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「そ!そ!なーんで西コミューン出身のヤツってばあんな言い方しか出来んのだろう!」

ルヒはジョッキを片手に怒りを振りまいている。それを窘めるヤーカンと、ケラケラ笑い同調するヒューガ。そしてそれらをぼんやり眺める自分。

いつもの光景だ。だが幸せな事でもある。

小規模なギルドがダンジョンに挑むのは推奨されていない。大規模ギルド(または上位のギルド)にはポーションとお助け魔術師が付いてくるが、小規模ギルドはそうではないのだ。

そのせいか最近は小規模ギルドも少なくなっている。支援も無く、大手のギルドが都市に縄張りを張っている状況を鑑みれば、それはごく自然なことだろう。

だから、このギルドが何年も続いている事もメンバーが欠けていないことも、日常でありながらこの上なく幸せな事だ。

「あ、ちょっとお手洗い」

「言ってら」「どうせルヒはチビだよ…何が悪い……」

ルヒの複雑な情緒を横目に立ち上がり、トイレを探す。

この酒場はオークが多い。炭鉱が近いらしいとは聞いたが、オークが群れている様子を見たことが無い自分は少し驚いてしまった。

「ヒト族がこんな場末の酒場に来るなんてな……」
「しかも小人もエルフも連れて…」
「ギルドねぇ……」

単一種族が根を張っている街にありがちなのが、ヒト族に対する過激な偏見だ。こうやってひそひそ言われるたびに実感する。

ヒト族がオークやドワーフを農奴に据えたのは遠い昔の話だが、怒りは民話として受け継がれてゆくものだ。

そして、種族が入り混じるコミュニティにヒト族が居ると、支配的なヒト族とそれに隷属させられる他種族、という構図に見られるのもその民話が由来だ。

仕方がない話で、偏見に抗おうとするとかえって拗れる。
ビールを渡される時に怯えたような目をされる事も、トイレへの通路を通るだけで過剰に避けられる事も仕方がないことだ。

なんならルヒの方が不憫だ。小人は体格で軽視されがちだし。ヤーカンも名家のエルフとして何か思う事はあっただろうし。ヒューガは……換毛期の愚痴しか聞いた事がないが、何かはあるだろう。

「おい遅いぞ、ルヒが潰れた」

「君、トイレ長いよ。潰れるのわかってただろう」

「酔っぱらいの相手させて逃げようってやつか」

「違うって、こんな酒弱いなんて思ってないよ」

何気ないフリでやり過ごせばいい。
弱小ギルドと呼ばれても、支配的なヒト族として見られても、明日も皆でジョッキを交わせればそれでいい。



お題 ―「何気ないふり」

3/30/2026, 6:35:32 PM