夏草や兵どもが夢の跡。
今の日本に、兵どもはいない。
兵どもが栄華を誇った時代は終わった。
その代わりに、大人達が、サラリーマンが、闘う。
いつの日か、この戦場も夏草で埋め尽くされるのかもしれない。
華やかなる文明を築き、優雅なる文化の果てに時の流れの残酷さを知る。
夏草は揺れ、人の姿は無く、遥かなる彼方で飛び立つ鳥の群れ。
いつか、この世界が終焉を迎える時、あの戦禍さえ懐かしく思える日が来るのだろうか。
草いきれの漂う昼下がり。
河原の土手を散歩する。
遠く、入道雲が道を塞ぎ、アスファルトはじりじりと熱に焼かれ。
無意味な空想が脳裏を通り過ぎていった。
兵どもが夢の跡。
ほら、ここにあるよ。
君の大切なプライド。
持って帰れば?
失くすわけにはいかないんでしょ?
もういくつか持ってる、って、ひとつでも欠けたら不安で仕方ないんでしょ。
知ってるよ。君の友達や彼女から聞いた。
いや別に、ディスってるわけじゃないでしょ。
なんでそんなに怒ってるの?
そうか、周りの人に不本意な噂を流されるのは、プライドが許さないんだね。
ここにあるのは、どんなプライドなの?
イジメられて自殺した弟を蔑まれたくないプライド?
ああ…それは持って帰りなよ。
どうしてって…大切なんでしょ?
君にとって、弟さんは揺るぎない誇りだったんだから。
そのプライドは守り続けて。
弟さんの分も。
ほら、ここにあるよ。
君の大切なプライド。
岡本太郎さんはね、
「たとえ、他人にバカにされようが、笑われようが、自分がほんとうに生きている手ごたえを持つことが、プライドなんだ」
そう言ってます。
もう生きられない弟さんの分も、君がしっかりとプライドを持って、そのプライドを打ち砕こうとする力と闘って。
その強さは、今ここにある。
君のハートの中に。
前回に引き続き、真っ暗闇の空間だった。
もう一歩だけ、前に出てください。
あなたの勇気を測定します。
とか言ってる。
待つのは奈落の底か、凶暴なワニか、それとも…。
人生を大きく飛躍させるために、思いっきり両足でジャンプした。
果たして、そこにあったのは、第三の刺客、犬の糞。
俺はその刺客の上に、見事なほどに着地する。
そう、素足のままで…。
もう一歩だけ、前に出てください。
あなたの勇気を測定します。
この真の暗闇の中で、あなたが一歩踏み出す先には、奈落の底が待っているかもしれません。
凶暴なワニが口を開けてあなたを飲み込もうとしてるかも。
もしかしたら、犬の糞を踏んでしまうくらいで済むかもしれませんね。
さあ、どうなるのかはやってみないことには。
もう一歩だけ、前に出てください。
何?新手のサギ?
なんで俺、こんなとこにいるの?
えーと、夕飯にココイチでカレー食って店を出たとこまでは覚えてる。
それから…あれ?家に帰った記憶が無いな。
どこかで拉致られて、ここに連れて来られたってことか?
誰が?何のために?
誰が?何のために?なんて思っていることでしょうね。
先に言っときますが、その答えはありません。
とにかく、あなたの勇気を試したいのです。
さあ、もう一歩だけ、前に出てください。
そこでどうなるかは、踏み出してみなくちゃ分からない。
ワクワクするでしょ?
人生って、そんなもんですよ。
いや、こんな真っ暗闇の人生なんて嫌だけど…一寸先は闇、って状況じゃん。
ワクワクなんてしないよ。
でもまあ、動かないことにはこの状況から抜け出せないみたいだし、一歩、踏み出してみるか。
どうせ暗闇で、何があるのかも分からないんだし。
よっしゃ、こうなったら、一歩どころかジャンプしてやるよ。
俺の人生、でっかく飛躍するんじゃないか?
…そこは、ココイチの駐車場。
誰もいない。
特に何も…変わっていない。
「あっ」
足元を見ると、100円玉が転がっていた。
奈落の底でもなく、凶暴なワニでもなく、100円玉。
そりゃまあ、俺の人生、こんなもんだよな。
でも、犬の糞を踏んでしまうよりはマシか。
暗闇の向こうには、何があるか分からない。
そこに立ってみるしか、知る方法はない。
それが吉と出るか、凶と出るか。
もしくは、おみくじは答えをくれず、変哲のない日々が続くのかもしれない。
それでもきっとどこかで、勇気は試される。
それが人生だ。
さて、ココイチも美味かったし、帰るとしよう。
それにしても、あの声は誰だったんだろうな。
なんだか偉そうだったな。
そもそも、俺の勇気を測定してどうしようってんだ?
まあ、聞いても教えてくれないんだろうな。
いや…考えてないんだろうな、が正しいか。
行き当たりばったりだからな、あいつ。
いや、おかしいんだって。
あの角を曲がったら、彼女のアパートが目の前にあるはずで、俺はもう三年も通い続けてるんだ。
間違えるはずがないんだよ。
てゆーか、ここはどこなんだ?
まったくひと気のない、見知らぬ街に立っている。
とりあえず、スマホを取り出して彼女に電話。
出ない。
彼女のアパートがあった辺りには、見覚えのない病院のような建物があるが、そこに掲げられた看板の文字は…読めない。
いや、俺が漢字に弱いのは確かだが、そんなんじゃない。
あれは絶対に日本語じゃないぞ。
英語でもない。ハングルでもない。
しいて言えば、プレデターが使うような文字…観てない人には分からないか。
とにかく、おかしな場所に迷い込んでしまったようだ。
こんな時は慌てず騒がず、あの人に連絡だ。
俺のバイトの先輩で、かなり霊感がある。
バイト先であった幽霊騒ぎの時も、彼が立ちどころに解決してくれた。
きっと何か助言がもらえるはずだ。
「もしもし」
「あ、もしもし、先輩っすか」
「何だ、おい。赤ん坊が泣いてるぞ」
「えっ」
「赤ん坊が…いや、気のせいかな」
「あの、先輩。今俺、変な場所に迷い込んじゃって」
「そうみたいだな。少なくとも、現世ではない」
「えっ?…現世じゃない?」
「なんだ、気付いてないのか。俺は昨夜、お前の葬式に参列したんだぞ」
「俺の…葬式?」
「お前の彼女、号泣してたぞ。もちろん、両親もな」
「俺は…死んでるんですか?」
「そーだよ。深夜にバイクかっ飛ばしてな、交差点で信号無視してトラックに跳ね飛ばされた。まったく覚えてないのか?」
まったく覚えていない。
いや…そういえば、彼女や友達とモメた記憶がうっすらとある。
二人からの信頼や愛情を失って、自暴自棄でバイクを走らせた。
Midnight Blue な夜の底を、海へと向かって。
「じゃあ先輩、ここはあの世ってやつですか?天国とか地獄とか…」
「いや、明らかに違うだろ。見覚えのない街、なんだろ?」
「ええ、そうですが…病院みたいな建物が目の前にあります」
「そもそも、あっちの世界にいたら電話が繋がるはずがない。向こうに行く途中で、どこかで足止めを食ってるみたいだな」
「足止め…こんな場所で?」
「何か、こっちの世界に未練はないか?それが引き留めてるのかもしれん」
「未練なんてアリアリですよ。てゆーか、ほとんどの人があると思いますが…」
「いや、もっとこう、世界の動向に関係するような…あるわけないか」
「あるわけないっす。もうこうなったら、目の前の建物に入ってみます」
そこは、確かに病院のようだった。
長い廊下を歩いていると、見覚えのある病室を見つけた。
というか、見覚えのあるヘルメットが置いてある。
俺は、事故って病院に運ばれたのか。
即死ではなかったんだ。
「何か分かったか?」
電話から聞こえる先輩の声にはノイズが混じっていた。
「分かんないっす。でも、あの夜のことは思い出しました。確か、Midnight Blue について模索していたんだと思います」
「Midnight Blue?」
「ええ、そんなお題が出たんですよ。それで頭を悩ませていました。Midnight Blue なんて、今時そう使う言葉じゃないですからね」
「なんの…話をしてるんだ?」
ノイズの音が激しくなる。
「俺を作り出した存在が、俺のその後を描きたい、そう思ったんでしょうね。だけど、毎日のお題は決められている。そう簡単にはいかない。だから、こうして世界を歪ませてまで、狭間を漂う俺について書いてみた。…失敗だったようです」
「お前…大丈…夫…か?」
先輩の声は、ほとんど聞き取れない。
建物の外に出て振り返ると、読めないプレデター文字だった看板には、「産婦人科」と書かれていた。
そういえば、先輩が「赤ん坊が泣いてる」とか言ってたな。
もしかして、俺の子なのかな。
もう、確かめる術はない。
先輩との電話は完全に途切れてしまった。
さて、そろそろ、収拾がつかずにあらぬ方向へ進んでしまったこの物語を終わりにしよう。
私は Ryu。この物語世界の創造者。
何かしら着地点を求めて意気揚々と書き始めたお話がこんな体たらくに終わり、私の心は今、Midnight Blue。