命なんてちっぽけなものだ。
簡単に奪われてしまうし、本人に本当にその気があるのなら自分自身でなくすこともできる。
本人の手によってなくせるかは置いておいて、それは人間に限ったことではない。
その他の動物、植物にだって命はある。
ひとつひとつの命は小さいものだけれど、その小さな命が沢山集まってこの世界は出来ている。
1日に沢山の小さな命が誕生し、沢山の小さな命が失われていく。
そうしてこの世界は回っている。
広い目で見ればその通りだった。
学者の私は、そんな自然の摂理を疑った事などなかった。
でも今日、始めてそのことに疑問を持った。
最愛の妻を失ったのだ。
もう動くことはない冷たくなった身体。
私は絶望した。
色あせていく世界。
全てもどうでもよくなった。
仕事なんてまともに出来ないし、食事や睡眠だってままならないのだ。
世界にとって小さな命でも、私にとって大きな命だった。
他の人でも同じなのだろう。
他人からみたら小さな命でも、本人の周りの人は大きな命と捉えるのだ。
だから、自分勝手な理由で奪ってはいけないし、日々を大事にしなければならない。
失ってからでは遅いという事を、私は失ってから知った。
小さな命の大きな存在を。
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『小さな命』
今日は付き合って4年目の記念日になる、はずだった。
1週間前に彼は交通事故で帰らぬ人となった。
「ばーか、なんで置いてったんだよ」
「しかも最後の言葉がごめんって」
そんなこと呟いても何も変わらないが。
「おねーさん!」
「?、誰ですかあなた」
ある男性が話しかけてきた。
彼と同じくらいの歳だろうか。
「いいから、ちょっとだけ窓の外見てて!」
私が今いるのは、彼が生前4周年のディナーとして予約しておいてくれたレストランだ。
「外?」
たまたま窓際の席だから他の人を気にする事はないが。
「何があるっていうのよ」
「、、!」
花火が上がった。
L・O・V・E・Y・O・U
1文字ずつ繋げると、、
「Love you、、」
「、、君の彼氏から」
「本当は指輪を渡そうとしてたんだけどね」
「、、、」
窓際の席なのも、そういう事か。
ほんとバカだよ。
私だって、プロポーズされたりしないかなぁなんて、ちょっと期待してたんだから。
直接聞きたかったな。
私も愛してるよ。
彼からの最後の言葉は、、
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『Love you』
僕は母親をずっと探していた。
5年前、僕が中学2年生の頃行方不明になった。
母の特徴は長い髪と少し低めの身長に控えめな猫背、そしてあの太陽のような笑顔だ。
母の笑顔は優しくて明るくて、本当に太陽のようだった。
僕が落ち込んでいた時も、あの笑顔を見ると自然と笑顔になることが出来た。
僕は今まであの人以上に素敵な笑顔を見たことがない。
今でも母が大好きだ。
だからもう一度会いたくて、あの顔で笑いかけて欲しくて探し続けた。
そして見つけた。
でも、やっとの思いで探し出した頃には太陽は既に沈んでしまっていた。
随分小さくなってしまったその体を僕は泣きながら抱きしめた。
今までの感謝と寂しさ、僕を置いていってしまったことに対する少しの恨みを込めて。
僕はもう二度と、あの太陽のような笑顔を見ることは出来ない。
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『太陽のような』
私が目を開けると、3人の人がこちらを覗き込んでいた。
そのうちの1人がまず口を開いた。
「初めまして、気分はどうかな?」
「?、、初めまして、特に異常はないかと思われます」
「そうかい」
何故だろう。
私が答えた時、奥にいる男女2人が残念そうな顔をした。
異常がないのは良いことではないのか?
「君はアンドロイド、つまり人型のロボットだ」
「私のことは君をつくったマスターだと思ってくれ」
「はい、マスター」
「言語については日本語が既にプログラムされているが、それ以外に関してはほとんど何もしていない」
「これから少しずつ色々なことを経験して、知識などを増やしていってくれ」
「わかりました」
「この2人が君の面倒を見てくれる」
「慣れないこともあるだろうが、彼らに教えて貰いながら頑張ってくれ」
奥にいた2人が私に声をかける。
「初めまして、これからよろしくね」
「よろしくお願いします」
「はは、敬語じゃなくていいよ」
「僕たちは君を子供だと思って接するから、君も僕たちを親だと思って接してくれると嬉しい」
先に挨拶した女性も男性の言葉にうんうんと頷いている。
「わかりました、、じゃなくて、わかった!」
私の言葉を聞いて2人は優しく微笑んだ。
そしてマスターが最後に
「それじゃあ月に一度だけは定期的に来てくれ」
「元気でな、あんまり迷惑をかけすぎるなよ」
と言ったのを聞いて、ベットから起き上がって着替え、荷物を既に持ってくれていた2人と部屋を出た。
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その“アンドロイド”は知る由もなかったが、同じ頃隣の部屋には20歳くらいであろう少年が1人椅子に座っていた。
彼といる隣の部屋には会話やドアの開閉音がはっきりと聞こえた。
「君はアンドロイドなんかじゃないのにね、、」
「あと何回繰り返せば、こんな日を迎えなくてよくなるんだろう」
少し間を置いて少年が呟く。
「僕は何十回、何百回だって君を振り向かせるから」
「また、0からのスタートだ」
彼には、4年前に記憶が1年おきにリセットされてしまう難病を患った恋人がいた。
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『0からの』
「となり、いい?」
自分でも何故声をかけたのか分からない。
でも、公園で見かけたその子は酷く辛く今にも泣きそうな顔をしていたので何となく放っておけなかったのだろう。
その子は特に何も返してこなかったが、特別嫌な顔はされなかったし自分の隣に人1人分座れるスペースを空けてくれたので遠慮なく座った。
特に何を話すわけでもなく時間は過ぎた。
ただ一言だけ、
「親が離婚しちゃったんだ」
とその子が言ったっきり。
次の日も、その次の日もその子はそこにいた。
毎回僕が来る度に1人分空けてくれる。
僕がそこに座る。
ただそれだけだった。
会話はない。
何日か経ったある日、その子が急に口を開いた。
「、、可哀想だと思ってる?同情してる?」
「うーん、いや別に?」
「君の気持ちは君にしか理解出来ないから、可哀想だなんて軽々しく思えないかな」
「!、そう、、」
僕の言葉にかなり驚いた様子を見せた。
続けてポツリポツリ少しづつだけど確かに言葉を発する。
「周りの友達や大人がね、私のこと可哀想って」
「そう言って気を使って優しくしてくれるの」
「でも、それが辛いんだ」
僕は黙ってその子の話を聞く。
「お父さんとお母さん、親がちゃんと2人ともいてっていうのが1番幸せかなんてきっとその人によって変わるのに」
「少なくとも私はね、今の方がお母さんも前より心から笑ってて幸せなの」
「それにさ、同情って残酷だとも思わない?」
「それって結局、他人が幸せかどうかを勝手に自分のものさしでで判断して決めて、それを相手に押しつけてるんだよ」
そこでその子は言葉を一度切った。
そして少し躊躇った後に、僕にこう尋ねた。
「君はさ、私のこと可哀想って思ってないなら、同情してる訳じゃないなら、どうしていつも隣に座ってくるの?」
「特に理由なんてないよ」
「だだ、、君は僕が来るといつもちょっとだけホッとしたような顔するからさ」
「それだけだよ」
「!」
その子はだいぶ驚いた顔をしていた。
その様子を見て僕は続ける。
「君が言うように同情っていう行為が押し付けがましいのよくわかる」
「だし、相手には悪気がないのも難しいよね。」
「だからね、同情っていうより寄り添うってことが大事なのかなと思って」
「僕は君に可哀想な子ってレッテルを押し付けるんじゃなくて、君の苦しみに寄り添いたい」
「、、ありがとう」
その子は少しだけ顔を伏せて言った。
最初は変なこと言っちゃった!?た思ったけど、どうやら違うらしい。
髪から覗く耳が少し赤くなっていた。
「全然いいよ!」
再びその子が口を開こうとする。
「あのさ、あ、えっと、、」
何かを言おうか言わないか迷っていたようだか、、決めたようだ。
「もし君が悲しかったり苦しかったりする時は、私が君の心に寄り添いたい!、、です」
ほんのり心が温まっていくような気がした。
でも、きっとそれだけじゃない。
「うん、ありがとう」
僕たちは打ち解け合うと同時に、
お互い恋心を抱いてしまったらしい。
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『同情』