明日世界が終わるなら、って、いろいろ面白いですよね。
まず、みんなはこの滅亡を知っているのかどうか。
全員が知っていたら、世の中は治安なんかなくなってヂゴクになるので、この場合には大切な人たちと確実に安全な場所に籠城する、の一択になります。
もしもみんなが知らないのであれば、そこで教えてあげるのかどうか。
でも、教えてあげてもおそらく信じてもらえませんよ。信じてもらえたとしても、職場をサボって一緒に逃避行したり、後先考えずにグルメ三昧まではしてくれないでしょう。
ならば教えてあげずに、自分だけが優しくしてあげるのだとしても、やっぱりこいつなんかおかしくなったと思われるだけです。
それからこれが一番重要ですが、世界は明日終わる予定だったのに、しれっとキャンセルされたりしないのか。
欲望にまかせて非道な所業をしまくったのに、仕事を放棄して行きたかったあの場所に来てしまったのに、数万円単位のメシを食べまくってしまったのに、好きだったヒトに後悔なく告白して玉砕までしたのに、知人に電話をかけまくって「世界は明日で終わるんだぞ」とか警告してしまったのに、家族や友人にガラにもなく「今までありがとうな」とか「あの時言えなかったけど、ごめんな」なんて言ってしまったのに....
そこで世界の滅亡がキャンセルされて、明日からもこの日常が続くことになったら、
うああ、それこそ全てが終わっています。
もう目も当てられない。怖い。
いずれにしてもこんなことにならないよう、大切なことは日頃から、無理なく小出しに充足しておくことが重要なんだと思いました。
「逢う(ふ)」って、会うなんだけど、思いがけなく遭遇するニュアンスが強いみたいで、良いことにも悪いことにも使えるよう。逢瀬は良い方の使い方、「おうまが時」は「逢魔時」で悪いことで使われてるけど、これの別表記は「大禍時」らしくて、アフマガではなくオオマガなのはどうしてなんだろう。
「逢」をムカフルと使う時もあって、これは迎合する。「君の悪を逢ふる」は、あなたの悪を見てしまったわけではなくて「主君の悪におもねる」。
あとは、「逢逢」と重ねてホウホウと読んで、これは鼓の音の擬音語ポンポン、と、雲がむくむくと湧きあがる様子。
視界の片隅で見かけた、ではなく強く意識化されたとか印象が強かったような、そこからいくつもの夜を語り明かしてしまうような時に使うんでしょうかね。
(しかし、メロディを外して言葉だけにしたら、はちきれるほどの自分の夢をマイドリームとかいいながら何晩も語り明かす男って、かなり身勝手で迷惑なやつですけど。)
耳を澄ますこと
つまり聴くことは、よく「愛する」と表現されることの基本形なんだと思います。
あわせて「観る」とも表現されますが、たぶんここから始まる。
優しさだけで、きっと人は生きていけるはず。
それは簡単で、自分に必要なことと相手に必要なことをして、そしてみんなにとって無駄なことを処理して、みんながうまく行くようなことを少しずつやればいい。
でも人は集団になると、生存と維持に必要な条件が満たされるだけでは満足せず、そこから利益が自分に集中するように、さらには労力の方もサボって他人に回したりする。すると結局組織が腐敗するだけでなく、後者は御家庭のトイレットペーパーの交換やゴミ出しレベルから、日々いざこざや不満を生んでるわけで、これが国家レベルにもなると労力のタダ乗りが最終的に社会が維持できない状況になってしまって、代表的な国家はいずれもそのシステムを放棄した。
だからヒトは、最低限の安定した利益を保証せずに労力のタダ乗りを排除する、つまり利益勾配で働かせる社会にしてしまった。
これが最良のシステムだとかいうんだけど、利益を集中させたい人たちは、価値を生み出さずにその配分を操作するだけになっていくので、資源も無駄に集中してしまうし、この人たちはつまり労力をサボる人たちとも重複していくので、結局はやっぱり寄生態が正当化されただけで、社会の維持なんかますます配慮されない。
優しさだけでは、私たちは存続できなかった。
自分にだけ優しく、なるべく楽して、たらふく食べて、つまりは自分だけ上手くやりたい、実はこれが真の問題点だったわけで、これがたぶんヒトという種の限界。
これからは、知的な職業も人件費のいらない人工知能にどんどん淘汰されるのかな。
すると、価値の配分を操作するだけの人と、その人の生活を維持するための要員ばかりになっていく。
そこで価値を生み出すことで生きていく人たちは、幸いなるかな。
文章によるカラフルな作品って、何かご存じですか?
例えば一つの色、空の色や海の色、森の色、花の色や食べ物の色を、印象的に伝えてくる作品はあるし、川端康成なんかまさに神がかった言葉の技でとても美しいのですが、いくつもの色を一度に効果的に描いているってのは知らないんですよね。
映像作品の『パプリカ』みたいな世界は、言葉では難しいんじゃないですかね。
追加)
(ありました、天守物語の冒頭の場面ぐらいすかね)