Ryu

Open App

いや、おかしいんだって。
あの角を曲がったら、彼女のアパートが目の前にあるはずで、俺はもう三年も通い続けてるんだ。
間違えるはずがないんだよ。
てゆーか、ここはどこなんだ?
まったくひと気のない、見知らぬ街に立っている。

とりあえず、スマホを取り出して彼女に電話。
出ない。
彼女のアパートがあった辺りには、見覚えのない病院のような建物があるが、そこに掲げられた看板の文字は…読めない。
いや、俺が漢字に弱いのは確かだが、そんなんじゃない。
あれは絶対に日本語じゃないぞ。
英語でもない。ハングルでもない。
しいて言えば、プレデターが使うような文字…観てない人には分からないか。
とにかく、おかしな場所に迷い込んでしまったようだ。

こんな時は慌てず騒がず、あの人に連絡だ。
俺のバイトの先輩で、かなり霊感がある。
バイト先であった幽霊騒ぎの時も、彼が立ちどころに解決してくれた。
きっと何か助言がもらえるはずだ。

「もしもし」
「あ、もしもし、先輩っすか」
「何だ、おい。赤ん坊が泣いてるぞ」
「えっ」
「赤ん坊が…いや、気のせいかな」
「あの、先輩。今俺、変な場所に迷い込んじゃって」
「そうみたいだな。少なくとも、現世ではない」
「えっ?…現世じゃない?」
「なんだ、気付いてないのか。俺は昨夜、お前の葬式に参列したんだぞ」
「俺の…葬式?」
「お前の彼女、号泣してたぞ。もちろん、両親もな」
「俺は…死んでるんですか?」
「そーだよ。深夜にバイクかっ飛ばしてな、交差点で信号無視してトラックに跳ね飛ばされた。まったく覚えてないのか?」

まったく覚えていない。
いや…そういえば、彼女や友達とモメた記憶がうっすらとある。
二人からの信頼や愛情を失って、自暴自棄でバイクを走らせた。
Midnight Blue な夜の底を、海へと向かって。

「じゃあ先輩、ここはあの世ってやつですか?天国とか地獄とか…」
「いや、明らかに違うだろ。見覚えのない街、なんだろ?」
「ええ、そうですが…病院みたいな建物が目の前にあります」
「そもそも、あっちの世界にいたら電話が繋がるはずがない。向こうに行く途中で、どこかで足止めを食ってるみたいだな」
「足止め…こんな場所で?」
「何か、こっちの世界に未練はないか?それが引き留めてるのかもしれん」
「未練なんてアリアリですよ。てゆーか、ほとんどの人があると思いますが…」
「いや、もっとこう、世界の動向に関係するような…あるわけないか」
「あるわけないっす。もうこうなったら、目の前の建物に入ってみます」

そこは、確かに病院のようだった。
長い廊下を歩いていると、見覚えのある病室を見つけた。
というか、見覚えのあるヘルメットが置いてある。
俺は、事故って病院に運ばれたのか。
即死ではなかったんだ。

「何か分かったか?」
電話から聞こえる先輩の声にはノイズが混じっていた。
「分かんないっす。でも、あの夜のことは思い出しました。確か、Midnight Blue について模索していたんだと思います」
「Midnight Blue?」
「ええ、そんなお題が出たんですよ。それで頭を悩ませていました。Midnight Blue なんて、今時そう使う言葉じゃないですからね」
「なんの…話をしてるんだ?」
ノイズの音が激しくなる。
「俺を作り出した存在が、俺のその後を描きたい、そう思ったんでしょうね。だけど、毎日のお題は決められている。そう簡単にはいかない。だから、こうして世界を歪ませてまで、狭間を漂う俺について書いてみた。…失敗だったようです」
「お前…大丈…夫…か?」
先輩の声は、ほとんど聞き取れない。

建物の外に出て振り返ると、読めないプレデター文字だった看板には、「産婦人科」と書かれていた。
そういえば、先輩が「赤ん坊が泣いてる」とか言ってたな。
もしかして、俺の子なのかな。
もう、確かめる術はない。
先輩との電話は完全に途切れてしまった。

さて、そろそろ、収拾がつかずにあらぬ方向へ進んでしまったこの物語を終わりにしよう。
私は Ryu。この物語世界の創造者。
何かしら着地点を求めて意気揚々と書き始めたお話がこんな体たらくに終わり、私の心は今、Midnight Blue。

8/25/2025, 1:58:05 AM