たまには
「ねえ、たまにはさ…
…毎日がんばってるんだから、どっか行かない?」
貴方は笑う。
それが、貴方の口癖だった。
「…だから、大丈夫だってば。」
そう私は、呆れた顔でそちらへと振り向く。
彼女はいつもそうだった。
私より苦労しているくせに、私より賢いくせに、毎日毎日へらへら笑っては私の心配をする。
私以外にも友達がたくさんいるくせに、私の元にばっかり来る。
そんな、まるで天使のような貴方が……
好きだった。どうしようもなく。
……私のそんな想いも知らず、貴方はいつも、私を外へと連れ出した。
二人きりで行った海だって、
学校を抜け出して行った遊園地だって、
どれも夢のような、かけがえのない想い出で。
「…ねえ。たまにはさ…
…現実のわたしにも、会ってあげたら?」
嫌だ。 嫌だ嫌だいやだ!
夢から醒めたら、私のことなんてすぐ忘れるくせに。
それでも、貴方はただ笑う。
目を見開く私なんて気にもせず、ただ、寂しそうに。
大好きな君に
142通目のラブレターを書いた。
宛先は、もちろん君。
大好きな君へ。
「君の笑顔が、いつだって頭から離れない……」
書き綴ったのは、正統派な愛の言葉!
142通目のラブレターを、僕は君の机に入れた。
…次の日、返事はなかった。
大好きな君へ。君は、この星空より美しい…
「夜空を見上げる度、君もきっと…同じ空を見ている気がして…」
書き綴ったのは、くすぐったくなるロマンチックな言葉!
143通目のラブレターを、僕は君の靴箱に入れた。
…次の日、やっぱり返事はなかった。
素敵にさわやかな言葉で書いてみても、
可愛らしくポエムで書いてみても、
情熱的に俳句で書いてみても、
何回書いても返事はない。
君への愛は、こんなに、こんなに積もっているのに!
…でもね、僕は書き続けるよ。
何年でも。いつまででも。
ずっと、ずうっと。
花瓶と、細い花が置かれた 君の机。
その中を僕の手紙だけが満たしていった。
「親愛なる妹へ。
結論から言うと、私は未来からやってきたんだ。」
そんな書き出しから始まった、小さな手紙。
……3年前に死んだ姉からの、最後の言葉だった。
「いやあ、いつ言おうか迷ったんだけどさ。こんな形になっちゃってごめんね」
あっけらかんとした文章、やけに達筆な字。
それは間違いなく姉のものだ。
…毎日毎日、学校も家業も、上手くいっていたように見えたのに。
ある日突然、自室で……
「まぁ、私がいなくなっても…あんまり深く考えないでほしいんだ。何も、考えなしに死んだんじゃないし。」
姉は、私よりすごく頭が良かった。
運動や体力こそあんまりだったものの、周りや本人は、その賢さをすごく誇りに持っていた。
…姉は、頼りにされていた。期待されていた。
一家の跡継ぎとしても、四姉妹の長女としても、期待の若手としても。
姉は、私より綺麗で。
姉は、
姉は、
姉は。
どうして…
そんな考えばかりがぐるぐる働いては、遺体を見つけて以降、姉の自室へはこの3年間一度も入れていなかった。
葬式はとっくに終わった。母も父も、二人の妹も、姉の部屋の荷物整理に来ていた。
でも、机だけは。
それだけは、姉と一番仲の良かった私が見るべきだって…
「実はこの手紙はねぇ、お前にしか書いてないんだ。 次女の、お前にね。 あっ、もし他の人が読んでたらどうしよ……恥ずいな…」
「……とりあえずね。お前にだけは、伝えておこうと思ったんだよ」
……姉さんが死んだ理由が、わかる?
三年間。ずっと空白だったあの時間を。
知りたくもない、と思ったことだってある。でも。
でも……知りたい。原因があるなら、わたしは…
「…ただ、この世界の未来はね…やさしくなかった。それだけなんだ。
…って言ったら、語弊があるけど…もし気になるなら、見に来てほしい。」
少し、へにょりとした字で書いてあった。
「実はさ、私の研究室に、すべて置いてあるんだ。
パスワードキー、ここに書いとくよ。」
姉さんを見つけてね、とだけ添えて、キーと共に私の持っている手紙は終わっていた。
……やることは、ひとつ。
バスで一時間。
生前、ことある事に通っていた研究室……
いつも姉が作っていた、よくわからない機械の匂いすら懐かしい。
ふと顔を上げると、見覚えのない扉があった。
鉄で出来た、頑丈で…重たそうで……
…数字を打ち込める場所がある。
0303ーー私の誕生日を入力すると、扉は開いた。
「お見事! 流石、我が自慢の妹よ。」
…という書き出しからはじまる。
地下室。同じ日付のカレンダーが三枚。机に、『三回目』と刻まれている。
そんな中、また手紙は落ちていた。
……この部屋は、なんなのだろうか。
「ご褒美に、教えてあげる。姉さんの死んだ理由。」
「目の前に、ポッドがあるでしょう?」
手紙の通り、顔を上げると…3mほどある、管が沢山ついた白いポッドがあった。内側は曇っていて、中は見えない。かすかに、水の揺れる音がした。
初めて見るはずなのに、何故かその音が……酷く懐かしい。
これが、……なんだっていうの?
「実は……姉さんね、未来から来ただけじゃなくてさ。ここ数年をループしてるの。
わたしが死ぬと、世界ごとリセットされる。…はず、なんだけど……
ふふ。そんなの、信じられないかな?
何があったかなんて、そんなには言えないんだけど…
でもね、中々酷いんだ。この先の未来は。
…で、死んだ理由……簡潔に言うとね。
姉さん、失敗しちゃった。
これで3回目。
ごめんね。次は絶対、成功させる。
大切な妹を……わたしが救ってみせるからさ。」
ループなんて、子供騙しだと思った。
でも…あの賢い姉の言うことだ。もし、本当だったら?
……いま、私が生きているのは… 姉に置いていかれた、ループとやらにあぶれてしまった、
「三回目の失敗」の残骸で。
未確定な、このあとを。
貴方が「やさしくない」と表現したこの世界に、起こるであろう悲劇を、わたしは…
ポッドの表面に映った私の顔が、
少しだけ、姉に似ていて…… 思わず、曇りを拭う。
……姉が死んで3年。
ポッドの中には、まるで死んだばかりのような……
たった1つの希望
希望製造工場。
俺は最近、そこでバイトを始めた。
友達と遊ぶ金がなくて、なんとなく求人チラシを眺めていたんだ。
そん中に一つ、目を引く求人があった。
☆☆希望製造☆☆
アットホームな職場です。
年齢問わず大募集!住み込みもOK!
そんな、やけに派手な見出しから始まって…
概要はシンプル。工場で、「希望」とやらを作る。
ただそれだけ。なんとも怪しいが…時給が、すこぶる良かった……。
好奇心と欲に駆られ、ダメ元で連絡してみた。すると、面接も何もなしに、いきなり工場まで行って働けることとなったのだ。
メールで伝えられた場所まで、自転車で30分程…
着いたのは山の麓にある、やけに町外れの工場。壁にはあのチラシがビッシリ貼られていて、鉄で錆びた配管が、床からにょきにょきと生えてる。
「ああ、新人さんかなあ!」
背後から声がした。振り向くと、白髪の、やけにクマがある、俺より年上そうな…お兄さんが立っていた。
「お兄さんについておいで。説明しよう」
鉄の扉がギギギと音を立てて開いた。立て付けが悪いんだよねえ、とか言いながらお兄さんは進む。
随分と音が響く、殺風景な廊下を歩いて…
5つ目のドアの先、ベルトコンベアの前に着いた。
「手袋はつけてねぇ〜」
お兄さんは軽い口調で、俺にゴム手袋を手渡す。
「えっと…ここで、俺は…何すればいいんですか」
「ん?あぁ! 君の仕事はねぇ、希望の梱包だよ。
お手本なったげるからさ、見てて」
希望。 チラシにも書いてあったが、なにかの商品名なんだろうか?
「希望って、そもそも分かる? おにーさんも最初に来た時はさあ、よく分かんなかったのよ」
ベルトコンベアに運ばれて、機械音と共に空っぽの缶がお兄さんの手元へ流れてきた。
「何かの食べ物かなあ、とか。製品名かな、とか。そんなこと考えてたっけなぁ」
お兄さんは、機械の下の箱から、何か光っているモノを出した。直径5cmくらい。ほわほわしている球体。
「でもね、実際はコレだったの」
それを手袋で掴み、流れていく缶に詰める。
ぎゅむ、と音がした。
「これが、希望。そのものだよ。
きみの仕事は、今おれがやったみたいにさ、希望をカンヅメにし続けること。」
休憩は1時間に1回。
希望の持ち出し、及び盗みは禁止。
「やってみなよ。見てたげるからさ」
見よう見まねで、機械を触ってみる。
恐る恐るその、「希望」とやらを掴むと……ふんわりしていて、あたたかい。
持っているだけで、不安が浄化されて…安心する……
「そーそー。上手じゃーん!」
お兄さんも褒めてくれた。
でも、この物体が一体なんなのか分からない。気になる…
その日から、俺は「希望」の正体を知るためにも、毎日その工場に通う。働く。
お金も貰える。お兄さんも良い先輩。素敵な仕事だ。
でも、何より…希望目当てで通うようになっていた。
フワフワのそれに触れているだけで、人間関係への不安や、将来への恐怖が和らぐ。
精神的な疲れも、肉体的な疲れも、すべて……
「おつかれー。よく働いてくれて、ほんと助かるよ」
気づけば休憩時間だ。
単純作業の繰り返しってのは、すぐに飽きて、疲れるものだとばかり思っていた。 …でも、この作業は…
「あはは。分かる分かる。休憩より、作業のが待ち遠しくなっちゃうよねぇ」
おにーさんも一緒だよぉ、とケラケラ笑う。
俺は心の何処かで、未だ希望の正体を疑っていた。
そのうち、働きはじめて1週間が経った。
働く。働く。家に居ようが、学校にいようが、希望に触れていないと、手が震えて…不安で押しつぶされそうになった。
眠れないんだ。こんなのおかしい、おかしい…
「…今日も頑張ってんねぇ〜」
お兄さんの声が、また隣から聞こえた。
意を決して、尋ねてみる。
「…………お兄、さん」
「ん? なあに」
俺に顔を近づけて、聞く素振りをみせる。
「この希望って、… なにで、できてるんですか」
「……。」
お兄さんは少し間を置いて、それから。
「…たぶん、聞かない方がいいよ。教えられない。
おにーさんみたいになっちゃうからね」
そう言って、俯いた。
彼の白い髪が揺れる。骨みたいな、薄い身体。
「それでもいいんです。教えてください。最近、よく眠れなくって…」
「…おにーさんもね、きみと同じだったよ」
目を合わせずに、ぽつ、ぽつと話し始めた。
「まともな仕事、中々つけなくてさあ…
生活費がなくて、いよいよお家もなくなった時…」
この工場を、落ちてたチラシで知った。住み込みもOKだったから、おれにとって、たった1つの希望で。
ほんとに縋る思いで工場に来たの。
そしたらね、そん時のおれより、背が高くて、不健康そうな細身な先輩がいて………
おれさ、働きつづけた。ずうっと、一心不乱に。
気がついたら、その先輩はいなくなってて…働いてんのはおれ1人になっても、まだ詰めつづける。
希望に触れていれば、なんにも考えなくて済むから。
それを何年か…もしかしたら、何十年か続けたのね。
いつもみたいに、ダンボールに詰められて届いた希望を運んでたある日。
なんとなく、(どこから届くんだろうなあ)って気になってさあ。おれ、ベルトコンベアの先まで辿ってったの。暗い、地下に繋がっててさ。
箱の中さ、
先輩…だったもの、が、いっぱい入ってて。
そこに繋がってる管から希望が出て、ダンボールに詰められて、おにーさんたちの場所に、届いてたの。
「おにーさんもいつか、ああなるのかなあ」
…俯いたまま、そう云う。
俺、この仕事、どうやって辞めよう。
欲望
ジブンが欲しいもの、ですか? っ、ふふ…あはは!
…ああ、すいません。おかしくって、つい。
そうですねぇ。 それはね。真実の愛や、富、名声、力、自由だとか…
そんな在り来りなもんじゃあ、決してありません。
永遠です。永遠がほしかったんですよ、わたし。
で、気づいたら……
……ちゃんと永遠になっちゃってました。
前までねえ、時間が進むのが怖かったんです。
なぜかって?…考えてみてくださいよ。
変化というのは残酷で、恐ろしいものです。
ニンゲンってのは……醜く朽ちていくんです。
……ジブンだけは、ああなりたくなかった。
鏡を見るのが、嫌だったんすよ。
ほんの少しだけ伸びた前髪とか、昨日より濁った目とか。
誰だって、望むんじゃないですか。永遠の美しさ。老いない身体、無垢なままの魂。それを羨んだんです。
欲しくて、ほしくて、ほしくて、ほしくてほしくてほしくてほしくてほしくてほしくてほしくて……
みたいなこと、考えてたら…
気がついたら、死んじゃってたんですよね。あはは。
ジブンでも笑っちゃいますよ。
…周りの人間より、寧ろ恵まれてたんですけどね。特に大きな苦労も苦しみも味わう前に、成長するまえに……
なんとなく、なんにも考えずに飛んだんです。
……何から逃げたかったのかは、未だにわかんないんですけどね。
まあ、それはわたしらしいかな。
…あなたは、どう思います? 怖いですか、ジブン。
一応は、幽霊ってことになるんすかねぇ。でも、気に入ってはいますよ。歳、もう取りませんし。
……
ええ?なんでここにいるか、ですか?
あー。 …わかんないんですよね。知らないとこで。
いや、さっきも言いましたけど… 落とし物を、探してる途中で。
…ジブン、人間って、死んだらさっさと地獄に落ちるモンだとばかり思ってました。
いやあ、原因をね、と〜っても頑張って考えたんすよ。ここって中々、人が来ないでしょう。そこで、賢いジブンは思い出しました。
生前、死ぬ直前にいた所ってね。高架橋だったんすよ
で、地縛霊って知ってます?
……ほら、死んだ後に残るやつ。
今の状況にそっくり。ですよね?だから、ジブン…どうにかしたくて。
普通、死んだ場所なら…高架橋になると思いません?
なんでこんな、知らない場所にいるんだ、って。
カーブミラーと、ガードレールしかない分かれ道……
あと、コンクリートの柱みたいな… 柱?
そこでピーンときました! ここはなんと、ジブンが飛んだ高架の下だったんすよ。
どうすか?!この美少女のあまりの賢さに驚愕…
……してないみたいっすね。
なんすかその顔。 もう分かってたって?
はあ。つまんないの。
んでね、ジブンの未練って、なんだろうなあって考えました。
ぱっと思いつく願い事はもう、全て叶ってますよ。
不自由なく、気まぐれに生きて、身勝手に死んだ。
…そりゃ、罰も当たりますよね。
他に、生前に願ったことがあるとすれば…
それって、ジブンの為に… キレイなお葬式をあげてもらうこと、くらいでした。
とびきりのお化粧されて、お花に囲まれてね。
だって、綺麗なまま終わりたかったんですからね。
みんなの記憶の中で。一番可愛いジブンで。
……あれ?
もしかしてそれが、未練ってやつですかね?
その為に……誰かに、ジブンの落とし物。見つけてもらわないとまあ、困っちゃいますよ。
…ねえ。 ガードレールの、側溝の中。
何が落ちてると思います?
ちゃんと、キレイなままですよ。
…………多分。