月夜
ベランダで涼しい夜風に当たる。
そこまで高くも低くもないマンションからの景色。
遠くの夜景、スーパーの看板がきらきらと光って見えた。
飛行機だってちかちか点滅しながら飛んでいる。
でも空は昼間とは違い、吸い込まれそうな黒。
そこにはぽつぽつと、ちいさな白い星が浮いていて。
……三つ。兄弟みたいに、綺麗に並んだ星がある。オリオン座ぐらいは私にだってわかった。
私は一日の終わりに、こうやってベランダから夜空を眺めるのが好きだった。
輝く夜景、飛行機、星……
それを、月光を浴びながら眺め……
……………月光?
あれ、月、つきは…どこいったんだ。
私は毎晩同じ時間にベランダに出る。
昨日までは真上にあったんだ、なのに見当たらない。
季節で位置が変わることは知っている。
でも…こんな風に消えるわけがない。一体いつから?
気になる。気になってしまう。
いつもなら部屋に戻ったらすぐ布団に入る…
が、今日は寝間着でそのまま外へ飛び出した。
もしかしたら、建物に隠れて見えなかったかもしれない。そう考えて……
マンションの外に出た。
やはり、雲ひとつない。綺麗な星ばかり。
でも月はなかった。
段々と怖くなってきて駆け出して…近所の眺めがいいところを探した。
でも、公園からも、空き地からも、土手からも、どこからも見つからない。見当たらない。
夜道を走り、段々と息が切れてくる頃。蛾が張り付いた街灯に足元を照らされている、1人の人間を見た。
その人も、空を見ている。まさかと思い、話しかけようとする… けど、いやいや流石に不審者か…!?
と理性で止め、そっと通り過ぎようとした。すると…
「…あの、すみません…月……ありません、よね」
その人は、私に話しかけてきた。
「え、えぇ…」
「貴方も…さっき探していませんでしたか?
どうして気づいたんですか?」
逆光で顔が見えない。けれど、どこか淡く光っているような気がした。
「私は…ベランダで夜景を眺めるのが趣味で。
月がないって気づいてから、どうしても気になってしまって…はは、困りましたよ」
そう説明すると、彼女は大きくこくりと頷いた。
「ステキな趣味ですね!
…月がない夜空って、どうです?」
と、空を見上げながら聞いてきた。
街灯の明かりが、彼女の横顔をぼんやり照らしている。
どう、ですか…か……難しい事を聞くな……
「月って、人にとって…大切なんでしょうか?」
「え?」
そう問われて、少し驚いてしまう。
「大事、というか……なんでしょうね」
私も空を見上げる。
「…やっぱり夜空には月がないと物足りないですよ。
星だって、街灯だって私達を照らしますけど… 月光に照らされるのが、いちばん好きなので」
彼女は黙って聞いていた。
「そうですか… 良かった。」
「ところで、貴方は…」
ふと視線を戻すと、その人はもういなかった。
代わりに、空には月が満ちていた。
私をやさしい月光が照らす。
そんな月夜だった。
絆
スペース取っときます(;;)
思いついたときに書く用……
たまには
「ねえ、たまにはさ…
…毎日がんばってるんだから、どっか行かない?」
貴方は笑う。
それが、貴方の口癖だった。
「…だから、大丈夫だってば。」
そう私は、呆れた顔でそちらへと振り向く。
貴方はいつもそうだった。
私より苦労しているくせに、私より賢いくせに、毎日毎日へらへら笑っては私の心配をする。
私以外にも友達がたくさんいるくせに、私の元にばっかり来る。
そんな、まるで天使のような貴方が……
好きだった。どうしようもなく。
……私のそんな想いも知らず、貴方はいつも、私を外へと連れ出した。
二人きりで行った海も、
学校を抜け出して行った遊園地も、
どれも夢みたいで。
かけがえのない想い出で。
「…ねえ。たまにはさ…
…現実のわたしにも、会ってあげたら?」
嫌だ。 嫌だ嫌だいやだ!
夢から醒めたら、私のことなんてすぐ忘れるくせに。
それでも、貴方はただ笑う。
目を見開く私なんて気にもせず、ただ、寂しそうに。
大好きな君に
142通目のラブレターを書いた。
宛先は、もちろん君。
大好きな君へ。
「君の笑顔が、いつだって頭から離れない……」
書き綴ったのは、正統派な愛の言葉!
142通目のラブレターを、僕は君の机に入れた。
…次の日、返事はなかった。
大好きな君へ。君は、この星空より美しい…
「夜空を見上げる度、君もきっと…同じ空を見ている気がして…」
書き綴ったのは、くすぐったくなるロマンチックな言葉!
143通目のラブレターを、僕は君の靴箱に入れた。
…次の日、やっぱり返事はなかった。
素敵にさわやかな言葉で書いてみても、
可愛らしくポエムで書いてみても、
情熱的に俳句で書いてみても、
何回書いても返事はない。
君への愛は、こんなに、こんなに積もっているのに!
…でもね、僕は書き続けるよ。
何年でも。いつまででも。
ずっと、ずうっと。
花瓶と、細い花が置かれた 君の机。
その中を僕の手紙だけが満たしていった。
「親愛なる妹へ。
結論から言うと、私は未来からやってきたんだ。」
そんな書き出しから始まった、小さな手紙。
……3年前に死んだ姉からの、最後の言葉だった。
「いやあ、いつ言おうか迷ったんだけどさ。こんな形になっちゃってごめんね」
あっけらかんとした文章、やけに達筆な字。
それは間違いなく姉のものだ。
…毎日毎日、学校も家業も、上手くいっていたように見えたのに。
ある日突然、自室で……
「まぁ、私がいなくなっても…あんまり深く考えないでほしいんだ。何も、考えなしに死んだんじゃないし。」
姉は、私よりすごく頭が良かった。
運動や体力こそあんまりだったものの、周りや本人は、その賢さをすごく誇りに持っていた。
…姉は、頼りにされていた。期待されていた。
一家の跡継ぎとしても、四姉妹の長女としても、期待の若手としても。
姉は、私より綺麗で。
姉は、
姉は、
姉は。
どうして…
そんな考えばかりがぐるぐる働いては、遺体を見つけて以降、姉の自室へはこの3年間一度も入れていなかった。
葬式はとっくに終わった。母も父も、二人の妹も、姉の部屋の荷物整理に来ていた。
でも、机だけは。
それだけは、姉と一番仲の良かった私が見るべきだって…
「実はこの手紙はねぇ、お前にしか書いてないんだ。 次女の、お前にね。 あっ、もし他の人が読んでたらどうしよ……恥ずいな…」
「……とりあえずね。お前にだけは、伝えておこうと思ったんだよ」
……姉さんが死んだ理由が、わかる?
三年間。ずっと空白だったあの時間を。
知りたくもない、と思ったことだってある。でも。
でも……知りたい。原因があるなら、わたしは…
「…ただ、この世界の未来はね…やさしくなかった。それだけなんだ。
…って言ったら、語弊があるけど…もし気になるなら、見に来てほしい。」
少し、へにょりとした字で書いてあった。
「実はさ、私の研究室に、すべて置いてあるんだ。
パスワードキー、ここに書いとくよ。」
姉さんを見つけてね、とだけ添えて、キーと共に私の持っている手紙は終わっていた。
……やることは、ひとつ。
バスで一時間。
生前、ことある事に通っていた研究室……
いつも姉が作っていた、よくわからない機械の匂いすら懐かしい。
ふと顔を上げると、見覚えのない扉があった。
鉄で出来た、頑丈で…重たそうで……
…数字を打ち込める場所がある。
0303ーー私の誕生日を入力すると、扉は開いた。
「お見事! 流石、我が自慢の妹よ。」
…という書き出しからはじまる。
地下室。同じ日付のカレンダーが三枚。机に、『三回目』と刻まれている。
そんな中、また手紙は落ちていた。
……この部屋は、なんなのだろうか。
「ご褒美に、教えてあげる。姉さんの死んだ理由。」
「目の前に、ポッドがあるでしょう?」
手紙の通り、顔を上げると…3mほどある、管が沢山ついた白いポッドがあった。内側は曇っていて、中は見えない。かすかに、水の揺れる音がした。
初めて見るはずなのに、何故かその音が……酷く懐かしい。
これが、……なんだっていうの?
「実は……姉さんね、未来から来ただけじゃなくてさ。ここ数年をループしてるの。
わたしが死ぬと、世界ごとリセットされる。…はず、なんだけど……
ふふ。そんなの、信じられないかな?
何があったかなんて、そんなには言えないんだけど…
でもね、中々酷いんだ。この先の未来は。
…で、死んだ理由……簡潔に言うとね。
姉さん、失敗しちゃった。
これで3回目。
ごめんね。次は絶対、成功させる。
大切な妹を……わたしが救ってみせるからさ。」
ループなんて、子供騙しだと思った。
でも…あの賢い姉の言うことだ。もし、本当だったら?
……いま、私が生きているのは… 姉に置いていかれた、ループとやらにあぶれてしまった、
「三回目の失敗」の残骸で。
未確定な、このあとを。
貴方が「やさしくない」と表現したこの世界に、起こるであろう悲劇を、わたしは…
ポッドの表面に映った私の顔が、
少しだけ、姉に似ていて…… 思わず、曇りを拭う。
……姉が死んで3年。
ポッドの中には、まるで死んだばかりのような……