど暇ではない。


市長の汚職を追い始めて何年経っただろうか。もうすべてが限界だ。帳簿や通信履歴を洗い、履歴が度々消されてもめげずに張り付き続けた。


もう持ち合わせの証拠でどうにかするしかないだろう。問い詰めても故意である事を証明できなかった。仕方ない、仕方ないんだ。


「待て!おい!」


失敗は鍵を閉め忘れた事と、追っ手に追われてすぐ逃げた事だ。そして、人が居ない夜中に活動していた事。


「撃つぞ!本気だからな……!」


もはや豪雨と形容されるべき雨音と稲光が、すべてを覆い隠していた。今更神に助けを乞う事は無いが、乞うた所で届かないだろう。そういう日だった。



パンッ



「はいカットー!」

「ありがとうございました〜」


今日は良い調子だった。監督にも褒められた。
この1週間の内で一番良い日と言ってもいい。それに、今日は大好きな雨の日だ。リズムの良い雨。

ああ、金曜日か、駅前のケーキ屋はやってるんだろうか。
ショートケーキでも買って帰ろう。DVD何枚か借りて映画パーティーとでも洒落込もうかな。



お題 ―「ハッピーエンド」

2/23/2026, 6:16:33 PM

友人の佐藤は惚れっぽい。

自分は高校からの付き合いだが、それでもわかるほど惚れっぽい人間だ。しかも割と対象が広い。
人・メダカ・バス停・花……などなど、人だろうが物だろうが関係なく、数ヶ月はその対象に夢中になってしまうようだ。

そして、また佐藤は何度目かの「運命の相手」に出会ってしまったそうだ。今日はそれ(その人?)を紹介してくれるらしい。メールで住所が届き、それをマップアプリに入力してみると……。

そこは廃病院だった。数十年前に医療ミスとその訴訟によって揉めていたらしい。どういうつもりなのだろうか?
廃病院でしか会えない人?(物?)って何なんだろう。
気が進まないが、もう腹をくくって会うしかない。

「ほら、挨拶してくれよ」

と、佐藤が指を差した先には何もいない。廃病院は薄暗く、不良が割ったであろうガラスの破片や誰も居ない受付カウンターがあるばかりだ。本当にどうしてしまったんだろうか。

「地縛霊の沙耶子さんだよ。享年は34歳だってさ、まあちょっと位年上でも良いだろ?これから年齢は縮まるばかりだしさ」

まさか、人とも物とも言えない奴に夢中だとは思わなかった。いやどちらかといえば人か。まあ……メダカに夢中だった事を考えれば、これは平均の人間寄りだ。

うん、放っておこう。幸せならそれでいいんだ。



お題 ―「love you」

2/22/2026, 6:47:04 PM

人魚の声帯は剥がれ、肉は削がれ、鱗はネックレスとして売られるようになった。「外の世界が見たい」と言い浅瀬へ出た家族の行方は、今も分からないままだ。

我々は歌を歌う。それは弔うためでも祈るためでも無く、呼吸や寝返りや瞬きのように、ただ意識せず繰り返すものだ。自己の連続性の証明であり、表現や楽しみではない。

我々は不老不死ではない。全てはヒトによる迷信なので、我々の肉を食べたところでどうなる訳でもない。

我々は尾鰭を持つ。だがそこに美しさや特異性を見出さない。尾鰭の柄や色合いで個を区別しないからだ。深く暗い海において、自己と他との間に境界を引く必要はない。

我々はヒトの王子を求めていないし、沈没しそうな船からヒトを救い出したりはしない。起こる全てに干渉しない。

ヒトは我々にとって太陽のようなものだ。
我々がイカロスだとするのなら。



お題 ―「太陽のような」

2/21/2026, 6:09:10 PM

「0から9までの数字には風水的に意味があるんだよ」

思えば君には素質があった。小学生の頃から占いも風水もオカルトも、全てのブームは君が起こしていたから。

だから目の前の君が情報商材を売ろうとしてきたことに納得しているし、今更何も思わない。

でもそんなものに騙されると思っているなら、君のことを金輪際許さない。他に友達が居ないから、なんて理由で持ちかけた話ならもっと許さない。

君はずっと行け好かない奴だけど、そんな落ちぶれた奴じゃなかった。だから、まあ、何ていうか、そんな商材や打算抜きでなら、また会おうよ。

今度会う時はまた0から話そう。
数字の意味とかじゃなくて、君の話。




お題 ― 「0からの」

2/21/2026, 4:37:15 AM

棺桶にいると、他者の涙か祈りを浴びる事しかできない。なので、蘇ってみることにした。

蘇ってみて感じたことは、人生よりゾンビ生の方が100倍は楽しいということだ。

ショッピングモールに立てこもる人間を追いかけたり、腐りゆく脚に防腐剤をかけてみたり、人としての生では得られない青春がゾンビにもあった。最高だ。

ゾンビ映画には、「人として死なせてやれ」とか言うセリフがあることが大半だ。

だが死に何があるというのだろうか?形を失っていくだけだ、死なんてものは。眠って目覚めないだけだ、死なんてものは。そこにあるだけだ、死なんてものは。

ああ、同情するよ人間には。こんなにも楽しい日々を知らずに生きているだなんて。死ぬ前より生きている今を知らないだなんて、なんて可哀想なんだ。



お題 ―「同情」

Next