たった1つの希望
希望製造工場。
俺は最近、そこでバイトを始めた。
友達と遊ぶ金がなくて、なんとなく求人チラシを眺めていたんだ。
そん中に一つ、目を引く求人があった。
☆☆希望製造☆☆
アットホームな職場です。
年齢問わず大募集!住み込みもOK!
そんな、やけに派手な見出しから始まって…
概要はシンプル。工場で、「希望」とやらを作る。
ただそれだけ。なんとも怪しいが…時給が、すこぶる良かった……。
好奇心と欲に駆られ、ダメ元で連絡してみた。すると、面接も何もなしに、いきなり工場まで行って働けることとなったのだ。
メールで伝えられた場所まで、自転車で30分程…
着いたのは山の麓にある、やけに町外れの工場。壁にはあのチラシがビッシリ貼られていて、鉄で錆びた配管が、床からにょきにょきと生えてる。
「ああ、新人さんかなあ!」
背後から声がした。振り向くと、白髪の、やけにクマがある、俺より年上そうな…お兄さんが立っていた。
「お兄さんについておいで。説明しよう」
鉄の扉がギギギと音を立てて開いた。立て付けが悪いんだよねえ、とか言いながらお兄さんは進む。
随分と音が響く、殺風景な廊下を歩いて…
5つ目のドアの先、ベルトコンベアの前に着いた。
「手袋はつけてねぇ〜」
お兄さんは軽い口調で、俺にゴム手袋を手渡す。
「えっと…ここで、俺は…何すればいいんですか」
「ん?あぁ! 君の仕事はねぇ、希望の梱包だよ。
お手本なったげるからさ、見てて」
希望。 チラシにも書いてあったが、なにかの商品名なんだろうか?
「希望って、そもそも分かる? おにーさんも最初に来た時はさあ、よく分かんなかったのよ」
ベルトコンベアに運ばれて、機械音と共に空っぽの缶がお兄さんの手元へ流れてきた。
「何かの食べ物かなあ、とか。製品名かな、とか。そんなこと考えてたっけなぁ」
お兄さんは、機械の下の箱から、何か光っているモノを出した。直径5cmくらい。ほわほわしている球体。
「でもね、実際はコレだったの」
それを手袋で掴み、流れていく缶に詰める。
ぎゅむ、と音がした。
「これが、希望。そのものだよ。
きみの仕事は、今おれがやったみたいにさ、希望をカンヅメにし続けること。」
休憩は1時間に1回。
希望の持ち出し、及び盗みは禁止。
「やってみなよ。見てたげるからさ」
見よう見まねで、機械を触ってみる。
恐る恐るその、「希望」とやらを掴むと……ふんわりしていて、あたたかい。
持っているだけで、不安が浄化されて…安心する……
「そーそー。上手じゃーん!」
お兄さんも褒めてくれた。
でも、この物体が一体なんなのか分からない。気になる…
その日から、俺は「希望」の正体を知るためにも、毎日その工場に通う。働く。
お金も貰える。お兄さんも良い先輩。素敵な仕事だ。
でも、何より…希望目当てで通うようになっていた。
フワフワのそれに触れているだけで、人間関係への不安や、将来への恐怖が和らぐ。
精神的な疲れも、肉体的な疲れも、すべて……
「おつかれー。よく働いてくれて、ほんと助かるよ」
気づけば休憩時間だ。
単純作業の繰り返しってのは、すぐに飽きて、疲れるものだとばかり思っていた。 …でも、この作業は…
「あはは。分かる分かる。休憩より、作業のが待ち遠しくなっちゃうよねぇ」
おにーさんも一緒だよぉ、とケラケラ笑う。
俺は心の何処かで、未だ希望の正体を疑っていた。
そのうち、働きはじめて1週間が経った。
働く。働く。家に居ようが、学校にいようが、希望に触れていないと、手が震えて…不安で押しつぶされそうになった。
眠れないんだ。こんなのおかしい、おかしい…
「…今日も頑張ってんねぇ〜」
お兄さんの声が、また隣から聞こえた。
意を決して、尋ねてみる。
「…………お兄、さん」
「ん? なあに」
俺に顔を近づけて、聞く素振りをみせる。
「この希望って、… なにで、できてるんですか」
「……。」
お兄さんは少し間を置いて、それから。
「…たぶん、聞かない方がいいよ。教えられない。
おにーさんみたいになっちゃうからね」
そう言って、俯いた。
彼の白い髪が揺れる。骨みたいな、薄い身体。
「それでもいいんです。教えてください。最近、よく眠れなくって…」
「…おにーさんもね、きみと同じだったよ」
目を合わせずに、ぽつ、ぽつと話し始めた。
「まともな仕事、中々つけなくてさあ…
生活費がなくて、いよいよお家もなくなった時…」
この工場を、落ちてたチラシで知った。住み込みもOKだったから、おれにとって、たった1つの希望で。
ほんとに縋る思いで工場に来たの。
そしたらね、そん時のおれより、背が高くて、不健康そうな細身な先輩がいて………
おれさ、働きつづけた。ずうっと、一心不乱に。
気がついたら、その先輩はいなくなってて…働いてんのはおれ1人になっても、まだ詰めつづける。
希望に触れていれば、なんにも考えなくて済むから。
それを何年か…もしかしたら、何十年か続けたのね。
いつもみたいに、ダンボールに詰められて届いた希望を運んでたある日。
なんとなく、(どこから届くんだろうなあ)って気になってさあ。おれ、ベルトコンベアの先まで辿ってったの。暗い、地下に繋がっててさ。
箱の中さ、
先輩…だったもの、が、いっぱい入ってて。
そこに繋がってる管から希望が出て、ダンボールに詰められて、おにーさんたちの場所に、届いてたの。
「おにーさんもいつか、ああなるのかなあ」
…俯いたまま、そう云う。
俺、この仕事、どうやって辞めよう。
欲望
ジブンが欲しいもの、ですか? っ、ふふ…あはは!
…ああ、すいません。おかしくって、つい。
そうですねぇ。 それはね。真実の愛や、富、名声、力、自由だとか…
そんな在り来りなもんじゃあ、決してありません。
永遠です。永遠がほしかったんですよ、わたし。
で、気づいたら……
……ちゃんと永遠になっちゃってました。
前までねえ、時間が進むのが怖かったんです。
なぜかって?…考えてみてくださいよ。
変化というのは残酷で、恐ろしいものです。
ニンゲンってのは……醜く朽ちていくんです。
……ジブンだけは、ああなりたくなかった。
鏡を見るのが、嫌だったんすよ。
ほんの少しだけ伸びた前髪とか、昨日より濁った目とか。
誰だって、望むんじゃないですか。永遠の美しさ。老いない身体、無垢なままの魂。それを羨んだんです。
欲しくて、ほしくて、ほしくて、ほしくてほしくてほしくてほしくてほしくてほしくてほしくて……
みたいなこと、考えてたら…
気がついたら、死んじゃってたんですよね。あはは。
ジブンでも笑っちゃいますよ。
…周りの人間より、寧ろ恵まれてたんですけどね。特に大きな苦労も苦しみも味わう前に、成長するまえに……
なんとなく、なんにも考えずに飛んだんです。
……何から逃げたかったのかは、未だにわかんないんですけどね。
まあ、それはわたしらしいかな。
…あなたは、どう思います? 怖いですか、ジブン。
一応は、幽霊ってことになるんすかねぇ。でも、気に入ってはいますよ。歳、もう取りませんし。
……
ええ?なんでここにいるか、ですか?
あー。 …わかんないんですよね。知らないとこで。
いや、さっきも言いましたけど… 落とし物を、探してる途中で。
…ジブン、人間って、死んだらさっさと地獄に落ちるモンだとばかり思ってました。
いやあ、原因をね、と〜っても頑張って考えたんすよ。ここって中々、人が来ないでしょう。そこで、賢いジブンは思い出しました。
生前、死ぬ直前にいた所ってね。高架橋だったんすよ
で、地縛霊って知ってます?
……ほら、死んだ後に残るやつ。
今の状況にそっくり。ですよね?だから、ジブン…どうにかしたくて。
普通、死んだ場所なら…高架橋になると思いません?
なんでこんな、知らない場所にいるんだ、って。
カーブミラーと、ガードレールしかない分かれ道……
あと、コンクリートの柱みたいな… 柱?
そこでピーンときました! ここはなんと、ジブンが飛んだ高架の下だったんすよ。
どうすか?!この美少女のあまりの賢さに驚愕…
……してないみたいっすね。
なんすかその顔。 もう分かってたって?
はあ。つまんないの。
んでね、ジブンの未練って、なんだろうなあって考えました。
ぱっと思いつく願い事はもう、全て叶ってますよ。
不自由なく、気まぐれに生きて、身勝手に死んだ。
…そりゃ、罰も当たりますよね。
他に、生前に願ったことがあるとすれば…
それって、ジブンの為に… キレイなお葬式をあげてもらうこと、くらいでした。
とびきりのお化粧されて、お花に囲まれてね。
だって、綺麗なまま終わりたかったんですからね。
みんなの記憶の中で。一番可愛いジブンで。
……あれ?
もしかしてそれが、未練ってやつですかね?
その為に……誰かに、ジブンの落とし物。見つけてもらわないとまあ、困っちゃいますよ。
…ねえ。 ガードレールの、側溝の中。
何が落ちてると思います?
ちゃんと、キレイなままですよ。
…………多分。
遠くの街へ
誰も乗っていないはずの電車は、雨降る夜を走る。
知らない場所へ、■■に着くまで、あたし達を運ぶ。
灯りがだんだん落ちて、暗くなる…それは電車の心地よい揺れ、ぼんやりしたあたたかさと相まって…
「揺り籠みたいで、ずっと揺られてたいな」って、あなたは笑って言ってたっけなあ。
ごとごと、ざあざあ、ぽたん、こつん…
雨音が歌みたいで。あたしとあなたの子守唄になる。
『次は、しェぬゃいゐうそのむこ゜ぇ』
よく聞き取れない車内放送がそう告げる。
終点まで、あと■駅。
回送とすら映されていない電光掲示板。
綺麗に並んだ街灯の目が、こちらを見ていた。
(初めて乗る電車だから、ちゃんと着くか心配だなあ)
そんな事をぼうっと考えるあたしの隣で、 静かに、心地良さそうに眠っているあなた。
顔は青白く、寝息すら聞こえない。雨で随分と濡れたから、手の先まで冷えきっていた。
『次は、ぬかュたきウぬゑよょう』
勝手にあなたの手を握って、指先を暖める。
…いつも体温が低いんだから、もう少し厚着すればいいのに… と思いながら、あたしのマフラーをそっと肩に掛けてやった。
それを見ていた吊り革が、1本伸びてくる。
何もあげないつもりだった…が、あんまりに物欲しそうな顔をしていたので、数十秒見つめあったあと……
つい、情けを掛けてしまった。
輪っかに、あたしの手袋を付けてやる。
吊り革は嬉しそうにふらふらと揺れて、また元の位置へ戻って行った。
『次は、よミひか゜しあやのとュお』
…手すりや窓、扉、座席たちが次々とあたしを見にきた。ああ、こうなるからやりたくなかったんだ。
あげない、あげないったら。もう、お気に入りの帽子も手袋もコートも、全部あげちゃったんだから。 だから…そんなに見ないでよ。
そう云うと彼らは、急に怒りはじめた。
窓はガタガタ、扉は空いたり閉まったり。手すりは緩やかに首を締めようとしてきた。
煩い。執拗い。うるさいうるさいうるさい!!!!!
この人が起きてしまうでしょうが。お馬鹿。
ポッケに仕舞ってた飴玉、ラムネ。花、ピンバッジ、
折りたたみ傘。全部くれてやった。ぐずっていた彼らはそれで満足したようで、やっと静かになった。
あーあ、あなたにあげるって約束してたのになあ。
そんな事を考えてたら、いつもの錆びた踏切が、「次の次が終点だ」と窓の外から話しかけてきた。
それに返事をして……電車に揺られながら、あなたの綺麗な寝顔を眺める。…起こすべきか、悩むなあ。
ふと…暖めた、あたしより大きな手をみる。細い指。あなたのポッケから、家の鍵が覗いていた。
もう全部あげちゃって、何も残ってないあたし。
帰りを待つ人も、帰る場所もある、あなた。
……よし、決めた。 ごめんよ。
あたしは「またね」と手を振って、終点より1つ前の駅で降りる。あなたを電車に置いて。
ドアの閉まる音と共に、一層雨が強くなる。
もう傘を持っていない私は駅を歩く。
改札はない。駅名標も読めない。つめたい雨だけ。
こつん、ぽた、ざあざあ、ぽつん。
「落っこちる場所によって、音色が違うんだねえ」
なんて言っても、もう誰も聞いていないみたいだった。
アスファルトに染み込んだ雨が、錆びた街灯の光に反射してはきらきらと白く輝いていた。
まるで宝石が埋め込まれているみたいで、またひどく欲しくなる。 でも、また一歩歩く度、それは遠のいて…を繰り返し。終には、地獄へ続く道標になった。
ああ、寒い。
あなたは、ちゃんと家に帰れただろうか。
一つ…もし帰れたなら、最後に残ったあたしの欠片を、遠くの街に連れて行ってほしい。
だから……
わたしの代わりに、病室で目を覚ましておくれ。
現実逃避
あの時、ああしていれば。
そんな後悔が胸にずっとへばりついている。
どうしようもない。どうしようもなかったんだ。
同じ言葉を反芻しては、また思考がぐるぐる回りつづける。
自分がしてしまったこと、犯した罪。
それだけが、ずっとこちらを見ている。
「何してるんですかあ」
その少女は、毎日私の部屋にくる。
舌足らずで妙に甘ったるい声。足音がしない。
カレンダーも時計も止まった、とっ散らかった暗い部屋の中…綺麗で、異様な存在だけがそこにいた。
「ねえ お外、行きましょうよお。
…どうせここにいても、なにも起こりませんよ」
がさがさ。ずる、ずる。
「あはは これどうしたんですかあ? おめめ、ないないしちゃいましたか?」
彼女は勝手に部屋を歩き回り、漁って…ボタンを引きちぎったぬいぐるみも、割れた鏡の破片も、一つ一つ丁寧に見つけ、拾い上げては…
「はいはい、おうちに帰りましょうねえ」
そうやって、優しい声でゴミ箱に捨てる。
それが本来、誰に向けられる言葉だったのかを、私は考えないようにした。
片付けなんて頼んでもいない。部屋に呼んでもいない。鍵だって渡していない。
キッチンの明かりが、少し点滅してからつく。
「今日は唐揚げですよぅ」
毎日毎日毎日、勝手に部屋に上がっては、勝手に少し掃除して、勝手に飯を作って出ていく。
私より随分と年下。私が昔に通っていた頃と同じ、中学の旧型制服。艶のある髪からほんのりバニラの匂いがする。かなり耳につく、独特な話し声。
傍から見たら羨ましく思うかもしれないが…私は自分自身の聖域に、土足で踏み込んでくる人間が嫌いだった。それなのに、彼女は…
部屋に、なんとなく揚げ物の匂いが漂ってきた。
「できましたあ。 唐揚げ、好きでしたよねえ?」
彼女は部屋の端まで来て、私に皿を差し出した。
…揚げたての唐揚げが山盛りだ。少なくとも3人前はある。
「…なんですかぁその顔。 イヤなんですかあ?」
そのわざとらしく下がった眉は、少し悲しそうにも、くすくすと嘲笑うようにも見えた。
今日は唐揚げ、昨日はトンカツ。一昨日はコロッケ…と、彼女は毎日揚げ物しか作らない。そして毎回、決まったように言う『好きでしたよね』。
……それがいくら気に食わなくても、腹は減る。
私は無言でベッドに座り直し、皿を受け取った。
彼女は笑顔で、そんな私の隣に座る。
「…いただきます」
「どうぞ〜」
きつね色の唐揚げにかぶりついた。
パリッ、といい音を立てて衣が砕け…中から肉汁が出てくる。うまい。
油の匂いがする。何か、懐かしい感覚だった。
昼休みの教室。中学の頃、私は窓際の席で…後輩と机をくっつけて弁当を食べていた。
「えへへえ。せんぱい、おいしいですかあ?」
私は当時、丁度食べ盛りの時期で…常に腹が減っていた。 弁当だって足りなくて…
…それを部活の後輩に軽く相談したら、毎日弁当のおかずを作ってきてくれるようになった。
「せんぱいって、揚げ物すきなんですかぁ?」
「ああ。お前がくれる唐揚げが、一番好きだ」
からかうように笑っていた彼女は、少し驚いたあと… また心底嬉しそうに微笑んだ。
陽だまりのように暖かい、過去の記憶。
……その瞬間、喉の奥がひどく狭くなった。
あ、と思った時にはもう遅かった。
身体の奥からぞわぞわとした感覚が押し上がってくる。 歪む視界の中、重たい身体を引き摺り…手探りで、やっとの思いで洗面所までたどり着いて…
喉が焼ける。視界が滲む。
「あれぇ。吐いちゃいました?
…大丈夫ですかぁ?」
背中をさする手は、あの時と同じ温度だった。
コップに入った水も手渡され、それをどうにか喉に流し込む。イガイガした痛みに耐え、私は思わず前を向く。
洗面所の鏡は割れていた。
…この部屋の鏡は、どれももう残っていない。
「あはは ひどい顔ですよお」
ガラスの破片に映っているのは、私だけだ。
もしあの時、私が呼ばなければ。
帰り道、彼女はコンビニ袋を揺らして笑っていた。
「ねえ せんぱい。
明日は…何、食べたいですかあ?」
何も変わらない、幸せな日だった。でも、私は…
「なんでもいいぞ。また明日」とだけ答え、いつもの交差点で、私だけ先に歩きだした。
ふと、何か忘れたような気がして。
「あ、ちょっと待って」
無意識に名前を呼ぶ。彼女は嬉しそうに振り向いた。
…その瞬間。
ブレーキの音と、破裂するような衝撃音。
ガソリン。油の匂い。
彼女はもう、そこにはいなかった。
「あはは。せんぱいは、悪くないですよお」
浅い呼吸を繰り返す私に、彼女はハグをした。
あの時は同じくらいの背だったはずなのに、私だけが随分と大きくなってしまった。
「大丈夫、だいじょうぶ。
わたしは、ずっとここにいますからねえ。」
壊れて止まってしまったままの精神、時計、部屋。
そんな場所で、幻覚とも幽霊ともつかぬ彼女に、またあの甘ったるい声で赦され続けている。 赦されたかった私が見た、まるで都合のいい白昼夢だ。
其れは、ただの現実逃避だった。
君は今
授業中。頬杖をつき、毎日窓の外を眺めている君。
君は今、何を見ているんだろう。
そんな小さな疑問が、何故か無性に気になった。
どこか憂いを帯びた目に、外から何か銀色の小さな光が反射して…星のようにきらきらと瞬く。それが綺麗だった。
青い空を見ているのか、黒い鳥を見ているのか、それともどこか、ずっと遠くの街か…考えれば考えるほど知りたくなる。
その子は、話したことのないクラスメイト。声も聞いたことがない。
いつも一人で… 僕が言えたことではないが、仲のいい友人もいないようだし…噂で、変人だとも聞いたことがある。僕は、挨拶すらしたことがなかった。でも。折角の機会だと、勇気を出して…
「何を、見てたの」
授業が終わった放課後、初めて話しかけた。
「…気になるかい?」
君は、視線を窓から外さずにそう言う。思っていたよりハスキーな、落ち着いた声だった。そして…
「おいでよ」
…気がついたら、椅子を引く音一つせず、君は僕の隣に立っていた。
君に連れられて、人がいない、暗い階段を登る。
古い鉄製のドアの錆びたドアノブを回すと、そこは夕暮れに染まった屋上だった。
息が止まりそうなくらい美しい。
「ふふ… 綺麗だろう」
欄干に凭れ、満足そうにする君に、少し聞いてみる。
「じゃあ…今までずっと、空を見てたってこと?」
「…君はそう思うのかい?」
そう曖昧に返されて、ふいに目が合う。君の瞳は吸い込まれそうな黒で、表情は微笑んでいた。
いつも後ろ姿しか見えなかったもんで、向き合ったのは初めてだった…けど、ほんとうに綺麗な顔だ。
「ぼくはね、アレをいつも見てるんだよ」
僕が見蕩れているうちに彼はまた視線を空に戻して、上空を指さした。白く細い指の、ずうっと先には…
銀色の円盤があった。
夕焼け空に雲だけが流れているのに、異様なソレだけは止まっているみたい。
…世間でよく言われるUFOそのものだ。クルクルと小さく回りながら、僕らの遥か上空を舞っている。夕日の光を反射しては、星のようにキラキラ輝いて……あまりの現実味が無さに、少し笑えてきた。
「皆には、内緒にしてくれるかい?」
「あんまり多く知られたら、仲間たちが怒るんだ」
人差し指を口元に添える仕草と共に…また妖しく、微笑みながら僕にそう囁く。
僕が素直にこくり、と頷くと、君はふふっと笑った。
………
それから、2人きりの屋上で君と話した。
飛行体のこととか、聞きたいことは山ほどあったけれど…… あえてすきな食べ物とか、そんな日常の話ばかりした。それは僕にとって、今までの人生で一番よく笑って…帰るのがが惜しいくらい、楽しい時間だった。
「ああ、楽しかった。…ぼくさ、明日には帰るんだ。
最後に友達ができて、良かった」
そう云う君は、ちょっぴり寂しそうにみえて、沈みゆく夕日がよく似合ってた。
そこからどうやって帰ったのかは、よく覚えていない。
次の日学校に行くと、前の席には誰も居なかった。
休みだとか、転校したとかでもなく、ただ、誰も彼の存在を覚えていなかったのだ。
僕は机や靴箱…あらゆる場所から君の痕跡を探す。
同級生に聞いても、先生に聞いても、それでも誰も君のことは覚えていなかった。僕の白昼夢だったのか、それとも君がただ空に帰ってしまっただけなのか。たった数時間の思い出が、君の声が頭から離れてくれなくて、あれからずっと君を探している。
授業中。頬杖をつき、毎日窓の外を眺めている僕。
君は今、何を見ているんだろう。