英単語の意味を考えるよりも早く、あの歌の記憶が蘇ってくる。
改めてちゃんと調べてみたら、「感傷旅行」。
なるほど確かに、センチメンタルなジャーニーか。
失恋とか、試験に落ちたとか、そんな時に一人旅とかしたら、まさにセンチメンタル・ジャーニーか。
あのメロディからは想像も出来ない言葉だな。
知らない人もたくさんいるのかな。
ヒロミの奥さんが16歳の頃だもんな。
自分はもっと若かった。
アイドルの彼女達に憧れながら、ブラウン管テレビの前で家族団欒の時間を過ごしてた。
スマホやタブレットなんか無くて、XやYouTubeも無くて、サブスクやプレステなんかも無かった時代。
だからこそ、家族が同じ場所で同じ娯楽を楽しんでいた。
家族が、もっと近くにいた…ような気がする。
いろんなことを話せたような気がする。
一緒にいる時間が長かったから。
あの頃は…イイ時代だったんじゃないだろうか。
アイドル全盛期。
昭和の温かさがそこにあった。
そんな、過去への感傷旅行。
Ryuはもう、55だから。
何かに誘われて
あなたに攫われて
センチメンタル・ジャーニー
君と見上げる月は青く…🌚、いつも不安を感じさせた。
満月の夜には青い真ん丸。
青ざめたニコちゃんマークのような月。
何か不吉な、良からぬことが起きそうな雰囲気のブルームーン。
陰と陽。
陽の光を浴びている時間には起きぬことが、青い満月のもとでは当たり前になる。
君は妖艶な女性へと変化を遂げ、知り尽くした瞳で僕を誘う。
夜空を逃げ惑う流れ星のように、未明の空に尾を引いて、人知れず深い海の底に落ちた。
ポチャン。
軽い水音。
青いニコちゃんマークはその名の通り笑っている。
沈み、浮かび、溶けて、削られ、いつしか君と見上げる月は…🌙、黄色い三日月へと変貌した。
手の届く天体ショー。
不気味なブルームーンから、和やかなイエロームーンへ。
塗り潰されてゆく、ニコちゃんマーク。
君はどっちが好き?
問いかける僕に、無邪気な笑顔で君は答える。
「あなたと見る月が好き」
僕の顔は赤く染まり、真ん丸のレッドムーンとなる。
まるで停止信号のように、青から黄色へ、そして赤へ。
不吉な夜は終わりを告げて、情熱的なものへと姿を変えた。
前を向いて歩き出したけど、心の中の空白を埋めるには、それなりの時間がかかりそうだ。
君一人分の空白。
今まで、君のことで占められていた心のスペース。
お別れして、ポッカリ穴が空いてしまった。
SNSとかYouTubeを楽しんでみた。
でも、SNSには君とやり取りしたメッセージが、YouTubeには君が好きだったYouTuberの動画がやたらとオススメに出てきて、ポッカリスペースはまるで埋められそうにない。
一人ドライブして、一人飯食って、一人映画館。
助手席や向かいの席や隣のシートに、君一人分の空白があって、そこに君の姿が時折うっすらと映し出される。
あの笑顔。
大好きだったあの笑顔。
幸せな恋をしてたんだなって、今さらながらに思う。
恋人に対するのと同じ熱量で打ち込める何かがあれば、きっともう少し違ったのだろう。
だけど、そんなものを持たない僕にとって、君一人分のスペースを埋める方法はただひとつだと気付いた。
新しいパートナーだ。
早すぎるとか、余韻はないのかとか、そんなもんには耳を貸さない。
僕は僕の幸せのために動く。
幸せを妨げる君の笑顔を消すために。
人生に空白なんか無くていい。
日々を幸せに生きよう。
幸せになるために行動して、幸せになるために自由でいよう。
僕は僕のために生きてるんだから。
台風は過ぎ去ったが、雨は降り続けていた。
早朝の交差点の真ん中に、銀色のUFOが墜落している。
交差点の角にあるお宅の息子さんが発見した。
父親に伝え、母親と三人で近付いてみる。
UFOは斜めに傾き、今にも爆発しそうに煙を上げていた。
雨が降り続けているのに消えない。
「おいこれ、入口はどこにあるんだ?」
「お父さん、あんまり近付いちゃダメですよ」
「中に誰かいるのかな?叩いてみる?」
キャンプ用の小さめなテントくらいの大きさだ。
三人も乗れば定員オーバーだろう。
UFOの周りをグルグル回って入り口を探すが見当たらない。
「無人探査機なのかな?どこかに母艦があってさ、そこからリモートで飛ばしてるとか」
「台風でコントロールをミスって墜落した?でもそれなら、そろそろ回収に来ても良さそうだけど」
「ところでさ、なんかさっきから地面がジャリジャリしてない?台風が砂でも運んだのかな?」
臨時ニュースが流れる。
すでにNASAでは、このUFOに乗った地球外生命体とコンタクトを取っていたという。
ところが、通信中に日本上空で台風に遭遇し、メーデーを残して通信が途絶えたと。
また、NASAの情報によれば、日本上空で嵐に巻き込まれたのは、異星人の乗った巨大母艦だったとのこと。
「ほらな、やっぱりどこかに母艦があるんだよ。これは偵察機だ」
「だけど、相変わらずほったらかしだね。母艦はどこにあるんだろう?」
しばらくして、警察やマスコミが到着し、辺りは騒然となった。
第一発見者の家族も、インタビューを受け、一躍時の人となる。
雨は上がり、台風一過の日差しが道路に反射していた。
キラキラと、地面に散らばった、たくさんの銀色破片。
嵐に巻き込まれ、不時着した星で、機体は煙を上げ、一刻も早く脱出する必要があった。
運良く宇宙船の出口が地面に接していたので、巨大母艦に乗ったたくさんの異星人が一斉に船外へと脱出する。
そしてそこで、信じられないほど巨大な三体の巨人を見たのだ。
逃げ惑い、踏み潰され、生き残った者も、その後に現れた大勢の巨人に踏み潰された。
薄れゆく意識の中で、異星人の一人は、腕に巻いたガジェットで故郷の星にメッセージを送信した。
「大虐殺の星に到着した。全滅。侵略作戦は失敗だ」
思い出の公園で、ひとりきり。
深夜のこの時間には、僕以外誰もいない。
ポツンと灯る街灯の下で、ベンチに座り音楽を聴いている。
君が僕のもとを去って半月。
今さら、何がいけなかったのかなんて、考えたところで答えは出ない。
このベンチに座り、告白をした。
あの日、わざわざこの公園まで呼び出して、ド緊張しながら隣に座ってもらって、なかなか言葉を発せずに気まずい間が流れた。
あの時点で君は、告白されるのだと気付いていただろう。
その言葉を待つ間、どんな思いでここに座っていたのか。
ほんの少しでも、幸せが訪れたと感じてくれただろうか。
そしてその幸せがいずれ、終わってしまうことも。
今は、ひとりきり。
あの日の自分と、今の自分。
同じ場所にいるのに、まったく心の中の情景が違う。
幸せを手に入れようと奮起していた自分と、幸せを見失って途方に暮れている自分。
大きな喪失感。
だけど、心のどこかで、ひとつの物語が終わって、新しい始まりを迎えるような、少しだけ自分を鼓舞する気持ちが生まれていることも事実だ。
あの日、このベンチで奮い起こした勇気を思い出して、もう一度立ち上がってみよう。
今はひとりきりでも、僕にだって未来がある。
その未来は、きっとひとりきりじゃない、誰かと一緒に築いていけると信じている。
耳に届く音楽が、優しいバラードから大好きな応援歌に変わったと同時に、僕は歩き出した。
誰もいない夜の公園を、いくつかの思い出に浸りながら歩き、出入り口のところで、立ち止まり振り返る。
「楽しかったよね。そんな時間を、ありがとう」
誰に言うともなく、素直な思いが零れ落ちた。
終りがあるから始まりを迎えられる。
その始まりは、心躍るほど喜びに溢れるものかもしれない。
今はそう信じて、思い出の公園をあとにした。