毛布

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4/30/2026, 11:37:41 PM

人をも神にするといへば、 あの禁制も道理だが、いかほど神の數が増したとて、全能の御光が減るわけでもあるまいに、 さりとは御心の狹いにも程がある。

人の一命を木の實の一片にかへるといふやうなことは、大慈大悲の聞えある大神の御意ではなからう。善を知るのが惡いか、惡を知るのが惡いか?善を知れば善を行ひやすく、 惡を知れば惡を避けるのに都合がよい。能く善を知り、能く惡を知る者は、やがて神となるであらう。

二人は楽園を追われたわけではなく、生活する世界の方は変わらなかった。
手にした「智慧の木の実」は善悪の知恵、それで何か悪さをしたわけでもない。



追加)
イブなんか、「いかにも私逹の周圍にはいつも惡魔が付纒つてゐるに相違はないけれども、 ならば、何の樂しみもない私逹の身の上、此處を樂園といふのは名ばかりで、 地獄とちがつた所は少しもなく、自然大神の御稜威《みいづ》にもかゝはる道理。 よしんばどのやうな惡魔が窺つてゐようと、我が心さへ動かなかつたら、何も怖れることはない。 誘惑の試金石に逢はなかつたら、道念の堅さも誇るには足らない。萬物の靈と生れて來ながら、 惡魔の聲に聞きおぢするのは、却つて大威力を疑ふことになるであらう。」とまで言っていて、その漢ぶりに惚れそう。

4/29/2026, 11:32:15 PM

風に乗って、といえば皆さんご存じ「風船爆弾」ですよね。

これは、気球に爆弾を搭載して、偏西風に乗せてアメリカ本土ヲ爆撃セシメン、という戦略で、陸軍登戸研究所で開発され、大本営陸軍部直属の気球連隊によって運営されたらしい。

1944年に帝国海軍がマリアナ沖海戦で大敗してしまい、米軍との兵力差を解決すべく特殊兵器の開発が急務とされます。そこから始まったのが風船爆弾(ふ号兵器)の開発でした。

しかもこの気球、丈夫な楮(コウゾ)製の和紙に蒟蒻糊を塗布して水素を注入したもの。この開発は極秘機密とされ、関与した和紙職人や蒟蒻職人の家庭が荒れるほどだったとか。実際に製作したのは、学徒動員された女子学生や景気が悪くなった芸者さんたちとかで、各地の蒟蒻製造業者が「蒟蒻統制組合挺身隊」として徴用(!)され技術指導したらしい。これが1日12時間以上の長時間労働で、例のヒロポン配給もあったとか。

気球連隊は第一大隊(茨城県大津)、第二大隊(千葉県一宮)、第三大隊(福島県勿来)の編成で、この3か所から1944年11月3日より放球開始。1945年3月までに9300発が放球されたらしく、そのうちアメリカ本土に到達したのは1000発程度。あまり戦果はなかったものの、もちろん開発目的そのものも当初から心理的撹乱です。でも、原子力爆弾を開発していた基地の送電線に引っかかったりもして、工程が3日間遅れたんだそう。またアメリカ政府は、この風船爆弾による攻撃を徹底的に隠蔽したそう。

そんな風船爆弾ですら、材料不足から1945年3月に製造中止になります。

いやいや、核兵器なんか開発してたアメリカが、歴史上で唯一本土爆撃を許したのが、女学生や芸者さんたちが和紙に蒟蒻ノリぬって作った風船(ふ号兵器)だった。これは近代戦の歴史に残すべき快挙ですよ。ラスボスをセコい技でハメる感がある。

敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部は日本の航空機の実験、開発を禁止しますが、そこにはわざわざ気球も含まれていて、1948年に日劇がアドバルーンを上げたときなんか、慌ててGHQが2日間で中止にしたらしいですよ。トラウマですね?

「風船だから『ふ号兵器』でありますっ、製作には芸者衆を動員いたしますっ」「貴様、ふざけておるのかっ」「新橋の玉奴も、最近大佐もお見限りだし、東京もそろそろ危ないんじゃ、どっかで風船ぐらい作ります、と言っておりました」「採用っ」みたいなことやってた人たち、御炯眼でした。

4/28/2026, 11:45:57 AM

刹那って、漢字を見ても意味が分からないから由来をwikiで調べてみたんですけど、そしたらどうやらこれはサンスクリットのkṣaṇa (क्षणなんだけど、たぶんきちんと表示されない)を漢語に音写したものらしい。

そうなんですよ、刹那はkṣaṇa、クシャナ殿下なんですよ。

おぞましきもの、自分大丈夫ですっ、見たいです〜
早すぎたんだ、とかも言ってください、言われたいです〜

ちなみに刹那の対義語は劫(kalpa कल्प)で、欧米語ではaeonらしい。(お客さま感謝デー、最高)

(あ、そうだ、永遠はたぶん刹那のうちにしか見られないです。)

4/27/2026, 10:02:11 PM

とても嫌いな言葉なので、ここではっきりと。

そもそも「生きる意味」なんてのは、ヒトの一部がこういうことを言い出しただけで、それ以外の99.999999%の生命はそんなもんなしで生きています。「生きる意味」がなければ生きていけない、なんて言ったら、この99.999999%の生命が死ななきゃいけなくなる、それはおかしいし、傲慢でしょう?
どの生命もそれなりに厳しい環境でしっかり生きていて、それでいいし、それだけですごく立派です。
「生きる意味」なんてなくても生きている、それが自然なんです。

そこから困った勘違いが5つ。

「生きる意味」なんてのはオプションなのに、それがないといけない、みたいに勘違いし始めるのがいる。どこで覚えたのか知らないけど、宴会の後はシメにラーメン、コース料理の後はデザートみたいなもので、あったら食べればいいけど、普通はそんなものはない、意識すらしない、そんなもの食っても別に自慢にもならないものです。
さらに勘違いするだけではなく、これを騙り始めるのがいるのも迷惑で、部活の先輩、職場の同僚から自己啓発本まで、「生きる意味」を持ち出して、お手軽にイキったりマウント取ったりしてくる。そんな薄っぺらいのは、そのうち飲み屋のおっさんたちの愚痴になっていくだけなので、気にしなくていいです。

そして、「生きる意味」は、探して求めるものではない。その「意味」は現実を生きていて生まれてくる価値です。
総理大臣になってみたい→なったけど上手くいかない→仕事したくない嫌だ、みたいなのではなくて、練習してホームラン打ちまくれるようになってきたらGOATと呼ばれるようになってた、みたいに現実と取り組むことで育つのが本物です。(=出来合いのモデル(表象)に自己を当てはめてその模倣物になることではない。)

それから、たとえばネコを飼っていて、ネコ用にペット可の日当たりのいい物件を選んで、お外が見える出窓にホットカーペットも敷いて、ヒマがあれば遊んであげて、食事もサカナとか鶏肉とか工夫してるのに、肝心のネコが「生きている意味が見つからない」とか言い出して暗い顔してたら、流石にムカついて「知らんがな」と言いたくなるじゃないですか。
ネコはそういうことは言わない。意味が見つからないとかは、あなたの個人的な不満であって、不幸とは別物です。そこが割り切れないなら、ネコ以下です。

それなのに、自分の「生きる意味」を振り回して周囲の生を消費する奴も多い。そいつの「生きる意味」のために、周囲を犠牲にしている。酷い奴は、ご立派な「生きる意味」のためならそれが当たり前だと思ってる。吐き気がしますね。

あとは、「生きる意味が見つからない」を、自死の正当化に使うヒトもいるんだけど、あの〜それとこれとは話が全然別です。ラーメン屋が定休日だったから大切な宴会に行くのをやめた、みたいな信じられない勘違いです。
お願いですから、「生きる意味」とかに転嫁してないで、しっかり「鬱」と向き合って診療を受けてみてください。

[まとめ]
生きる意味なんて、ナシでも生きている、意識すらしないのが生命にとっては自然なデフォルトです。
まずは現実をきちんと生きなければ始まりません。本来は生きていくのに価値(他者の座標軸)はいらない。それでいいんだし、それであなたが不満でも、それは決して不幸ではない。むしろ、きちんと生きられたならそれで十分に立派ですよ。

4/25/2026, 9:45:57 PM


かなり昔から流れ星はむしろ政治とか人命の象徴らしくて、人によっては、流れ星なんて短い時間でも大量に出現するのに、いちいち為政者とか人命に対応するわけがないだろう、みたいなことも言ってるんだけど、でもどうやらカトリックの世界では「流れ星は霊魂で、天国に行けない魂は煉獄にとどまってその罪を償い、流れ星を見たひとが祈りを捧げてくれることで救われる。それは流れ星が消えるまでにrequiescat in pace (R.I.P.)を3回唱える」だったらしい。これが「流れ星に願いを」になったのは、実は19世紀とのこと。日本では地域によって決まった言葉を3回唱えてたりして、たとえば「千両拾った」とか「読み書き算盤」だったり。

あの“When you wish upon a star”はディズニー映画の主題曲で1940年。ここからアメリカがどうしてこうなってしまったのか、星は堕ちるものなんですね。 (ドヤ

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