昼過ぎから雨。
憂鬱がさらに増す。
バイトの面接を終えて、店を出る。
感触は良くない。
これで6店目。
ここもダメだったら、もうメンタルが折れそうな気がしてる。
とゆーか、今日面接した店長に言われた言葉、
「その年なら、バイトなんかより正社員目指した方がいいんじゃないの?」
にやられた。
正論すぎて。
駅前で彼女と待ち合わせ。
そのまま商店街を歩いて、馴染みの喫茶店に入る。
コーヒーを注文して、
「で、話って何?」
神妙な顔の君に聞く。
「お父さんと喧嘩になっちゃって…まともな仕事も見つけられずにフラフラしてる男と付き合うなって」
予想通りの話だった。
「そっか。バイトと物書きじゃ食っていけないもんな」
「バイトだって決まってないんでしょ?作家になる夢は持ち続けるとしても、一度どこかに就職してみるつもりはないの?」
もう、何度も言われたセリフ。答えもいつも一緒だ。
「バイトは探してるよ。それに、今書いてる作品が完成すれば、きっと何かしらの足がかりになると思うんだ」
「ずっと完成しないじゃない」
「そんなことないよ。大切な作品だから、たくさん時間をかけて流れを考えてるだけ」
「私の人生についても、考えてくれたことある?」
「あるって。君との幸せな未来のために書いているとも言える」
「じゃあ、私もその作品の成功に賭けなきゃいけないの?」
「ギャンブルじゃない。信じて欲しいんだ。きっとうまくいくから」
根拠のないその言葉。俺はいつまで言い続けるんだろう。
君が店を出ていく。
雨の中、傘を差して。
雨と君、両方から責められているような、静かな抗議めいた雨音と君の背中だった。
カップにほんの少しだけ残ったコーヒーを見つめ、これからどうしようかと考える。
モノを書くなんて誰にだって出来ることなのに、なんで自分はこれで食っていけると思ったのだろう。
そんな夢物語で、いつまで俺は彼女を不安にさせ続けるんだろう。
彼女の父親は、きっと俺を認めてはくれない。
当たり前だ。バイトにすら雇ってもらえないような男なんだから。
「でも、就職だって簡単じゃないんだけどな」
残りのコーヒーを飲み干して、席を立った。
駅前を通りかかると、彼女がその入り口に立って、スマホを操作していた。
「どうしたの?もう帰ったかと思ってた」
「あ、うん…この辺にさ、本屋さんってあったっけ?」
「本屋さん?」
「うん、帰りの電車で読めるような本を買おうかと思って。スマホも飽きちゃってさ、たまには本もいいかなって」
「あるよ。案内するよ」
本屋に到着して、彼女は数冊の本を選んで購入した。
それは、普段俺が読んでいる作家のものばかりだった。
「今まで、あんまり読んでこなかったからさ。何買ったらいいか分かんなくて…それに、あなたがどんなものに憧れて夢を追っているのか、それを知ったら私の中でも少しは何かが変わるかなって思って」
「愛想尽かしたんじゃないの?」
「愛想は何度も尽かしたけど、それでもまだ歩み寄れるものがあるなら、試してみてもよくない?」
「だけど、親父さんだって許してくれないだろ?」
「お父さんはうるさいけど、結局は私が決めることだから。今度来た時には、あなたの作品も読ませてくれない?これ読んで、本読む感覚を取り戻しておくから」
喫茶店では見せなかった君の笑顔。
「イチ読者として、ダメ出しもバンバンするけどね。あ、それで加筆修正とかしたら、結果二人の合作になったりしない?」
駅に着く頃には、雨は上がっていた。
先ほど見た雨と君の姿とは対照的に、陽光に照らされた君を駅まで送り届ける。
「喫茶店を出て駅まで歩く間にいろいろ考えたんだ。私との幸せな未来のために書いてるって言ってくれたけど、嘘じゃないんだろうなって。その気持ちがあるなら、まだ捨てたもんじゃないなって」
「捨てる…俺を?」
「違うよ、夢をだよ。捨てるタイミングなんて決まってないけど、今じゃないとも思ってる。私がまるでサポートもしてないのに」
「なんか、君のサポートがなかったせいで俺は今までダメだった、みたいな物言いだね」
「違うの?あなたの執筆活動のサポートだよ?バイトの方は無理だけど」
「…うん。まあ、今までも君がいることがモチベだったけど、一緒に夢を目指してくれるなら、安心感ハンパないかも」
「でしょ。じゃあ、バイトの方も面接頑張って。そんなに時間は無いんだからね。…バイトすら続けられないほど忙しくなるかもしれないんだから」
「夢物語だよ」
「夢だから叶えるんだよ」
夢も彼女も失いたくない。
それなら、動き続けよう。
立ち止まらずに、前に進もう。
雨はいつか上がる。
晴れ間が覗いたそのチャンスを、決して逃さないように。
誰もいない教室、とか聞くと、「先輩、ずっと好きでした!」なんて告白のシチュエーションが生まれそうだけど、誰もいないんだから生まれようがない。
皆が帰った後の教室で、何人かが集まってひっそりとコックリさんを、なんてイメージもあるけど、誰もいないんだからやってるわけがない。
じゃあ、誰もいない教室で起こることって何だ?
心霊の類か?
でもさ、誰もいない場所に幽霊が出たところで、それを見て驚く人も怖がる人もいないんじゃ、怪談話も成り立たんよな。
こうなってくると、いつになく難しいお題のような気がしてきた。
お題を見た直後には、上に書いたようないろんなイメージが浮かんだんだが…。
あ、そーか。
自分達以外、誰もいない教室ってことにすればいいのか。
言葉の使い方としては間違っていない。
よしそれじゃ、早速書き始めようか。
まずはプロットを考えて、その後には実際の現場に下見に行ってみないと。
どこかの学校に放課後忍び込んで、誰もいない教室に行ってみよう。
もっとイメージが湧くかもしれない。
え?最近の学校ってそんなにセキュリティ厳しいの?
不審者の侵入が相次いだから?
あーそりゃ不審者は取り締まらないとね。
でもほら、誰もいない教室ならさ、生徒が襲われる心配もないわけじゃん。
だから大丈夫だよ。
まあ、行くなら女子校とかにしようぜ。
ジャージで帰る娘とかいて、制服が教室後ろのロッカーに…あ、いや、何でもない。
…ん?なんでこうなった?
あの信号が青に変わったら、スタートだ。
隣に並ぶアイツのマシンもなかなか速そうだけど、俺は絶対に負けやしない。
必ず勝利を手に入れてみせる。
これは、言うなれば「ゼロヨン」ってやつだ。
直線コースでゴールを競うドラッグレース。
俺は熟練したプロレーサーであり、このコースで負けたことはない。
まあ、ここは公道なんで、ホントはプロもアマもないんだが。
いいか、あの白線が途切れたところがゴールだ。
あそこまでぶっちぎれ。
その先は壁になっているが、日和るなよ。
ノンブレーキでゴールを越えろ。
俺の愛車が唸りだす。
俺の、はやる気持ちに同調するかのように。
左右の信号が黄色に変わる。スタートが近い。
俺は誰よりも速い。負けるものか。
歩行者用信号機が青に変わった。スタートだ。
俺達のベビーカーは、目の前に続く横断歩道というコースに向けて、一斉に走り出した。
あの娘が好きだった。
商店街の中華料理屋でバイトしてた。
お店に通ううちに思いは募り、もうこれは告白するしかないんじゃないか、というところまで気持ちが盛り上がった矢先、故郷の母親が倒れた。
一旦気持ちを静め、実家に帰ることにする。
母親は入院することになり、その準備や手続きで一週間滞在することになった。
諸々を終え、自分のアパートに戻り、早めの夕食にと、あの娘のいる中華料理屋へ。
果たして、彼女はバイトを辞めていた。
店主とモメて、飛び出すように出て行ったらしい。
そう説明する目の前の店主を殴ってやろうかと思うが、自分は彼女にとってそんなことの出来る存在じゃない。
いや、そもそも人を殴ってはいけない。
「店を出ていく前に、あの娘があんたに渡して欲しいって、この手紙を」
「えっ」
手紙を開く。
炒飯を食べながら。
そこには、言い出せなかった彼女からのメッセージが一行。
「あなたの背後にいる女性、祓ってもらった方がいいですよ」
え?そーゆーのが見える娘だったの?
てゆーか、ずっと俺の背後にそんな存在を見てたの?
俺が恋焦がれて見つめている時も?
てゆーか、背後の女性って誰?
いつの間に俺に取り憑いてるの?
俺は彼女一筋だったのに!
一週間振りに食べるその店の炒飯は美味かったが、恋心というスパイスが消えた分、何か物足りなさを感じてしまうのだった。
実家に帰ろっかなー。
職場のロッカー室。
何やら男女がモメている。
最近付き合い出したと噂の二人だ。
何にせよ、職場でモメんな。
二人には二人の世界があるんだろう。
周りが見えなくなるくらい、熱い想いを迸らせて。
自分達が、世界の中心にいるような錯覚。
でもね、勘違いしちゃいけない。
このロッカー室は、君達の恋をドラマティックにするための舞台じゃないんだよ。
僕達が、着替えたり荷物を置いたりする場所なんだ。
ここでモメられるとね、入っていきづらいじゃないか。
secret love.
人知れず恋をしよう。
二人でする恋は二人だけのもの。
それ以外の他人が入り込めない世界。
それ以外の他人を巻き込んではいけない世界。
ロッカー室は皆の共有スペース。
場所をわきまえて、楽しい恋愛をしてください。
…いや、マジで。